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大団円 2

 サトルの顔は、自信に満ち満ちていた。それでも憂いを称えているのは、かなしみか、それとも怒りなのか、美千代には判断できなかった。サトルが推理を続ける。


「脅迫状に書かれてある伊月ちゃんの殺害を、予告通り実行できた人物は、この島に一人しかいません」


 一座に緊張が走る。


 誰かの、つばを飲み込む音が聞こえた。


 周りの人の顔を窺う人がいる。


 目を閉じて、サトルの言葉を待つ人もいた。


 美千代の頭の中は、もはや何もない。


「その人とは、義男くんです」


 その瞬間、誰もが布団の上に寝かせられた義男くんの方を見た。サトルは、腹部を刺されて絶命した義男くんを、犯人だと指摘したのだった。


「サトルくん、待ってくれ、義男くんは腹を刺されているんだよ。そんなことは有り得ないよ」


 清さんが否定して、続いて幸子さんも反論する。


「そうです。義男くんに限って、妹の伊月ちゃんを殺してしまうなんて」


 サトルの自信は揺るがない。


「それでも、これは始めに言った通り、伊月ちゃんを殺害できる条件というのが義男くんしかいないので、動かしようがない事実としか言えないのです。僕も最初はみなさんのことを犯行に組み込んで考えていたんですが、どうしても違和感というか、当て嵌まらなかったんです。それで伊月ちゃんの殺害は、義男くんの単独犯だと判断しました」


「ぼくたちのことを、ちゃんと疑っていたんだね」

 尋ねたのは佐橋さんだ。


「はい。この事件は、誰と誰が共犯関係にあるのかということも、大きな問題だったので、それは当然、疑うべきことだと思いました」


「それで、ぼくが事件と無関係だと判断したのは、どうして?」

 佐橋さんの興味は自分のことにあるらしい。


「それをお話する前に、始めから説明します。僕は知識と閃きで真相を見抜きましたが、僕のように真相を見抜く知識がなくても、犯人を見つけることはできると思っています。それはとても難しいことですが、できないことではありません。外部から人が来ないという、この島の特殊な条件を鑑みれば、自ずと結論は導き出すことができますからね」


 長い前置きを言い終えて、サトルはさらに続ける。


「まず、僕の中で馬渡清さんが最初に容疑の対象から外れました。馬渡さんが操さんと通じていることは、すでに知っています。それで操さんと共謀して事件を起こしたとすると、どうしても不都合があるんです。それは三姉妹の一人を行方不明ということにして、姿を隠して殺人を続けるとしますが、操さんだけは、どうしても首なし死体の入れ替えに不向きなんですね。それは操さんの髪が、三姉妹の中で一番短いからです。これでは首なし死体を利用して、久子さんや文江さんになり済ますことができません。久子さんが文江さんや操さんになることは可能です。文江さんが操さんになることも可能です。だけど操さんだけは久子さんにも文江さんにも化けることができないからです」


 髪が長い久子さんと文江さんならば、髪を切って別人になれるけど、操さんにだけは、それができないというわけだ。


「よって、操さんにとっては意味のない首の切断ということになる。警察が来れば島中を捜索するので、最後まで姿を隠すなんてことはできませんので、一連の事件が、行方不明を利用した殺人ではないと断言できます。まだそこに遺体があるか分かりませんが、蒸し風呂の遺体こそ、操さんで間違いないと思います。さらに首山の遺体が久子さんで、三姉妹の平屋で見つかった血痕から、そこで殺害されたのが文江さんであることは間違いないでしょう。遺体の運搬に犯人発覚の危険性があり、また困難であることを考え併せると、遺体と血痕が発見された場所が、そのまま犯行現場と見て間違いないと思います」


 清さんが拳を握りしめるも、黙ってサトルの続きを待つのだった。


「また、最初に発見された蒸し風呂の遺体から、伊月ちゃんの遺体まで、首の切断面が同じように見えたので、連続殺人であることは疑いようがありません」


 サトルが補足して、さらに続ける。


「この連続殺人に操さんの殺害が含まれているということで、馬渡さんが犯行に関与していないことは明らかだと思います。それに馬渡さんが島に来たのは、脅迫状が届いた後です。八丈本島の漁船で来たと言いましたが、それは後で警察が調べればはっきりすると思うので、嘘をついているとも思えません」


「サトルくん、教えてくれ。なんで操は殺されなきゃいけなかったんだ?」

 清さんが、サトルに懇願するのだった。


「その前に、他の人についても話しておきます。女中の田中さんも、同様の理由で容疑から外しました。それは小さな嘘で分かったんです。その嘘というのは、村長さんがついた嘘です」


