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結局アイリーン様が全快したのが、その一週間後。
神殿に来てもらったのは、一か月経ってからだった。
侍女を二人ほど連れている。
「この度はご心配をおかけしました聖女様」
「アイリーン様!本当に心配してました!お体はもう大丈夫ですか?」
「ええ、もうすっかり。あの時倒れてから何もご連絡できず、今日になってしまいまして、申し訳ございません」
「それはいいのです。アイリーン様がお元気そうで本当に良かった。レイド殿下も随分ご心配されていらっしゃいましたよ」
座ってお茶でもと誘い、ギリスが入れてくれた紅茶を飲みながら、ほっと一息ついた。
温かいお茶で、少しでもリラックスできればと思ったが、安心した。
彼女の顔つきも一か月前と比べると血色が良い。
今日もコルセットのきつくしめた、ウエストの細い美しいラインのこげ茶色のドレスを着ている。
あんなにしめて、窒息してしまわないかしら、とつい凝視してしまう。
以前倒れられたのも、もしかしたらコルセットが原因かもしれない。
だって今日は頬が美しい薔薇色だもの。良かった。
たまにコルセットを外して息をつけられればいいのにと思う。
私は付けたことがないけれど、きっと息苦しいに違いない。
元気そうな姿を見て安心していると、アイリーン様が一瞬フリーズして、何か思案の表情になる。
え、と戸惑っている私に、アイリーン様が言った。
「その…レイド様とお会いしていましたか?」
「ええ、何度かアイリーン様の様子を伝えに神殿に来ていただきました」
「その…おひとりで?」
「いえ、数人のお付きの方といらっしゃいました。お名前は分かりませんけれど」
「その…具体的には何をお話しになったんでしょう」
「具体的に」
…婚約者候補が別に挙がっているというのは、たとえ本人がご存じであっても絶対に伏せなければいけないし、
御病気の間支離滅裂なうわ言をおっしゃっていたのも、私が知っているのは気分が悪いだろう。
アイリーン様の病状しか話していないから、特に今この場で私が言えることはなんだろう。
アイリーン様の顔があまりにも真剣なので、ここでうかつなことを口走ったら、それこそまた倒れてしまうかもしれない。
あたりさわりなく、慎重に答えた方がよさそうだ。
「アイリーン様の快復に向かわれるご様子を、事細かに教えていただきました。
今日は目が覚めて、少し話ができたとか、スープを飲んだとか」
「…なるほど」
「他にはよく覚えてませんけど、ほとんどアイリーン様のことです。
殿下もお忙しいらしく、すぐにお帰りになられましたし」
「…何か、来年の政策のことでご相談されたり…」
「いいえ、特に何も」
「…殿下から何かを頂いたり、次お会いする約束をしていたり」
「いいえ」
「ですが、殿下自ら神殿に赴くというのは奇妙ではございませんか」
「やはり一国の王子が神殿に使い走りのような真似をするのはおかしいですよね
…来たといっても数回で、アイリーン様が快復されてからはいらしてません」
なんだか変な部分を気にするな、と思いながら答えていくとアイリーン様は、ひとりでぶつぶつと独り言を言いながら、頭を抱える。
こんな方だったかしら。
やっぱりまだ御病気が癒えないのかしら。
もしかして殿下と私が親密な関係になったと勘違いされているのか。
そんなこと絶対にあるわけないのに。
でも絶対にありえないことをアイリーン様が誤解されるだろうか。
会えなかった一か月の間に、彼女に何があったのかわからない。
見た目ではわからないが、かなり記憶が混濁している?
「アイリーン様、あの、殿下は、アイリーン様の容態についてしか話しておりません。
国政やプライベートなことは一切話しておりません」
「……はい」
一応弁解してみたら、正気に戻ったのか、ゆっくりと私の言葉を飲み込んだ後、ほっとしたような呆然としたような顔になって、独り言をやめた。
でもまた頭を抱え、「じゃあいつなの~~!?」と声が響く神殿で叫ぶ。
本当にどうしちゃったのかしら。
レイド殿下のことを心配していたんじゃなかったのか。
まだ本調子ではないからと、侍女が平静にアイリーン様をつれかえっていった。