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短い面会だったが、私は満足だった。
あのように美しい女性と話ができたことは、私の人生においては珍しい出来事だ。
次回の訪問の約束も取り付けたし、あとは私が見返りに未来を予知するだけ。
私室を辞したアイリーン嬢を見送って、私は祈りの部屋に向かう。
毎日この閉ざされた丸い部屋で未来を視ることが、私の日課である。
それは聖女しか入室できない部屋であり、入るまでには湯浴みをしたり、
侍女に髪を梳いてもらい、身を清め、心を落ち着けてから行う。
私しかできない役割だとわかっていても、この時間は苦痛だ。
ひたすら床に座りつづけ、瞑想し、心を未来に近づける。
今日も、見えるか分からない未来を私は見る。
この簡素な聖女の服も、アイリーンの袖の膨らんだ美しいドレスを見たあとでは、
どうにも気分が乗らない。
しかしながら、今日彼女に会ったせいか、目の裏に映し出されてきた未来の映像に、
アイリーンが登場する。
彼女に今日あったからこそ、彼女がアイリーンだとわかった。
美しい髪が外の風で揺れる。ここは、彼女の言っていた学校の庭だろうか。
色とりどりの花が、花壇に植えられ、お茶を嗜むアイリーンが笑っていた。
隣にいるのは…同じく金髪に碧眼の男性。
彼は誰だか分らない。
しかし彼女の今日の話しぶりと、彼の特徴、親密さを見れば、
彼がアイリーンの婚約者レイド王子だと察しがついた。
未来で見える二人はどこを切り取っても宗教画のように、神々しく、美しく、お似合いだ。
このような男性と結婚できたら、どんなに毎日が栄えるだろう。
聖女は一生結婚できない。
国の繁栄の祈りと、未来予知に一生を捧げるのだ。
声はとぎれとぎれでしか聞こえないが、二人は仲睦まじいとわかる。
これは、いつ頃の未来だろう。
大体私は二か月先までの未来しか見ることができない。
そしてその時間も正確ではないのだ。
楽しそうに話していた二人の姿が、ぼんやりと消えてゆき、
今度は私と王子の姿が見えてくる。
なぜか私が登場していた。
会う機会もない筈の王子と私が二人で並んでいる。
場所は…わからない。王宮か、神殿か、または屋外か。
また二人で並んでいるとわかるだけで、
それ以外の、二人の表情や、会話、状況など、他の情報が見えなかった。
わかるのは、私と王子が対面しているだけ。
アイリーンの紹介で会えたのかしら?
神殿にこもりきりの私を憐れに思って、将来の旦那様を紹介してくれたのか。
いろいろな憶測が頭の中を駆け巡るが、映像がぼやけて、いつしかそれも崩れた。
瞑想の終わった私は、意識を祈りの部屋に帰らせる。
目の前には何もない白い壁。私は神殿にいる。
一息ついたところで、部屋の外に出て、侍女から水をもらって一口飲む。
歴代の聖女様たちは、未来を見るたびに、かなり消耗したらしいけど、
私は頭の中を現実と未来を整理するのにぼんやりするだけだった。
過去二回あった国の戦争で、人が何人も息絶える場面を見た時は、
さすがに心が病んで、辛い時期だった。
私はそれから未来を視ることがいやでいやでたまらない。
しかしながら心に反して、体は丈夫そのものである。
歳をとれば疲れやすくなるのかもしれないが、今のところ平気だった。
今見た未来を臣下にどう伝えればいいのか。
第二王子と婚約者アイリーン嬢は仲睦まじく過ごしていたと、伝えればいいのか。
私と第二王子が未来に出てきたということは、国の変事ではないのかと一瞬考えたが、
だとしたら陛下に直接呼び出されるだろう。
王族といっても陛下ではない。
アイリーンに紹介されて、いづれ会うことがあるのだろう。
それだけのこと、と私は神殿入口で待機する臣下に、レイド殿下の映像を話すことはなかった。