「村長さんが? そんな、村長さんは嘘をつくような人ではありませんよ」

 幸子さんが反論した。


「違います。村長さんの嘘は、女中さんを守るための嘘だったんです。昨日、村長さんの手帳を見せたのを覚えていますか? あの手帳の中で、村長さんは嘘をついたんです。広間で全員のアリバイを確かめている時、村長さんは四時の行動だけ黒く塗りつぶしていました。本来なら塗りつぶすことなく発表されていた部分です。ではなぜ、村長さんは塗りつぶしてしまったのか? それは先に嘘をついた女中さんに合わせるためだったんです。違いますか?」


「はい。確かにあたしは嘘をつきました。みなさんがいる前で、ずっと役場にいましたなんて言うことができなくて、奥さまもいますし、怪しまれてはいけないと思って、それに村長さんに迷惑を掛けたくなかったんです。それで」


 幸子さんによる告白だ。


「村長さんに別に好きな人がいるというのは、女中さん自身のことだったんですね」

「はい。でも、どうしてあたしが嘘をついたって分かっちゃったんですか?」


「僕とおねえちゃんが、役場に無線の故障を報告しに行ったのは午後三時です。その前に旅館に戻った女中さんが、村長さんと役場で無線の話をするはずがありません。女中さんは四時まで役場にいたんだと、それで分かりました」


「ひと言で嘘が分かってしまうものなんですね」


 幸子さんは、自分が嘘をついたことよりも、村長さんが自分のために嘘をついてくれたことを知り、なんとも晴れやかな顔をしているのだった。


「この事件に、村長さんの殺害が含まれているということで、女中さんの犯行とは考えられないんですが、他にも女中さんの場合は物理的に犯行が不可能なんです。これは番頭さんにも同じことが言えます。まず伊月ちゃん殺害時に女中さんと番頭さんが一緒にいたというのもありますし、村長さんの殺害は、どうしても牧場にいた人間にしか実行できないからです」


「わたしが容疑から外れたのはいいけど、その理由で他の人が納得してくれるかな?」

 番頭さんが心配そうに尋ねた。


「それでは事件の核心部分を話してしまいます。今までの話は事件の半分までしか話していません。残りの半分は、義男くんの共犯者は誰かということです。それも一人しか考えられませんね。自分の片割れでもある、伊月ちゃんです」


 それを聞いた誰もが、自分の中で考えを巡らせるのだった。代表して美千代が尋ねる。


「義男くんの共犯者が伊月ちゃんで、その伊月ちゃんは、義男くんに殺されたというの?」


 サトルが黙って頷いた。


「一体、これはどういう計画なんだ? まるで見えてこないな」

 清さんは完全に戸惑っていた。サトルの話が信じられなくなっている様子だ。


「動機の前に、殺害方法について話します。三姉妹と土門さんの殺害については、アリバイを持たない人が多いので検証は不可能ですが、島の三賢神と呼ばれる村長さん、黒川先生、神主さんの殺害状況は明らかになっています。僕はこの三賢神の三重殺から答えを導き出しました」


「三重殺……」

 誰からともなく言葉がもれた。


「これは、ただの結果論なんですが、三賢神が殺害された時点で、まだ計画は終わっていなかった。それで犯人が、義男くんと伊月ちゃんの二人だと分かったんです。ですから、推理でもなんでもないんですが、それでも説明すると、要するに黒川先生を南の洞穴の前で殺害することができたのは、伊月ちゃんしかいなかったということですね。それも、僕はついさっき分かりました。港への近道がなければ、実行は不可能だったと思います」


「それはおかしいな?――」


 異を唱えたのは番頭さんである。


「自分で自分の首を絞めるみたいだけど、黒川先生なら、わたしやさっちゃんでも殺害できたじゃないか? どうして伊月ちゃんしか殺害できないということになるのかな?」


「それが始めに断っておいた、計画の途中だったからです。つまり、あの時点で疑われるような行動をするわけにはいかなかった。犯行を目撃されたり、移動中の姿を見られたりするわけにはいきません。不審に思われただけで計画は破たんしますからね。ですから、どうしても姿を見られないようにして犯行を重ねる必要があったんです。外周二時間の、この広い島であっても、二人は用心に用心を重ねることにしました。その用心が計画の土台になっているんです」


「うん、しかし――」


 番頭さんはまだ納得していないようだ。


「これだけ広い島だからね。姿を見られずに犯行を重ねることも可能なんじゃないかな。現に三姉妹の殺害は誰にも見られていないわけだしね」


「島の広さは関係ありませんよ。たとえこの島の面積が倍あろうと、半分であろうと、広さは関係ありません。さらに時間や距離も関係ないんです。正しい解答を導くためには、まぎらわしい設問から核心となる問題を見つけなければなりません。それはつまり、島狩りが行われた時、どこに誰がいるのか決まっていたということが大事な点になります。いくら片道一時間の道とはいえ、持ち場を離れて移動するということは、どこかで人に目撃された時点で疑惑が生じてしまいます。本来いるはずのないところに、いるはずのない人がいる、それだけで行動が目立ってしまいますからね」


