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月曜日の朝

 連絡船の船長によると、この日の波は穏やかな方であるらしく、島への上陸は難しくないとのことだった。天候や高波の影響によっては、島へ渡れず、八丈本島へ引き返すことも覚悟していたので、美千代は幸先のよい門出に安堵した。


 この船長は船舶会社の人間で、東京から伊豆諸島へ移動する人々の足代わりをするのが仕事だ。主に八丈島を行き来するのだが、首狩り島への運航も珍しくなく、この一年に限れば「毎週のように客を運んでいる」と話していた。


 美千代は意外に思った。昨夜一泊した八丈島なら観光地として魅力的に感じるが、そこからさらに南下して、こんな辺鄙な島に行く理由が分からないからだ。失礼を承知で、会ったばかりの船長にそのことを尋ねると、船長は「島へ渡るのは特別なお客さんだけ」との答えが返ってきた。


 確かに、今朝船長が美千代たちを見た時の反応は、珍しいものを見る目つきだった。そこで美千代は、普段はどんな客を乗せているのかと尋ねたが、今度は要領を得ないまま適当にはぐらかされてしまうのだった。


 少し早く着きすぎたせいか、いつもならいるはずの出迎えの人の姿が見えないらしく、船長は島へ何度も無線連絡をして到着を告げた。それでも連絡が繋がらず、仕舞いには警笛を鳴らすこととなった。


 やがて現われたのは、真っ黒に日に焼けた、いかつい五十がらみの男だった。挨拶よりも先に、はしけに乗客の美千代たちを乗せ換えることに懸命だ。黙々と作業をこなす仕事ぶりは、それが性格からからくる無口なのか、単に集中しているだけなのか、この時はまだ分からない美千代だった。


 探偵一行を無事に島へ送り届けた船長は、土曜日に迎えに来ることを約束して、高波が来る前に引き返していった。これで自力では帰れないと思い、美千代は不安を覚えたが、同時にわくわくして胸が騒いでいる自分を知り、期待を優先させることにするのだった。


 そんな思いを抱いているうちに、すでに金田一先生と島民の男との挨拶は済んでおり、美千代が最後の自己紹介となった。名前と職業を告げると、男は美千代に対し、必要以上とも思える笑顔で挨拶を返した。そこで武骨な海の男という固定観念は一瞬で崩れ、代わりに気さくな第一村人というレッテルに張り替えたのだった。島の第一印象としては悪くなかった。


 男は名を土門正三どもんしょうぞうといい、主に港の管理を行うのが仕事だ。にこやかな出迎えや自然な会話から、この島民が客慣れしていることは容易に窺い知ることができた。孤島で暮らす人間は閉鎖的だとばかり思っていた美千代にとって、それはとても意外であった。


 土門さんは、体調が優れない金田一先生をことさら気に掛け、港に併設されている平屋で休むように勧めてくれるのだった。そこで島の案内人が来るまで待つという算段である。つまり美千代たちの存在は既知であり、すべての手筈が整っているという意味であった。


 金田一先生の背中を丁寧にさする土門さんに、美千代は過剰な心遣いを感じたが、その人の持つ親切心を傷つけないように、見ない振りをした。土門さんとの会話はサトルに任せ、美千代は平屋の外に出た。


 この島の周囲は崖で取り囲まれており、入り江があるのは、美千代たちが上陸した港だけである。それも砂浜から桟橋が伸びている訳ではなく、岩場の切り崩しなので、かろうじて港と呼べるといった具合だ。足場の悪い岩場に繋がれた艀は一艘いっそうで、他に小舟は見当たらなかった。


 周りを見渡せば、崖を登る石段と、高波の影響を受けない、わずかばかりの平地に掘っ建て小屋があるばかりで、どうやら土門さんはその小屋を住まいにしているようであった。その小屋の中での生活を見て、いくら仕事とはいえ、島での滞在に不安を覚えないわけにはいかない美千代だった。


 しかし、崖を下ってくる一人の青年をひと目見て、美千代の不安はすぐにどこかへ消え去った。近づいて来る青年が、土門さんの言っていた島の案内人である。その青年もまた、眩しいくらいの笑顔で挨拶をして、待たせた非礼を何度も謝るのだった。


 名は佐橋勇さはしいさむといい、年齢は美千代と同じくらいで、身体の線は細いが、綺麗な顔をした男であった。まるで銀幕から飛び出した、といったら大袈裟だろうか、いや言いすぎではなかった。これは後で聞いた話だが、島で牛の世話をしながら暮らしており、家族はおらず、独身とのことだ。


 金田一先生とサトルとも笑顔で挨拶を交わし、土門さんに代わって、美千代たちは佐橋さんの後に従った。金田一先生の体調を気遣いながらも、港から崖を登る急な石段では、ちゃんと美千代を労わるのだった。その姿を見て好感を持たない者はいないはずである。


