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あれから何度かアイリーン嬢と面会し、
私は一番彼女のことを好きになっていた。
他に同年代の女性もいないから私にはアイリーンしかいない。
彼女は自分のことも上手に話したし、
私のつまらない日常の些事を引き出すことに長けていた。
つまり陛下のおっしゃっていた、彼女の王族に入る者の、資質というのだろう。
聞き上手で話し上手で、礼儀正しく、それでいて面白い。
「聖女様にお話してもよいものか…
実は私の担任の教師が、生徒と恋仲と噂になっているのです」
「それは興味深いですわ」
「噂ですが、確信に近いですわ。
同じクラスの者が、二人の密会を偶然見たというのです」
「そういうのって学校の教育上よろしくないのでしょう。なんてわくわくするのかしら」
「もう、私ったらこんな話ばかりしてしまいます。
聖女様も興味しんしんで聴いて下さるものだから、
私では止められないのです」
「いいではありませんか。私は聖女ですもの。世の移ろいに敏感でなくては」
「聖女だからこそ、です」
「本当に二人は恋仲なのかしら。だとしたら卒業後に結婚するのかしらね」
こんな話も最近できるようになった。
聖女と敬われていてはいても、外の世界に飛び出したことのない私にとっては、
彼女の話は飽きることなくいつまでも聞いていたいものだった。
侍女のギリスに毎日彼女の話をすると、
さすがに辟易されてしまうが、構わない。
「私もアイリーン嬢のように金髪だったら良かったのに」
「何をおっしゃっているのです」
「髪のことよ。私もアイリーン様のように金髪だったら良かったのにと思ったわ。
ギリスも見たでしょ、あの美しい波打つ髪を。
初めてあんなに美しい髪を見たわ。
貴族の方たちってみんなああなのかしら?
だとしたら羨ましいわね。
花の香りがするのよ。
アイリーン様に聞いてみたら、
貴族の間で流行っている香水なんですって。
花のエキスを抽出して、作るから貴重だけれど、
強すぎない淡い香りになるそうよ。
ああ、私も一度でいいからあの香りに包まれて、金の髪をなびかせてみたい」
ギリスはまたか、とあきれ返りながら、食事の給仕を続けていた。
食事は品数豊富で豪華だが、食器、装飾は限りなく最小限で、花の一つも飾られていない。
質素な生活は毎度のことだが、
アイリーンの貴族生活の夢の話のあとだと、どうしても比較してしまい、
今まで以上に悲嘆に暮れてしまった。
「聖女様はそんな身なりを必要以上に着飾る必要もないし、
金の髪が上等なのは認めますが、
聖女様の髪は黒々として、とても美しいと思いますよ」
何の面白みもないこの黒くてまっすぐな髪をコンプレックスに感じていた私はすぐさま、
やめてよ、と遮ってしまった。
「私はね、美しいものが好きなのよ。アイリーン様のように、
金髪で緑の目で、桃色の唇、それに白い肌を持ち合わせた美しい令嬢の友人がいたら、
どんなに素敵かしらね。それだけ想像してもうっとりしてしまう。
友人なんて、一介の聖女にしてはおこがましいけれど、
夢見るのは自由だわ。
自分が真っ黒な髪と真っ黒な目であることは生涯変わらないし、
それはとても辛いことだから、友人の髪はせめて美しい金の髪であってほしいの」
目の前の食事はひどく現実的で、
代わりに私の想像力はどこまでも遠くまで飛んで行った。
あんな美しい令嬢が、私と友達になってくれたなら、
どんなに幸福になれるだろう。
アイリーン様が教えてくれる学校生活で、
同じ教室で授業を受けて、
お昼を食べて、
お茶会を開いて、
恋の相談をする。
同世代の女性たちが、ほとんど平等に引き受けていたであろう青春を、
私も謳歌してみたい。
その思いは日増しに強くなる一方だったが、一生涯自分には無理ということも承知していた。