第四話 『襲撃』
とりあえず、自分の安否を心配してくれたこの青年に感謝しなければならない。
「あ、あのっありがとうございました。声かけてくんなかったらその、し、死んでたかもしれなかったかもしれません。本当に感謝してます!」
「やめてくれ。んな大そうなことしてねえよ。一応、名乗っとくか。俺の名はリハンだ。よろしくな。少年。なんかあったら街の武器屋にいるからいつでもこいよ。金持ってな!わはは」
白い歯を輝かせて立ち去る。なるほど、武器屋の主人か。そりゃ、あんな体格になる訳だ。と勝手な偏見を押し付ける。
とにかくまずは手持ちの物を確認だ。手当たり次第にポケットを探る。
基本的に家に篭り切って生活をしていたレンにとって服装はジャージだった。風呂は定期的に入るよう心掛けていたが、そこからパジャマに着替えるなどはしないで、同じ服をしばらく着続ける。汚らしい、と思われるかも知れないがレンにとってそれがちょうどよかった。
「それが案外、役に立ったりしてなっ」
ゴソゴソとポケットを探って出てきた物。
「五百円玉一枚と、スマホ一台...後はゴミしかないな。あーーー。スマホ水没しちまったかもなぁ。しばらく使えそうにないか。何してんだ俺…」
恐らく、この五百円玉は持っていても仕方ないと思われる可能性が高い。召喚者のお約束として、その街の金でしか物が買えないだろうというフラグだ。
「本当に異世界に来ちまったのかよ。妄想展開的には一押しのイベントなんだけどいざ自分がやってくるとどうにもできないってか、やっぱ妄想は妄想だって思ってきてどうも虚しくなっちまうな」
改めて自分が置かれた状況を再確認。空には鳥?とは言い難い『何か』が人を運んでいる。馬車の空バージョンといったところか。それが男心をかなり擽りにきているも、あれが何か考えるだけ無駄なのでそこは自制心をかけて堰き止める。
「後は魔法…召喚者として、何か一つは突出した異能力とかチート魔法とか!そういうの貰っちゃったりして!?その割には初期装備が割と貧相なのが問題だな。恨むぜ、おいおい」
とりあえず魔法の能力とか、この世界では無敵とか何かボーナスがついている事に期待する。これは中二病患者なら一般的というか、常識であり、これが付いているか否かによってこの先の運命が決まっているといってもいい。
「うぉぉぉおぉ!!ファイア!サンダー!ブレイゼンエルファ!アッピッポーーン!!!!」
ーーー駄目だ、何も出やしねぇ。
考えつく魔法の詠唱を唱えてみたものの何一つ反応無し。異世界だから何かあるかと期待してみればこのオチ。全く手抜きが酷いものだ、とため息を吐きたくなる。
「ここは天に魔法をぶっ放して、『何だこいつは!?もしかして異能力の超人!?えいゆうだーーー!』って盛り上がったりして、異世界の王道を歩んでいくんじゃないのかよー!」
突然、訳もわからないことを大声で叫んだせいで周りの人がジロジロとこちらを見て来て恥ずかしい。
「んじゃ、ちょっくら周りを歩いて演出フラグを見ていきますか!」
スタスタと歩きながら景色を確認する。どうやらここは街の中心都市みたいな所らしい。至る所にある看板も文字が違くて読めそうにもない。言葉は通じる当たり、いやらしいと思えた。
少し気になるのは自分がリハンと話をしていたところにあった青い看板みたいな物。それが突出して異様な雰囲気を出していた。それには文字が書いておらず、まあいいかと見過ごしていたが。
「それにしても人がいっぱいいるなぁ。何かイベントでもやってんのか?」
人混みが少しずつひどくなってきたので横道へと迂回。少し狭い道であったので人との交錯を避けるように進んでいく。
すると、肩がぶつかってしまった。軽い感じだってので軽く謝って置けば済むだろう。
「あっ、すみません」
と軽く流して先へと進んでいくはずだった。
「あぁーーん!?テメェコラ、誰の肩に傷つけたんじゃ!?」
先程当たった肩を掴まれ、後ろを振り返る。
肩幅が広く、リハンよりも強そうな男一人。こういうタイプは豪傑的な性格かと思っていたが、チンピラ系だった。ジャラジャラと鎖を鳴らし、腰に手を入れてこちらに思い切りよくガンを飛ばしてくる。
ーーやべぇ、この世界にも典型的な奴っているんだ。
第一印象がそれだ。今の俺の能天気さには百点満点を与えたい気分だ。
軽く笑みを出してしまう。それが、チンピラの怒りの琴線に触れてしまった。
「テメェコラ!何笑ったんじゃ!?気持ち悪い奴だな!とにかく、俺の肩に傷をつけた罪は重ぇ。出すもん出せやコラァ!!」
ーーー強制イベント発生か。
自分が悪いとはいえ、イベント発生のフラグを踏んづけてしまった。イベント一、「チンピラを撃破」がやって来てしまった。
「これって、RPG的な感じでいいのか?俺の真下にHPとかがあったりして...って、無ぇ!?」
これでは『攻撃』も『防御』すらも無い。どうやらそういうタイプの異世界ではなさそうだ。
ではつまり、全て自分の意思で展開が動くと言うことだ。ならば先手必勝。
「出すもんなんかねぇよ!!くらいやがれ!!」
男の鳩尾目掛けて思い切りよく拳を握りしめ、右ストレート。
ーー決まった。これだけで十分実感が湧くはずであった。
しかし。
「効かねえよ。蚊が刺したみたいな攻撃はよぉ。んて、そっちからやって来たことだ。次はこっちからいくぜえ?」
と言って男が背中から取り出したのはかなり大きなタガーナイフ。嫌に光ってより夥しさを増すような感覚。
それを見た瞬間、レンは勢いよく土下座した。これ程まで見るに耐えない土下座は酷く清々しいものだ。
「すんませんしたぁ!!ほんっと勘弁してくださいや兄貴!!いやぁ、調子乗った若造の攻撃が効かない兄貴はさすがっす!尊敬してますぜ!」
と、早々に手のひらクルーを繰り出す。命が脅かされた以上、正しい選択では無いだろうか。
「手のひら返したって遅ぇんじゃ!オラ、死ねぇ!」
「どぅふ!?」
メリケンサックをしたようなストレートがレンの右頬に衝撃を与える。それだけで意識が飛んでしまいそうであった。
地面の味を噛み締める。倒れてもなお、足蹴をやめないチンピラ。
ーーーこのまま蹴り殺されるのであろうか。情けねぇ。ほんっと情けねぇ。惨めに死ぬのもありかもな。
そう思った時だった。
「そこまでよ」
狭い道に大きな声が響き渡る。誰だ。
「それ以上の暴力は見過ごせないわ。大人しく立ち去るのならば見逃すわ」