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朝ぼらけ探偵

 村長さんの死体が見つかり、その時に牢の鍵を入手したと、敬助はサトルから説明を受けた。それ以外で特に変わったことはなく、屋敷の奥さまや双子の子供たちも無事に朝を迎えることができたとのことだ。


 奥さまは二人きりで話があるそうだが、そんなことよりなにより、敬助にとっては便所へ行くことの方が大事だった。目を覚ました時から排泄のことしか頭になかったからである。おまるの一つも用意されないということに腹を立てる敬助だった。


 身体を軽くした敬助が向かった先は、紫乃が一人で待つ客間である。今さら二人で話すこともなかろうに、とも思ったが、それを固辞する理由もない敬助だった。


「奥さま、お話というのは?」

「金田一先生、昨日は失礼をはたらき申し訳ございませんでした」


 紫乃が頭を下げた。


「それは、すでに済んだことです。そう何度も謝っていただくことではありません」

「そう言っていただけると気持ちが楽になります」


 言葉とは裏腹に、紫乃の顔は晴れなかった。


「金田一先生、一つ伺ってもよろしいですか?」


 紫乃は敬助の返事を待たずに続ける。


「先生には、この事件の犯人が、すでに誰の仕業なのか見当がついているものなのでしょうか? 分かることなら、ここで説明してほしいのです」

「いや、奥さま、この時点では、なんとも説明しようがありません。私も事件の概要を耳で聞いただけですから」


 敬助は正直に答えるのだった。


「そうですわね。しかし、先生、わたくしにはさっぱり分からないのですよ。なんの目的があって、このような殺戮を繰り返したのか、皆目見当がつきませんの」

「それはそうでしょう。こんなことは正気の沙汰ではありませんからね。我々常人が考えて思いつくことではありません。奥さまが理解できないというのは至極当然です」


 今度は敬助が紫乃に尋ねる。


「しかしですね、島の人間が相次いで狙われる、奥さまには分からなくても、犯人にはそれなりの理由があるのかもしれません。奥さまから見てですね、思い出す限りでいいんですが、なぜ島の人間が狙われるのか、心当たりのようなものはございませんか?」


「それは誰しも恨みを買うようなことの一つや二つ、ないとは言いませんが、こうも島の人間が手当たり次第に亡き者にされるという理由は、やはり考えられません」


 そこで紫乃はしばし思案し、さらに続ける。


「脅迫状は何者かの悪戯であってほしいと願っていましたが、事態は予想をはるかに超えてしまいました。先生方をお呼びした手前、こんなことに巻き込んでしまい、わたくしもなんてお詫び申したらいいのか……」


 敬助が声を張る。


「奥さま、こんなことは誰にも予想なんかできません。ですから奥さまが詫びる必要はないんです。こうなってしまった以上、我々に出来ることといったら、さらなる惨劇を防ぐだけです。なんとか土曜日まで持ちこたえて、警察の到着を待つんです。あとは事件を警察に任せるしかありませんよ」


 これは自分の仕事は殺人事件の犯人を捕まえることではないと考える、探偵金田一敬助らしい言葉だった。


「先生がそう仰るのなら、そうするより他にないということですわね。実はわたくしも、先生に言われる前に、似たようなことを考えておりました。それは連絡船が来る明後日まで、屋敷を閉鎖してしまおうと思っていましたの」


 敬助が大きく頷く。


「ええ、食料に備蓄があるのなら、その方がいいかもしれませんね。なにもこんな時に出歩く必要はありません。聞けば、殺された人間はみな外で死んでいます。屋敷の錠を閉ざしてしまえば、そう簡単に手出しはできないでしょう。ええ、それがいいですよ。その証拠に、昨晩は全員無事だったじゃありませんか。残り二晩、こちらで立て籠ってしまえばいいんです」


