第七話 『終結』
「レンってちょっとおかしい感じがするわ」
首を傾げながら軽く上目遣いでこちらをみてくる。
「何だ?急に。おかしいっちゃおかしいんだろうけどあんましストレートに言われるとメンタルひ弱だから泣いちゃうぜ…?」
「はいはい。軽口ばっかり叩く。そういうとこよ。私が知らない言葉とかを弁舌に話すからこの世界の人じゃないのかなーって」
バレてたか。と内心舌を出しながら何も知らない風を装う。
いかにしてこの状況を乗り切ろうか、そう思った時。
「そんなに隠そうとしなくても大丈夫よ。さっきレンと手を繋いだでしょう?その時、軽く心をのぞ...み、見て、何となくの事はぼんやり分かったから」
のぞ、と聞いちゃいけない言葉が聞こえた気がするがここは聞こえなかったと自分に言い聞かせてスルー。心を読めるとは流石と言っては何だが魔王の娘というだけのことはありそうだ。
実際、説明手段もあやふやだったままどう過ごすかをも考えていかなければならない状況だった為、逆に自分の出生地などは話さずに行こうと思っていた。そこは意外性に感謝。
「それで?アリシアはどこに向かってるんだ?さっきから結構変な道ばっかり通ってるんですけど」
裏道ばかりを進んで行っているので先ほどの出来事が否が応でも脳裏に浮かぶ。
そんなレンの心配とは裏腹に、アリシアはスタスタと真っ直ぐ進む。
「いい?今から行くところはこの世界と冥界を繋ぐ扉。そこを塞ぎに行くのよ」
冥界とはまた、聞き慣れない単語が飛び出して来たものだ。
「何でアリシアがその扉?を閉じに行く必要があるんだ?別に誰かに任せりゃいーじゃねーか」
「それが私が、一族がやらなきゃいけないことなの。その扉が開かれた時、この街は地獄と化してもおかしくないのよ」
彼女の言葉の重さがひしひしと直に伝わる。どうやらまずい状況なのは分かった。が、レンがついて行って何になるというのか。
「俺がついて行っていいの?何か肉壁になれとか魂を捧げよ!とか、怖いことにならないよね?」
「そんな変なこと言わないの。…大丈夫よ。そんなに危険な目には合わないはずだから。レンが手伝いたいって言うのだもの。手伝ってもらうからね」
ふとこちらを振り向き様に上目遣いでこちらを見つめる。反射的にレンの顔が赤くなるのをアリシアは気がつかなかった。
「…その笑顔、最っ高!!!」
人差し指でアリシアを指して、満面の笑み。 その仕草をアリシアはため息一つで受け流す。
足取りが早くなる。そろそろ目的地に着くと言う感じか。胸の高鳴りを少しずつ感じながらレンは前へと進んでいった。
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「なんっ…だ、これは…」
着いた場所は小汚い小屋と言うべきだろうか。汚い道が続く中、ぽつりと建つ小屋。目立つようなな感じなど何もない。ただ入り口付近にあるナイフだけが異様に黒光りしていた。
闇。闇。闇。
闇が小屋の中を覆い尽くしていた。次元と次元を繋ぐ丸い闇の扉。これがアリシアの言う冥界への扉なのだろうか。
「ここが、アリシアの言ってた扉…なのか?」
頬を伝う汗を拭うことすら忘れさせる威圧感。何も無いと分かっている筈なのに無意識の『何か』に訴えかけるようだ。
「私も、ここに来たのは初めてなの。実際に扉を見た事は無くて…でも、合ってると思う。後は閉じるだけ…」
アリシアから溢れ出るエネルギーが一つにまとまり始めた。どうやら早速始めているようだ。
だが。
「んなぁ…何でそんなことしてんだよぉ。閉じてんじゃねぇよ扉ぁ」
鈍い声が聞こえた。それはレンだけでは無くアリシアにも響いていた。誰だ。何だ。
辺りを見渡すも何もない。気のせいか。
アリシアが警戒を緩めたその時だった。
扉の『中』から何かの手がアリシアに向けられて飛び出して来たのは。このままではアリシアが何らかの負傷を負うことになるだろう。早く、警戒を呼びかけなければ。
あ、あぶねぇぇぇーーー!!!
レンは呼びかける。筈だった。
確かに呼びかけたのだ。全身全霊で警戒を促した。だが、それが『声』になってアリシアに届いていない。当然、アリシアは何も反応すらしていない。
見えている。知っている。だが、何もできない。
時がゆっくりと、ゆっくりと加速していく。扉からアリシアまではおよそ五メートル。ただ、その手がアリシアに届くまでレンは見ているしか無かった。
そしてーーーー。
「ッッーーーーー!」
アリシアが、声も出さずに倒れ込む。口から血を吐いている。流れ出した血が彼女を包んでいく。
失われていく命。レンははっきりとその目に、その瞬間を焼き付けている。
瞬きすらもままならない。いや、瞬きさえ、出来ない。
幸か不幸か、体の自由が効くようになった。だがもうレンには雄叫びをすら上げる気力が無い。心が、精神が摩耗し切った事によって単純な思考もままならない状況。
不意に、一歩を踏み出した。景色がぐるりと百八十度変わる。俺は倒れ込んだのか。
ーーー。
ーーーー。
ーーーーーーーーぁ。
なんだこれは。声が出ない。いや、出ないんじゃない、出せないのか。
固い地面の感触を、いや、食感を味わいながら酷く彼の全身を支配していた『熱』。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いーー。
彼は今、人生の『詰み』を実感している最中であった。そもそも、何故こうなったのかも思い出すことができない。それ程までに熱の高まりが強まってきている。
ドクドクと止めどなく溢れていく血液。それが彼を包み込むような血溜まりを作っていた。
視界さえも赤く、黒く染まっている。そろそろ全身の血液が流れ出た所だろうか。
ーーーいつ死ぬのであろうか。
思えば短い人生だった。と、言えるようなことなんて何もしていない。ただ何もせず何かに殺された。
ーーーいや。
自分で喉を切り裂いたのだ。自分の右手に握られているナイフで。
倒れ込んでいる数メートル先に少女の姿がある。その少女も今のレンに限りなく近い体制をしている。動いていない。そもそも息をしていない。
ーーー視界が狭窄してきた。死ぬ、死ぬ、死ぬ。
最後の力を振り絞り、倒れ込む少女の元まで這いつくばいながら向かう。そして、少女の右手を掴む。
この言葉はきっと彼女には届かない。だが、きっといつか届けてみせる。
「俺が...お前に....」
ーーーぁ。
偶然だろうか。それとも別の何かだろうか。彼女の口が動いた気がした。
レンが伸ばした手はあと指先一つ分、届かずに地面へと吸い込まれーーー。
シノハラ.レンは命を落とした。自分で、自分の喉を切り裂いて。