第三話 『確認』
ふらふらと意識の海を一隻の小さな船で漂うだけだった。ここから落ちたら恐らく『死』が待っているだろう。だが、目覚める方法さえも分からない。
どうやら肉体の安否は分からないが自分は今、三途の川的な場所にいることだけは分かった。
とにかく、目覚めなければいけない。早くここから抜け出さなければ。
今のレンの脳内は『焦り』のみが支配しているだけであった。焦りは視界を狭め、思考が単調になる。それも知らずにただ、この場所からの脱出を試みるだけであった。
だが、やはり何も策が見つからない。このまま生死の狭間を彷徨うしかないのか。
そう軽く諦めたその時であった。
ガタガタと船が揺れる。いや、揺らされる。まずい、ここから落ちたら死が待っている。
やめーーー。
世界を闇が覆い尽くした。レンは何も感じない。
そして、目蓋を閉じてーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーー。
ーーーーーちゃん。
ーーーーんちゃんよぉ。
んぁ?
どこからか俺を呼ぶ声がする。自分は空から落下して情けなく死んだというのになぜ聴覚が働いているのだろうか。
ーーーまさかな。
何も感じる訳ない。ただの幻聴に過ぎない。きっと俺の体が俺を情けないと嘲笑っている音がするだけだろう。
ーー急に顔から冷ややかな物を感じ取った。それは幻覚や幻聴なんかじゃない。確かに、レンの体に伝わった物だった。
死ぬ時は何も感じないんじゃないのか?
どうなってーーーー。
暗く覆われた視界から目を見開き、光を取り入れる。そうしてこの目が見たものは。
「大丈夫か?兄ちゃんよぉ」
ゴッソリと顎髭を生やしたゴツい体付きの青年が鼻と鼻がつきそうな距離でレンの顔を覗いていた。
「すくらっぷ!!」
反射的に顔を上げてしまった事により青年と衝突。ビリビリと確かな痛みが頭に響き渡った。
「いってーな!おいおい、兄ちゃん、いきなりそれはねぇだろうがよ。人が心配してんのに頭突きで返すたぁ、いい度胸じゃねえか?」
「ま、待て待て!人が目ぇ開けた瞬間、お前のゴツい体とその長い無精髭が入ってきて見ろ!誰でもそうなるっつーの!鏡みろや!」
レンよりも遥かに身長が高く、その癖にやけに人に媚び諂った格好をしている。恐らく何らかの店でもやっているのだろうか。
そんなことを考えている暇はない。
指をパキパキと鳴らし、今にも殴りかかってきそうなその男を手を大きく広げて静止させるのに手一杯。
「てかよ、大丈夫か?兄ちゃんよお。お前さん、かなり高い所から落ちてきた、いや、降ってきたか?
よく死ななかったな。しかも怪我も無しと来た。こりゃ、相当の悪運の持ち主だな」
「い、生きてんのか?俺が?傷も無しに?お、おかしくねぇか?」
「はぁ?生きてるから俺と話してんじゃねぇか。頭大丈夫か?たく、濡れてんじゃねえか。水浴びして楽しいのかよ?」
どうやら自分は街の中心の噴水に落下したらしい。それがかなり深いタイプの噴水と来た。溺死したと勘違いしてしまったじゃないか。
噴水を囲む街はかなり大きい、中世ヨーロッパの様な景色。海外旅行など経験したことがないが、美しいことだけは言える。
だが、今は青年の小言も耳に入ってこない。何故生きてる。ただ、その答えを求めるのに必死だった。
ーーー周りには人間や、二足歩行の人種。いわゆる『亜人族』というやつだろうか。それらがレンを囲む様にして、好奇の目で、はたまた畏怖の目で見ているのだろうか。
様々な苦難に出会しながらーーーシノハラ.レンの異世界生活が幕を開けた。