 こうして紫乃と敬助の急場しのぎの話し合いはまとまった。


 それから敬助は朝飯をいただき、屋敷内に不審な点がないかを確認して屋敷を出た。これで屋敷は連絡船が来る土曜日まで完全に内側から錠が掛けられた状態になる。そのことは佐橋や清やサトルにも、紫乃の口から直接伝えられた。


 心配を口にする佐橋と清だったが、それでも紫乃に意見できる二人ではないので、すぐに二人は紫乃の決定に従うこととなった。それは昨晩のやり取りとまったく一緒のようである。


 違うのは、義男を旅館に連れて行くようにと頼まれたことだ。つまり紫乃は、伊月と二人きりで屋敷に立て籠るということだ。これには真意を計りかねる敬助だったが、紫乃にとっては娘の伊月以外は信用できないということなのだと、すぐに思い至るのだった。


 防犯の手薄な屋敷を内側から警護してもらうより、追い出してしまった方が安全だと考えているのだ。紫乃に義男を旅館に連れて行くように頼まれたら、佐橋も清も、当の義男もその決定に従うしかない。


 その者たちから「どうしてですか」や「こうすべきだ」などの言葉は出ないのである。それが屋敷の決まりであり、島の決まりであり、紫乃こそが決まりそのものだからなのだ。


 紫乃と伊月の二人と別れた後、義男を連れて佐橋や清と一緒に旅館へ引き返そうとした敬助だが、ここでサトルがまとわりついてくるのだった。


「金田一先生、先生に確認してもらいたいことがあります」


 そう言って、サトルは敬助の袖を引っ張るのだった。


「なんだよ」

「先生に神主さんの遺体を確認してもらいたいんです」

「俺はいいよ」


 と言って、サトルの手を振りほどこうとするが、サトルはサトルで掴んだ手を離さないのだった。


 敬助はサトルの性格を知っている。すっぽんか蛇のようにしつこいのである。こういう場合は引いても離さない。適当に付き合って納得させるのが効果的だと、これまでの経験で学んでいた。


 敬助は佐橋と清と義男に先に旅館へ行くようにお願いしてから、サトルに付き合うことにした。



「僕たちが発見した時のままです」


 屋敷の庭で死んでいる神主を前にして、サトルは言った。さらに神主の身体に掛けられたゴザをめくるのだった。


「なあ、サトルよ、俺は見なくても分かるよ。間違いなく死んでいるな。そんなことは話で聞くだけで充分なんだ」

「はい。でも、実際に見て、憶えておいてほしいんです。特に、これです」


 そう言って、サトルは神主の黒眼鏡を外し、さらに両のまぶたを持ち上げるのだった。


「お前、勝手に何をしているんだ。触ったらダメだろう」


 思わず怒声を上げる敬助だった。


「すいません。でも、どうしても確認しなければいけないことだったんです」

「そんなのは理由になるか、お前、そんなことしたら警察の捜査の邪魔になるんだぞ」


 怒られて、サトルが身体を小さく丸めるのだった。敬助が説教を続ける。


「自分から事件に首を突っ込むことないんだよ。分かったか?」


 サトルは返事をしないのだった。敬助の説教は続く。


「金にならない仕事はするな。俺たちの仕事はもう終わったんだ。警察が来るまで大人しくしていればいいんだよ。これが自分たちの手に負えない事態だと分からんのか」


 そこで敬助の口調が改まる。


「サトルよ、あんまり目を付けられるようなことはするな。仕事がやりにくくなるぞ。顔が利いたり、口が利いたり、この世界、うまくやんないと立ちいかなくなるんだ。上手にやれとはいわないよ。ただし、邪魔だけはするな」


 サトルはすっかり大人しくなった。


 それに対し、敬助は満足だった。いまサトルに話したことは、敬助自身が若い頃に聞いた先輩同業者の受け売りだが、それを自分もいつか若い奴に言ってやりたいと思っていたのだ。それが言えて、とても気持ちがいい。サトルには、時どきこうして灸をすえてやるのもいいな、と思う敬助であった。


