がっかり探偵
「ちょうど旅館にいる八人全員が揃っているので、この場を借りて話しておきたいことがあるので時間を下さい」
敬助の言葉で、食堂内に緊張が走った。
「私が預かっている村長さんの手帳ですが、充分中身を改めた結果、特に重要ではないことが分かりました。まぁ、このまま黙っていると気になると思うので簡単に説明しますと、あの手帳は村長さんの釣り日誌だったんです。ところどころに走り書きのようなものがありますが、ほとんどは魚の種類や、それを何匹釣ったのか記録されているだけです。ええ、どうか手帳のことは忘れて下さい。手帳は村長さんの大事な形見ですので、そうだな、後日、奥さまに渡しておきましょう。それで構いませんか?」
全員、異論はないようである。そこで清が真面目な顔で尋ねる。
「それにしても金田一先生、どう思われますか? 今回の事件です。今日一日、何事もなく終わりました。ぼくは思ったんですよ、ひょっとしたら、事件は昨日ですべて終わってしまったんじゃないかって。いや、その、なんていうか、こう、もう、この島には殺気というのが感じられないんですよね」
「そういう油断が危ないんだ」
これは番頭の言葉だが、顔がやたらと険しい。対して、清の方は飄々としているのだった。
「もちろん用心はし続けます。警察が来るまで、まだ一日半はありますからね。しかし、この一日半を旅館に閉じ籠って過ごすというのは考えものではないでしょうか」
「清くん、きみは何が言いたいのかな?」
努めて冷静に番頭が尋ねた。
「はい。もう少し殺害現場や、遺体の損傷を調べてみてはどうかと思うんです。いや、はっきり言いましょう――」
ここで清の口調が砕ける。
「ぼくが疑り深いだけなのか、みなさん人が好すぎるのか分かりませんが、まず自分のことから話しますとね、首山で首なし死体を見たのはぼくと村長さんだけです。で、村長さんは亡くなりましたから、実際に目にしたのは、ここにはぼくしかいないんです。いくら村長さんの手帳に死体を発見したという記録があっても、見たのはぼくしかいません。みなさんは、ぼくの話だけで首山に死体があるって信じるんですか?」
そう言って、清は全員の顔を見渡す。
「やっぱり、みなさんは人が好いのかな。ぼくは自分の目で確かめないと信じられないんです。べつに金田一先生のお弟子さんたちを疑うわけではありませんが、艀がないというのも、黒川先生と土門さんが死んでいるというのも、先生のお弟子さんたちしか見ていないんですよね。いや、疑うわけではないんです。でも、何かの見間違い。または、人間なんだから勘違いというものがあるじゃないですか」
「勘違いをして金田一先生を牢に入れたのは清くん、きみだよ」
番頭の言葉に、きまりが悪そうにする清だが、続けるのだった。
「その通りです。わたしは勘違いしました。ですから確認という意味でも、明日もう一度、港に行ってみるというのはどうでしょう?」
美千代が反対する。
「黒川先生は洞穴の捜索中に殺害されました。そんな危険を冒すことないじゃないですか」
「いや、それならぼく一人で行きますよ。それなら心配する必要はないと思うんです」
そこで番頭が敬助を見る。
「金田一先生、この場合、どうしたらいいですかね?」
「え? 私ですか?」
あと少しの辛抱なので、どうでもいいと思っている敬助だが、
「それは重大な問題ですね」
と、いかにも深刻そうに呟くのだった。それから自説へと誘導する。
「明後日には警察が来ます。そうすれば、すべてがはっきりするでしょう。それまで、我々はなるべく一か所に固まっているのが賢明なんです。今日は無事でも、明日が同じとは限りませんからね」
「わたしも先生とまったく一緒の考えです」
すぐさま番頭が敬助に同意した。
「先生――」
清は敬助に対する失望をはっきりと露わにするのだった。
「先生は、それでも探偵ですか!」
そう言って、立ち上がった。それでも敬助は何も答えなかった。
俺は探偵だ。そのことを誰よりも知っている敬助である。それなのに、清が勝手に探偵という職業を誤解しているのだ。そんなことは知ったことではない。
警察官だって殺人事件を扱わない人がたくさんいるではないか。そうだ。探偵にも殺人課と、そうでないものに分けるべきなのだ。うん、俺は間違っていない。そう考える敬助だった。
何も語ろうとしない敬助に、清は「先生には、がっかりです」と捨て台詞を残して、食堂を出て行ってしまった。
「がっかりされる覚えはない」
と言いたかったが、それもどうでもいいと考える敬助だった。




