第十二話 『雄叫びは遠く』
ここにやってくるのは三回目であるが、どうにも慣れる気配の欠片が見当たりそうもない。思えば、ここにやってきた二回とも死んでいるのだ。戻ってきたとはいえ、自分が死んだ場所を好む者など到底存在しないだろう。
とはいえ、改めてやって来ると何かえもいわれぬ何かを感じる。悍ましい様な禍々しい様な、はたまた神々しいような。そんな気配をレンの『本能』が感じ取っていた。
その恐怖を隣にいるアリシアが感じ取ったようで、
「ねぇ、あなた何をそんなに怖がってるの?さっきから震えてる…」
とこちらを見て尋ねてくる。
そうだ、この子には伝えなければならない。今、後悔する前に話さなければ。
「あ、あぁ。気にすんな。それより、アリシア。今から閉じる『扉』ってのは…」
「えぇ、扉はこの世とこの世とは別の次元にある冥界に通じてる扉がもう少し先の小屋にあるの。そこが開きかけになってて…私達の一族はそれを閉じる役割があるの。だから、今から向かうのよ。大丈夫、そんなにたいした作業じゃないから」
怯えるレンをあやすようにやんわりとした声で心に語りかける。
「そ、それはわかった。だが、一つだけ聞いて、そして信じてくれ。その扉の中から多分…悪魔かなんか得体の知れない化け物が出てくる。そいつに注意して欲しいんだ」
今回の肝となる手札を切ってしまった。もう、後戻りはできない。ただ信じてくれと願うばかりのレンにアリシアがどう答えるか。
「……。ありうべからざることにも考えられるけど、一応一考する必要はありそうね…。警戒はしとくわ」
「その…女の子にこんなこと聞くのもアレなんだけど、アリシアって…強いの?暴力的にも魔法的にも」
戦力がゼロに等しいレンにとってこの質問の解答で次に対策すべきことが見えてくる。若干の羞恥心を覚えつつもそこは己の強い意志でカバー。
驚く表情をして、こちらを軽く睨みつけるアリシア。
「…その質問は紛いなりにも女の子に聞くことじゃないわよ。暴力的にってなによ…。まぁ、魔法ならそこそこ使えるって感じ。基礎基本と軽い応用ならできるわ」
ため息を吐かせてしまったことを謝罪し、足を前へと進める。
この世界で魔法とかがあるとは全く知らなかったなで、多少の驚きは隠しようがないが、取り敢えずはもしもの場合として抵抗くらいは出来るだろうと値踏みしていた。
ーーー空も赤く染まってきた。日が沈む光景というのは鮮やかで、どこか焦燥を駆り立てるものだ。
もう、後ろには退けない。そう覚悟して、小屋へと足を踏み入れる。
「おっ…く……」
見つけた。レンを二度死に追いやった、忌々しい扉。何も起こらず、平穏に済ますことをただ祈るばかりである。
「時間も無いし、ちゃっちゃと始めるとするわ。魔力を高めるからちょっと辺りを警戒してて」
「わかったけど、ちょっと待って…耳鳴りがして、やば…」
突如、自然と耳鳴りが起こり反射的に耳を塞いで、しゃがみ込むポーズをとる。これは誰かがやったとかでは無く、本当の偶然によるものだった。
「………」
周りにはアリシアから溢れ出すエネルギーで、小屋が満たされているのが苦しんで、反眼状態の視界から見えた。
「…何してんだお前」
その声を発した人物はレンではない。もちろん、アリシアでも無い。『扉』の中から、声がした。
つまりは、初回の周回で遭遇した奴ということで間違い無いだろう。だが、その声はレンには届くことなく、声が聞こえたアリシアが反応した。
ーー声が出ない。
今、私は魔力を高めていたはず。急に止めて何をしてるというの。
レンは…どうしたの!?あぁ、声が出ない、何もできない。あるのは、ただ目の前に映った光景を捉えるだけ…。
何か、何かあったの?扉を閉じちゃいけない何かがあるというの?