挿絵(By みてみん)


画 サトル


挿絵(By みてみん)


サトルのメモ


 さて、前にも言った通り、首狩り島は二重カルデラであることから、島の外側は絶壁ともいえる崖に取り囲まれており、島への入り口は高波が打ちつける前述の港しかない。よって港以外からの上陸は不可能といえよう。しかし逆に、見張りはいるが、港からならば誰でも上陸することはできる、ということは記しておかなければなるまい。


 島の外堀の外輪山の頂上から島全体が見渡せるのだった。急な坂道を上り切ったところで、休憩がてら佐橋さんが島の形状について説明をしてくれた。それによるとこうである。


 島の外側から内側にかけて窪んでおり、ちょうど海の上にお椀が浮かんでいるといった感じである。また、そのお椀の中央には、これまた高くそびえる岩山が鎮座しており、その岩山が島の東側を遮断するように外輪山と連なっている。つまり島の平地と呼べる部分は中央の岩山を取り囲む部分だけで、ちょうどアルファベットの「C」の字の形をしているということである。「C」の字では島の交通が不便なので、東側を遮断している岩山にトンネルを掘り、道を一本道の「O」の字にしてしまおうという計画があったそうだが、計画止まりで、岩山の両端には洞穴があるだけで開通はしていない。


「きれい」

 頂上から島を眺める美千代の口から、吐息のような感想がもれた。


「ありがとう」

 そう言って、横に並んだ佐橋さんがほほ笑み掛ける。するとすぐに、「ああ、ぼくが褒められたわけじゃないよね」と、恥ずかしそうに照れるのだった。


 その姿を見て美千代は、島に住む人に対して好意的な印象を持った。ここへ来るまでは漠然と島の暮らしは大変だろうなと思うくらいで、そこに暮らす人の表情まで想像しなかったからだ。でも、こうして豊かな表情に出会うと、はじめて実感を持って想像することができるのだった。


 それよりなにより、島民たちのこの人柄。人との交流が盛んではないとあるが、そこは南の島である。気候がそうさせるのか、陽気な雰囲気を身にまとっている印象を受けるのであった。


 外輪山の頂上から急な坂道を下り、平地に下り立つと、そこにこの島独特の景観が広がっていた。道の両脇が外輪山と内輪山の崖に囲まれているのだ。まるで地割れが起こってできた谷底の、その地底を這うような感覚だろうか。崖に挟まれ圧迫感で締めつけられ、多少の息苦しさを覚えるが、ただ、それでも開放的な気分を台無しにするほどではなかった。


 内山の崖についてだが、通常、二重カルデラの場合、内輪山は小ぶりな富士山の形をしているのが一般的であるが、首狩り島の内輪山は絶壁の崖を形成している。これは珍しいことではあるが、陥没が原因であることがすでに分かっている。おそらく平地部分の地盤沈下と併せて、現在の特殊な条件が形成されたのだろう、といわれている。


 「C」の字の一番下の部分に港があり、美千代たちは現在、左右に別れる道の上に立っている。島の東に向かう右の道は、さっきも言ったように行き止まりで、突き当たりに南洞穴みなみどうけつの入り口があるだけである。美千代たちが向かう依頼人の屋敷は、その崖の向こう側にあたる北洞穴の近くにあるため、つまり依頼人の屋敷に行くには、時計回りに島を一周せねばならないということだった。


 それは佐橋さんの責任ではないというのに、具合の悪い金田一先生に何度も謝っていた。美千代は佐橋さんや土門さんの金田一先生に対する大袈裟な気遣いに、もしやと思ったが、ここまで来て引き返すこともできなかったので、この場では黙っておくことにした。


 島についてさらに説明を加えておくと、「C」の字の一番下の南端に港があることは説明した通りである。港から時計回りに西に向かうと、そこに村役場や民宿があり、他に地熱を利用した蒸し風呂温泉、牛の家畜場もこの辺りにある。つまり西端が島一番の集落といえるだろう。ただし最盛期には百人を超えた島民も、今では二十人にまで減ってしまったのだから、集落とはいえ寂れた印象は拭えなかった。


 「C」の字の一番上の北端には、神社への入り口がある。そこから島の中心にそびえる内輪山の頂上へ上る石段があり、内輪山の頂に建立された神社へ参拝できるようになっているというわけだ。


 「C」の字の東端一帯は、依頼人であるはなぶさ一家の居住区である。英屋敷を中心に一家八人が暮らしており、実に島民の半数以上が親類縁者で占められているということだ。ただし、それが血縁で結ばれていないことは、あとで分かる。


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