第九話 『時空警察を超えてゆけ』
扉から出てきたのは、いや。『扉をこじ開けた』という方が正しいだろう。
まず手。非常に大きな手のひらでレンの頭程の大きさ。そんでもって爪が長く、凶々しい姿をしているだろうということが手一つで分かった。
アリシアの命を奪った手に酷似しているが、大きさが違いすぎる。別物だと思ってもおかしくない。
ーーーそこから出てきたのは。
三、四メートル程だろうか、とても大きな人のような何かの影。顔も見えない。ただ目から出た小さな光がその生物の顔を捉えていることだけは分かった。小屋の半開きのドアから漏れ出した風が生物の影をゆらゆらと妖しく揺らめきを起こしている。
「☆?〜∋√ー!▼◎■○!」
聞き取れやしない。そもそも言葉を話す生物なのかも分かりはしない。ただ分かること。それは間違いなくレンは勝つことができないということだ。
何かが違う。先程は注意すれば突破できそうな関門だった。だが、今はどうだ。
目の前に立ちはだかる「死の気配」だけを猛烈に感じ取っていた。
互いに膠着状態が続くが、そもそも目の前に対する生物がレンをどう見ているかすらわからない。道端に転がる石で見ているのか、強大な敵と見ているのか。恐らくは前者であろうが。
このまま睨み合いを続けたとして、劣勢が変わるわけが無いと踏み切ったレンは黒い生物の元まで全力で地面を蹴り、距離を縮めた。
「がぁぁぁ!くらいやがれぇぇ!」
数メートルの距離を跳躍一つで縮め、そのまま生物の中心を狙い、渾身の蹴り一発。
ーーー入った。
そう確信した瞬間、生物は体を変化させ、まさに「闇」といっていいであろう、その小屋ごとレンを包んでいた。
「……あ?」
感触がない。手応えがない。光を捉えられてない。瞬きをしていない。手足が動かない。呼吸をしていない。心臓が動いていない。人の形をしていない。
自分が何なのかも分からない。
ただの肉塊としてそこに留まっているとしか自覚が無い。閉じかけの意識。恐らく、死ぬ。
感覚すらないまま意識だけが深く、深く落ちていく。その落ちゆく死への道の途中で。
「ぉ…れは…よゎぃ……」
言葉を発した。どこが口の形をしているかも分からない中で一言吐いた自分への言葉。
ただそれだけを懸命に自分に言い聞かせるようにしてーーーー
ーーーレンは死亡した。
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「おい!兄ちゃん!!」
聞き覚えのある声がした。その声の大きさと煩わしさに否が応でも目が覚める。それに加えて顔面に水を浴びせられるというおまけ付き。
「ん…ま、またここ…」
再び意識を取り戻したレンはここが最初の地点へと戻っている事を自覚。そして周りに集る顔触れも誰一人として変わっていないことに何故か滲み出る安堵感を味わっていた。
リハンと全く同じやりとりを繰り返し、一人になった。ベンチに腰掛け、ブツブツタイム到来。
「まず、何故敵が変わっていたかだ。適当に名前をつけるとして、一回目の奴は『手』。二回目の奴は…」
名前をつけようとした瞬間、急激な嘔吐感に襲われた。ある種、当然といえば当然かもしれない。突然『死』と向き合い、開き直って進むなどとてつもない鋼の精神力がない限り到底無理だろう。その精神力がレンには無い。故にこうなるのは想定できた事だ。
「ループか…。しかも死なないと発動しないってなぁ…」
ため息を深く吐き、この謎現象について考える。
「つまり、タイムリープというやつか…?一方通行すぎて泣けるんですけど。つかさ、こういうのって時空警察とかに捕まったりしないのか?」
そもそも、こうして元通りに生き返っている事自体が不思議でならない。死んだらどこかへ行くものだと思っていたが、案外みんな死んだらこうなるのだろうか。
「いやいや。流石にねぇわ。もうちょっと…こうさ、なんだろう。……!!!」
脳内を過ぎる一筋の光。思い出したことが一つあった。あれは、本当の始まりの召喚時のことだ。
椅子に座るクリーム色の長い髪をした少女。あの子がレンが目を覚ました時、目の前にいた。
「あの子がほにゃらら地点とか言ってたよな。それがこのセーブ地点のことだろ」
あの時は何が何だか分からなくて最初の言葉が聞き取れなかったが、きっとレンの復活地点を決める何かを指していたに違いない。
「まてよ。すると…」
復活地点を教えるならばあの少女がこの一方的な時間渡航の能力をレンに与えたと考えるのが必然だ。
つまり、この異世界に招いたのも必然的に少女が行なったと考えていいだろう。
「ともかく、あの少女は後で必ず探し出す。で、肝心の能力の発動条件が…」
能力の引き金となる『死』がレンにとって味わいたくないものだというものは二度の死を通してこの身にしっかりと覚え込ませた。
それを踏まえて、死を免れるために必要な行動。
「考えなきゃな…」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
現状、レンがとりうる手段として、ハルスタインを頼ることだ。『拳王』といういかにもチート級の肩書きを持っていて、今のところ頼ることができる唯一の友と言っていいだろう。
アリシアを頼ってしまうとなると、初回のループ時のあの惨劇がフラッシュバックしてしまい、頼るに頼れない。となると、頼れるのはやはり彼しかいないだろう。
「どこ行ったら会えたっけ…。まずは…」
レンはハルスタインと出会った場所まで歩いて行った。恐らくこのままいけばハルスタインと肩がぶつかって和解、ということになり、友好関係を築くことができるだろう。それがまず第一条件だ。
後は彼がどれだけあの悪魔みたいな生物にどれだけ太刀打ちできるか。その為にはレンが奴らの能力を暴かないといけない。
数少ない情報から答えを出せるほどレンは切れ者では無い。そのため、完全にハルスタイン頼りになってしまうとは情けない。
そうこうしている間に例の場所までついた。少し時間は早いがイベントは強制フラグの可能性が高いのでとりあえず通ることにした。
だが。
「いねぇな……」
周りを見渡しても人っ子一人周りにいなかったのであった。