「どうかされたんですか?」


 声の主は旅館へ戻ったと思っていた清だった。


「いや、なんでもありませんよ」


 適当な答えが見つからない敬助だった。


「二人きりで相談ですか? ぼくたちの前では聞かせられないことでもあるんですか?」

「いや、とんでもない。そんなものはありません。ただ、事件の調査をしているだけです。これでも一応、探偵の端くれですからね」


 と、敬助は嘘をついた。


「ああ、そういうことですか。それで、何か分かったことでもありましたか? よかったら、ぼくにも教えてください」


 身から出た錆とはこのことか、さて、どうしたものかと敬助が考えていると、サトルが口を挟んできた。


「僕はずっと考えているんです。昨日、僕たちが神主さんを発見した時、ご覧の通り、雨戸がすべて閉まった状態でした。とっさに、これはおかしいと思いました。だって雨戸を閉めに行った神主さんが、雨戸を閉めきった屋敷の外にいるんですから」


 そこでサトルは、清と敬助の反応を確かめつつ、続ける。


「ご存じの通り、屋敷の雨戸というのは、屋敷の中から閉めるものですよね。それなら神主さんは襲われるにしろ、屋敷の中で倒れていないとおかしいんです。遺体は履物を履いていません。これでは自分から外に出たということも考えられない」


 清が会話を受ける。


「それは単純に、神主さんが雨戸を閉めようとしていた時に襲われたということじゃないかな。それで神主さんを殺した後に、犯人が雨戸を閉めたということだろうね」


 サトルが同調する。


「僕も同じ考えです。ただ、それでは新たな疑問が生じるんです。昨日屋敷に入ってから、僕と姉で雨戸を調べてみたんです。すると、一枚だけ鍵の掛かっていない雨戸がありました。やはり神主さんは雨戸を閉めている途中、最後の一枚に手を掛けた時に襲われたのでしょう。犯人は神主さんを屋敷の外で殺して、それから雨戸を閉めたということになります。ほら、やっぱりおかしくありませんか? なんのために雨戸を閉めたのか、さっぱり分からないじゃありませんか」


 考えていた清が口を開く。


「ああ、それなら奥さまに見つからないためだ。ほら、奥さまが神主さんを探すため、屋敷の中を行ったり来たりしていたというじゃないか」

「ということは、犯人は奥さまの命までは狙わなかったということですね?」


 いつの間にか、サトルが尋ねる形に逆転した。


「いや、犯人は、その時、屋敷に誰がいるのか分からなかったんだ。何人いるかも分からない状況だったから、その場では雨戸を閉めて逃げたのかもしれない。わざわざ袋のねずみになることもないだろうからさ」


 清の返答は早かった。サトルも負けじと早急に質問を投げ掛ける。


「だったら、犯人は島にいる人間ではない。もっと言えば、残された僕たちの中にはいないと考えているんですか?」


 清が唸る。


「それがそうとも限らないんだ。いや、正直、知らない人間が島民を殺し回っているなんて考えられないよ。被害者に争った形跡がないからね。だからと言って、見つからない三姉妹の一人がやったとも思えない。雨戸にしたって、こうも考えられる。つまり神主さんを殺した後に、そのまま屋敷へ踏み込んだとする。そこで奥さまを殺しても、それをどこかで伊月ちゃんに見られたら正体が判明してしまう。逆も同じで、伊月ちゃんを殺したところを奥さまに見られるわけにもいかない。犯人の計画がまだ残されているとしたら、神主さんを殺した後に屋敷に踏み込むという選択は、最初からなかったということになるだろう。雨戸を閉めたのは、屋敷の中から姿を見られないためだった。それか、わずかでも神主さんの死体の発見を遅らせて、それで逃亡時間を稼ごうと思って閉めたのかもしれない」


