二時
南の洞穴に向かう途中、黒川先生に美千代が三姉妹について尋ねる。
「大奥さまというのは、どんな方なんですか?」
まずは周辺の話題から。
「うん、ひと言でいえば女傑だよ。英の一族も色々とあってね。江戸の時代は島の秘薬が売れて財を成したんだけど、明治に入ってから、その秘薬の製造が難しくなったんだ。それで一時はこの島ごと傾き掛けたけど、大奥さまがここを観光地に変えてね。古くからの人脈を活かして島は生まれ変わった。ここは特別な人にとっての、格別な島なんだ。しかし今度は戦争だ。また一からやり直しでね。戦争が終わってからの大奥さまは、もうすっかり厭になったんだろう、ここ一年、屋敷の子供以外とは誰とも顔を合わせることもなくなった。わたしも今年に入って姿を見ていないしね」
思い出すような、懐かしむような、寂しそうな、そんな顔をして黒川先生は続けるのだった。
「奥さまもよくやっておられるが、それでも、わたしは大奥さまの女傑ぶりを見てきたからね、やはり誰ひとり敵わないと思ってしまうよ。でも、そんな風に考えちゃいけないんだろうな。紫乃さんは、戦争が終わっても挫けなかった。大奥さまの仕事を引き継ぐだけでも大変だっただろう。うん、やっぱり英の女は強い」
ここで美千代は、あえて知っていることを尋ねる。
「大奥さまの跡を継いだのは紫乃さんで、次に家を継ぐ人は決まっているんですか? やっぱり義男くんになるんでしょうか?」
「いやいや、英の家は女系だから、次は伊月ちゃんで決まっている。これは生まれた時に大奥さまが決定を下したことだ」
「でも、その時三つ子のお譲さん方がいらっしゃったのでは?」
「ああ、あれは奥さまが引き取った子供だから」
やっと訊きたかったことを訊き出し、安堵する美千代だった。黒川先生が続ける。
「紫乃さんは若い時分、自分の子供を諦めていてね。これには理由があるが、ここでわたしの口から話すことはできない」
黒川先生は、そこで話を組み立て直す。
「うん、まぁ、それで一計を案じた大奥さまが、紫乃さん夫婦に子供を引き取らせたんだ。それがあの三つ子の娘たちなんだな」
「その、お嬢さま方のご両親というのは、現在どちらに?」
「母親は島で暮らしていた者で、父親の方は島の客だった。娘たちを見れば分かるが、片方に異邦人の血が流れているんだ。父親の方がそれで、しばらく滞在していたが、結局は娘の存在も知らずに帰っていった」
そう言って、空を見上げた。
黒川先生の思いは遠い過去か、それとも遠い異国へ向けられたものか、判然としない美千代だった。
その父親は娘の存在も知らず、当然その中の一人が無残な姿で殺されたことも知らないのだ。それが良かったのか悪かったのか、単純に考えることだけは避けたかった。
ただただ無念に思うばかりなのだ。それ以上に感情をつけ足していく作業は必要ないと思っている。面識のない人間にとって、すべては無だ。そんなことを美千代は思うのだった。
「母親の方も、どこでどうしているものかね」
黒川先生が呟いた。
「分かっていないんですか?」
「うん、少なくともわたしは知らされていない。三つ子の出産だ。母体が無事だったのかも分からないよ」
「お嬢さま方はそのことを?」
そこで歯切れが悪くなる。
「いや、うん、すべて知っているよ。でも、聞かされたのが子供の頃でね、幼かったし、よく分かってなかったんじゃないかな。人前では相変わらずコロコロと笑っていたが、あれから、どのようにして自分たちの運命を受け入れていったのかは想像もできない。思えば可哀想な子供たちだった」
そう言って、黒川先生は奥歯を噛みしめた。そして、思い出したように続ける。
「あれは久子だったかな、文江だったかな? いつか自分の目の前に、素敵な人が現われて、この島から連れ去ってほしいようなことを言ってたな。あれは夢なんかではなく、切実な思いだったのかもしれないね」
回想している途中で、言葉を口にしにくいところだが、美千代はもう一つ確かめておきたいことがあった。これは仕事である。踏み込む時はちゃんと踏み出さないと、後で後悔することになると思ったからだ。
「先生、もう一つ尋ねたいことがあるんですが?」
「うん。なんでも構わないよ」
「義男くんと伊月ちゃんの父親というのは?」
これは紫乃さんに直接訊いてもいいのだが、教えてくれなかった時のことを考えて、美千代は念のため黒川先生に訊いておくことにしたのだ。
「それも色々あって、話せば長くなる。うん、どうだろう? ほら、南洞穴の入り口も見えてきたことだし、話の続きは洞穴の中を調べてからにしてはどうかな?」
本当だ。見ると、崖の下に大きな穴がぱっくりと開いていた。狭いと服が汚れそうで嫌だと思っていたので、洞穴の中が広そうで良かったと思う美千代だった。ただ、こういう状況下でも、服の汚れを気にする自分に後ろめたいものを感じるのも確かだった。
「そうですね、帰りは二時間もありますからね。それなら、帰りの道でゆっくり聞かせて下さい」
「ああ、まさか洞穴の中にいるとは思わないから、わざわざ調べる必要もないとは思うが、報告し合う必要もあるし、ここまで来たんだ。あとは頼んだよ」
そう言って、黒川先生は座りやすそうな岩場に腰掛けるのだった。