……扉から、何か出てきた!?手…。アレは手…それが、私に向かってる!?あぁ、何か魔法を…だ出せな…
「どっせーーーい!」
動きが取れなかったアリシアを救ったのはレンであった。レンはアリシアが動けないという状態をいち早く察知して、脚力全開で地面を踏み切ってアリシアの懐に飛び込んだ。
「…間一髪だったな。今度はお助け完了ってか。……よう、お前があの手の正体か」
『扉』から出てきた手が何も無いはずの空間を鷲掴みにし、その姿を表す。
大体大きさは二メートル位とだろうか、そしてゆらゆらとその姿が揺らめいている。全身が影のようなのか黒光しているのか分からないが全身黒で包まれていて、とにかく気味か悪い。
「あ、ありがと…」
間違いなくアリシアは死を覚悟したであろう。レンの言うことを完全に信じているわけではなかったアリシアは警戒を怠った。その結果がこうなった。アリシアの心境は最早、穏やかではない。
そんな暗雲を。
「反省なんかすんな。今はアリシアがいなきゃまずい状況だ。頼りにしてるぜ」
真っ直ぐな目をした、目の前の少年が払拭してくれた。劇的にこの状況が変わるわけではない。だが、確かにその少年は『希望』を与えてくれた。ならばアリシアはどうするのか。
「えぇ、分かったわ。私にできることを全部やってあげる!」
立ち上がった。
「頼りにしてるぜ。行こう!」
二人は目の前にたゆたう影に向かって行った。
攻撃的手段を持たないレンは小屋に落ちていた木材を持って殴りにかかるが、高くジャンプし、レンの頭を超えてガラ空きの背中へその手を伸ばす。
「ーーしぃ!」
その手を氷柱のような氷の物体が突き刺し、間一髪でその手が止められる。アリシアが魔法でカバーしてくれたようだ。
今度は反撃と言わんばかりに向こうからその手をレンの腹部へと手を伸ばしてくる。恐らく手で掴まれるだけで負傷は確実だろう。
木材を振りかざすが、怯ませるための威力が圧倒的に足りない。取り敢えず顔面を狙うがあっさりと掴まれ、折られてしまった。そして、今度こそ命を取らんばかりと狙う。
一歩だけ後退するレンの踵付近に小さな氷の塊が作られた。それにつまずいたレンは後ろ向きに転がり、アリシアの近くへと着いた。
「あっぶねぇ!もうちょっと優しくカバーとか出来なかったの!?」
「生憎、私は補助的な事は苦手なの。このままだと局面が動きそうもないし私がでるわ!」
そう言って影の元まで行き、魔法による攻撃を開始した。氷の剣を作り出し、リーチの届かない部分は魔法で遠距離攻撃。力は拮抗してる状態だが、僅かにアリシアに傾いていると言ったところか。
氷柱で足の動きを止め、下半身が上半身の動きに止まった所を一気に突きで狙う。脇腹付近にヒット。これにはさしもの奴も痛みを感じたようで
「ガ、ガアアアアー!」
「よし、効いてる!この調子ならアリシアも…」
これで一気に勢力はアリシアに傾いた。誰もがそう思っただろう。
「ッーー!!」
彼女から、何かが飛び出した。あまりの突然のことにレンは何も変わらないんじゃないかと思えたが、こちらに近づく影を見て、彼女がやられたのだと理解した。
「あ?て、テメェ……!」
怒りに我を飲まれそうになるが最優先でアリシアの安否確認が必要だ。だが、こいつを突破しないと進めない。
「俺だって何もせずに惚けてただけじゃねんだ!くらいやがれ!」
それはただの目眩しといっていい。小屋の木屑を集めた、それだけだ。もちろん、そいつにとって一瞬の停滞であるだろう。だが、それがいい。
恐らく、目眩しなど食らうのは初めてだろう。当然、警戒するはずだ。
それに加えてもう一つ突破口がある。この影は対象人物を追いかけるとき、戦闘中以外は歩いて向かってくるという欠陥。その二つの穴がこの行動に意味と結果を約束する。
無事に影を横切り、アリシアの元へ。
「目ぇあけろ…アリシア!頼む、こんなところで死なないでくれ…!」
腹部からの出血が激しい。見た感じ、致死量の血は出ていなさそうだが、女性ということもあって医療的部分は分からない。
呼び掛けても目を閉じたまま反応がない。揺らしても目蓋すら動かない。
その瞬間、レンは自分でも驚くほどの雄叫びを上げた。そして、アリシアの名前を読んでいた。