 そこまで一気に喋ると、清は大きく息を吐きつつ、さらに続けるのだった。


「それにさ、この島に見ず知らずの人間が上陸して、誰にも見つからずに潜伏し続けるなんて不可能なんだよ」


 そう言って、話をまとめた。


 お前が言うなと敬助は思ったが、それを口には出さなかった。正直、どうでもよかった。雨戸が開いてようが閉まっていようが、そんな不確かな状況で推論を積み上げるのは、まったくもって意味がないからである。机上の空論以前の話ではないか。これだから素人は、などと思う敬助だった。


 しかし敬助の気持ちとは反対に、清の推理熱はなかなか下がらなかった。旅館へ戻る道でも、清は敬助に質問を繰り出すのだった。


「二日前、金田一先生は久子さんと首山神社で会っていますよね? その日、久子さんと何時に別れたか憶えていますか?」

「いや、時間までは憶えていない。いや、時計を確認しなかったから、知らないというのが本当のところだ」

「そうですか。ぼくは久子さんのその後の足取りに事件の謎を解く鍵があると思っているので、それは残念です」

「あれれ?――」


 そう言って、サトルが首を傾げる。


「馬渡さんも、その時は首山にいたんじゃないんですか? 確か、先生と久子さんの会話を聞いていたはずでは?」

「いや、それは途中までの話だよ」


 そこで清が敬助に尋ねる。


「そうだ、あの時、先生と久子さんは何かを探していましたよね? ぼくはてっきり隠れていたのが見つかったんだと思って、慌てて山を下りたんです。先生は、やっぱりぼくの存在に気づいていたんですか?」


「ああ、そうそう、なにか気配を感じてね」


 もちろん敬助のでまかせであった。


「そうですか、やはり鋭い方なんですね」


 敬助は安堵した。清はすべてを知った上で自分を告発したわけではなかった。てっきり行為を見られていたのかと思っていた。しかし考えてみれば、はっきり目撃されていたのなら、もっと追究されてもいいはずだ。追及の手が甘かったということは、清は本当に最後まで見届けずに山を下りたのだろう。敬助はそう考えたのだった。


「時間なら、大体分かると思いますよ」


 サトルの余計なひと言だ。敬助はとっさにサトルを睨むが、当のサトルは視線に気がついていなかった。


「え? 金田一先生と久子さんが別れた時間のことかな?」


 清がサトルに確認した。サトルが憎たらしい顔で頷く。


「はい。金田一先生は夕日を見てから山を下りて、それから久子さんと別れたと言っていましたから、日没前の六時まで山頂にいて、それに山を下りる時間を考え合わせると、大体六時半くらいだったんじゃないでしょうか」

「なるほど。さすが先生のお弟子さんだ。先生、そのくらいの時間で間違いないですか?」

「え? うん、そうだな、そのくらいの時間だ」

「となると、久子さんは先生と別れた後、一体どこに行ってしまったんでしょうね。それが謎ですよ」


 そんなことを話しながら三人が歩いていると、ちょうど首山へ登る入り口が見えてきた。


「金田一先生、首山の遺体も調査なさるんですか? それならぼくも同行させてもらいたいんですけど」


 敬助の気持ちとは反対に、清の推理熱がどんどん高まるのだった。


「一緒に来るのは構わないけど、まずは旅館に戻って事情を説明しよう。我々の帰りが遅くなっては心配を掛けるかもしれない。今は不安にさせない行動を心掛けるべきではないかな」


「そうですね。配慮に欠けていました。さすがは探偵ですね」


 清は感心しきりだった。


 敬助は始めから首山に登る気などなかった。尤もらしく聞こえる方便をこしらえただけだ。何度もいうように、敬助の仕事に、死体の調査という項目はないのである。脅迫状の差出人を見つけるという依頼は受けたが、それが殺人事件に発展しては、もう自分の出る幕はないと考えるのだった。