 番頭さんが頷く。


「たしかに、わたしが牧場にいたら不自然だ。港へ行くにしても、その姿をさっちゃんに目撃されたら、これもやはりおかしい。逆もまたしかりか」


「はい。これは、この島の道が首飾りのように円を描いているという形状にのみ適用される原則です。だからあの時、牧場にいる村長さんを殺害できたのは、牧場に配置された人に限られてしまうということです。つまり馬渡さんか、佐橋さんか、義男くんの三人ということになります。さらに神主さんを殺害できたのは、屋敷にいる人間に限られるわけですね」


 清さんがサトルに尋ねる。


「ということは、伊月ちゃんは南の洞穴で黒川先生を殺して、その後で屋敷に戻って神主さんを殺したということになるのかな?」


「そうですね。これは想像ですが、伊月ちゃんは黒川先生を南の洞穴で殺害すれば、自分に疑いの目が向くことはないと思って計画したのかもしれません。屋敷から港への近道を利用すれば、途中で誰にも目撃されることはありませんからね。黒川先生は読唇術を用いるので暗闇を避けるため、洞穴の探索を僕とおねえちゃんに託しました。そのことを全員の前で話してしまったのです。それを好機とばかりに利用したわけですね。もしも殺害する機会がなければ引き返せばいいわけで、突発的なアイデアとはいえ、それはそれで用意周到な計画なんですが、しかし原則に従えば、やはり伊月ちゃんは黒川先生を殺しに屋敷を出るべきではなかった。そうすれば黒川先生殺害後、屋敷へ戻る途中で神主さんと遭遇することもなかったわけですから、無理して屋敷を出てはいけなかったんです。まぁ、これは結果から導いた逆説ですけど。皮肉なものですが、伊月ちゃんはこの原則を破ってしまったが為に、原則を露呈させてしてしまったということになるのです」


 サトルは、伊月ちゃんの行動をなぞるように述懐する。


「伊月ちゃんは二時過ぎに黒川先生を殺害して、急いで屋敷に戻ったはずです。屋敷の近道から洞穴に入って、その洞穴の中も伊月ちゃんは走ったんです。ちょうどその頃、牢の中で金田一先生が夢で大奥さまの足音を聞いていました。でも実は、それは夢ではなく、凶器となる包丁を持って屋敷へ向かう伊月ちゃんの足音だったに違いありません。それから伊月ちゃんが洞穴を出た時、予想外のことが起こります。雨が降り出してきたんですね。伊月ちゃんはそこで困ったのではないでしょうか。ずぶ濡れになってしまっては、屋敷の中にいたことの説明がつかない。大奥さまの小屋から傘を借りるわけにもいきませんね。それでも早く屋敷に戻らなければならなかった」


 誰もがサトルの話に聞き入っていた。


「ちょうどその頃、屋敷では雨戸を閉める神主さんがいた。そこで出会いがしらの犯行が起こったわけです。それがいかにも突発的な犯行に見えるのは、屋敷の中にいるはずの神主さんが庭で殺されていて、神主さんだけ死体に装飾した跡がなかった点によく現われています。その殺害だけ時間がなく、計画的ではありませんでした。神主さんを殺した時、一枚だけ開いていた雨戸は、きっと奥さまに死体を見せないための細工で、すぐに死体を発見されては、騒がれてしまうので、そうなれば奥さまは、真っ先に伊月ちゃんの安否を確かめるでしょうから、単純な時間稼ぎだったのではないでしょうか。あの日、神主さんが庭先に現われなければ、僕が伊月ちゃんを疑っていたかどうかは分かりません。しかし、さっきも言った通り、牧場での殺害は、牧場にいた人間が行うという原則があり、同じように屋敷での殺害は、屋敷にいた人間に限られるというわけですから、その時に屋敷にいた人間は、奥さまと伊月ちゃんしかいないので、この屋敷を出て殺害を行うという計画は、始めから破たんしていたと言わざるを得ません。雨という偶然が犯行発覚につながったのではなく、雨が降ることも計算して計画するべきなので、やはり始めからずさんな計画だったんです」


 サトルが思い出すように、続ける。


「もし偶然さえも計算に入れていたら、僕は真相を見抜けていたかどうか分かりません。あの時の伊月ちゃんは、黒川先生を殺すため、返り血を浴びてもいいように、着物を着替えて屋敷を出たはずです。しかし雨が降って、着物は濡れてもいいとして、髪が濡れてしまったのには、大いに困ったことでしょう。なにしろ屋敷にいなかったことの疑惑に繋がりますからね。しかし、それも神主さんの遺体の発見時に、傘を差さずに現われることで危機を回避した。二人の大人を殺害した後とは思えないくらい、あの時の伊月ちゃんは冷静でした。いま思い出すと、戦慄さえ覚えます」


 誰もがサトルの話を聞いて想像したはずだ。そこまでして少女を殺人へと駆り立てるものとはなんなのかと。そして、殺人を一緒に犯すほどの兄妹が、なぜ仲間割れを起こしたのかと。美千代には、まだまだ核となる動機が見えてこないのであった。


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