「先生、でも旅館に戻る前に、どうしても確認してほしいことがあるんですけど」


 屋敷で敬助に灸を据えられたせいか、サトルが控え目にお願いするのだった。


「どうしてもっていうのは、なにかな?」


 食いついたのは清だ。サトルが説明する。


「はい、村長さんの手帳です。屋敷に行く前に村長さんの遺体を調べましたが、牢の鍵を探すだけで、他の所持品に手が回りませんでした。番頭さんがすぐに鍵を見つけたというのもありますが、もう少しちゃんと調べておいた方がいいんじゃないかと思ったんです」


「それなら、あの時に言えばよかったのに」


 清がサトルを責めた。


「はい。それはそうなんですけど、気がついたのが、その後だったので」


 サトルが言い訳がましく答えるのだった。


 村長の手帳? そういえば村長が筆談用に常に手帳を持っていたことを敬助は思い出した。何を考えているか分からない村長のこと、手帳に何が書かれてあるのか大いに気になるではないか。


「よし、それは事件に関係あるかもしれない。犯人に関する記述がないとも言えないし、手帳の捜索は最優先にした方がよさそうだな」


 敬助は尤もらしく聞こえるように説明くさく話した。



 三人が蒸し風呂を訪れた時、現場の状況は今朝と変わらない様子だと清は言った。


「頭に殴られた痕があります。おそらくそれが致命傷になったと思われます」


 サトルが観察したことを口にした。続けて尋ねる。


「先生、手帳を探すには、一度遺体を仰向けにしなければなりませんが、どうしますか?」

「ああ、そうだな。だったら、俺が持ち上げて浮かせるから、その間に調べてくれ」


 そう言って、敬助は死体の左半身を持ちあげた。


「ありました」


 サトルはすぐに背広の内側に閉まってあった手帳を発見した。それをそのまま敬助に渡すのだった。


 敬助とサトルが蒸し風呂から出ると、二人とも頭から汗をかいているのが分かった。


「さて、ここで問題がある――」


 敬助の口調が改まる。


「この手帳は捜査に係わる大事な証拠品の可能性がある。その一方で、村長さんの私的な形見でもあるわけだ。それをこの場で回し読みするのは、いささか抵抗を感じてしまうんだ。そこで、どうだろう? ここは一旦、私に預けてくれないだろうか?」


 そこで敬助は清の反応を窺うが、清には目立った反応が感じられなかった。さらに続ける。


「もちろん番頭さんや女中さんにも同じように説明するつもりだ。私が中を改めて、必要とあらば情報を提供する。しかし必要としない記述については、家族以外に見せるべきではないと思うんだ。私には職業柄、守秘義務というものが存在している。その私の提案なんだが、どうだろう?」


 考えている清だが、やがて口を開く。


「そうですね。それなら、ぼくにも提案があります。この場で昨日のことが書かれてある部分だけ、先に黙読してもらえないでしょうか? それで公開しても差し支えがないような記述なら、ぼくにも手帳を見せてください。昨日の記述だけでいいんです」


 どうやらそれが二人にとって納得のいく折衷案のようだった。敬助は手帳を開いて、最後に記述されている頁を探す。そして、その頁に目を通して、説明する。


「問題ない。これなら見せても構わないだろう。ただし、行動記録が記されているだけだよ」


 そう言って、清に手帳を見せるのだった。サトルも手帳を覗き込む。


 手帳にはこう書かれていた。


 六時、起床。

 七時、朝食に久子、文江、操の姿がない。

 八時、黒川、半田、山辺、佐橋、幸子、客人三名が来訪。

 十時、清が現われる。

 十時半、金田一氏を投獄。

 十一時、捜索開始。

 十一時十五分、異常なし。

 十一時三十分、清と首山へ向かう。

 十一時四十五分、山頂に到着。

 まもなく神楽殿で死体を発見。

 十二時、辺りを捜索。

 十二時十五分、他に異常なし。

 下山。

 十二時三十分、牧場へ向かう。

 十二時四十五分、清と別れて捜索。

 一時、蒸し風呂で死体を確認。


 それが最後の記述だった。


「まったく、この通りですよ。昨日は村長さんと行動を共にしていたので、ぼくが保証します。ただ、村長さんがぼくと別れた後に蒸し風呂に行ったというのは知りませんでしたが」


 清が村長の記述に誤りがないことを認めた。


「十五分刻みの更新が、一時で途絶えていますね」


 サトルが気になったことを口にした。そこで清が推理する。


「うん。ぼくも村長さんが小まめに記録していたのは知っていたよ。それを素直に考えると、村長さんは一時から一時十五分までに殺されたということになるね。ただ、これは本当に素直に考えた場合だ。監禁状態で、記録ができなかっただけかもしれないから、それをそのまま殺害時刻と考えるのは早急かな」


 サトルが反応する。


「でも、殺害するのが目的なら、わざわざ監禁状態にすることもないと思うんですが」


 清が頷く。


「うん。確かにそうだ。複数犯ならいざ知らず、単独犯なら被害者を監禁状態にしておく方が難しいからね。ここはやっぱりそのまま犯行時刻と考えた方がいいかもしれない。それも頭を殴られているということは、不意討ちに近かったのかな」


 サトルが首を傾げる。


「それは分かりませんが、犯行時刻については、僕も一時から一時十五分までの間で考えていいと思います――」


 そこでサトルがハッとする。


「そうなると、とんでもないことが考えられますね。つまり、一時過ぎに村長さんが殺され、二時過ぎに黒川先生が殺され、三時過ぎに神主さんが殺されています。ほぼ一時間という等間隔で三人もの人間が殺されているんですよ。こんなことは有り得るでしょうか? しかも、その殺害は誰にも見つかっていません」


 清は冷静だった。


「いや、サトルくん、きみは何を言っているんだ。そんなものは誰かの話に嘘があれば、現実だと思っていたことが、簡単に覆ってしまうじゃないか」

「でも、実際に二時間から二時間半の間に三人も殺されているということは、動かしようようのない事実です。そんなことが果たして可能でしょうか?」

「だから、サトルくんね、単独犯だと思うから無理があるんじゃないか、二人でも三人でも協力すれば可能なんだよ。例えばそうだな」


 清は腕を組んで唸り、やがて閃く。


「ぼくのことから考えてみようか? 村長さんと別れた後に、ぼくが村長さんを殺す。それから南の洞穴まで走って黒川先生を殺し、さらに屋敷まで走って神主さんを殺す。ほら、ぼくなら一人で三人を殺すことができるじゃないか。次はサトルくん、きみだ。きみはおねえさんと一緒にいたと言っているが、実はきみは洞穴には行かなかった。それで村長さんが牧場に来るのを待ち伏せして殺した後、屋敷に向かって神主さんを殺す。あとは黒川先生を殺したおねえさんと合流すれば、どう? それならきみとおねえさんの二人で三人を殺せる」


「ぼくには殺す理由がありませんよ」


 サトルは落ち着いているが、清は興奮しつつある。


「そんなこと言ったら、ぼくにだって殺す理由なんかない。いや、ぼくだけじゃなく、誰にも殺す理由もなければ、死んだ人にだって殺される理由なんかないんだ」


 清が本格的に興奮してきた。昨日見た清である。しかし今日は自分で抑制ができる日なのか、すぐに落ち着いた声を取り戻すのだった。


「まぁ、とにかく、殺す動機なんて分かんないけど、殺す機会だけは全員にあるんだよ」


 敬助はここまでひと言も口にしていなかった。もう、うんざりしていた。さっきから旅館に戻る機会だけを狙っているのだった。死体の横で行われる、素人の無神経な推理合戦に付き合うつもりはないのである。何度も言うように、敬助の仕事は殺人事件を解決することではないのだ。


「金田一先生は、どう思われますか?」


 黙りこくっている敬助に、清がうやうやしく尋ねるのだった。


「うん。ぼくが言おうとしていたことを、すべて清くん、きみに言われてしまったよ」


 その答えに満足する清と敬助だが、サトルは首を傾げるのだった。


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