十一時三十分
捜索隊は首山の頂上へ登る道の前に辿り着いた。ここで村長さんと清さんの二人は別行動となる。二人が首山に登る前に、黒川先生が注意事項を繰り返した。
「しつこいようですが、時間厳守でお願いします。ちゃんと屋敷へ戻る時間も考えて、そうですね、全員四時前には捜索を打ち切るようにして下さい」
ここにいる者はすべて時計を持っている。時間が分からないという心配はなかった。
「それと、捜してほしいのは行方が分かっていない者だけではなく、遺体の服もなくなっているので、どこかに捨てられていないか、注意して探すようにして下さいね」
本当は、死体の頭部についても付け加えておきたかったのではないか、と美千代は思ったが、さすがに口に出すことはできなかった。
「もし生きた姿で発見できなくても、遺体には触れず、場所と時間だけ記憶するように。絶対に余計なことはしないで下さい。もちろん、そんな姿で発見されることは考えていませんがね」
それが黒川先生の精一杯の言葉のようだ。誰もが黒川先生の言わんとすることが分かっている。すでにある程度のことは覚悟しているのだ。もし生きているのならば、とっくに姿を現しているはずで、行方不明のままであるはずがないと。姿を見せないということは、すでに絶命しているか、生きていてもなんらかの事情を抱えているということである。
簡単な予想だが、三姉妹のうちの一人が他の者を殺めて逃げている、ということなのだと考えている。ただ、これに大奥さまの失踪がどう絡んでいるのかは、想像もつかない美千代だった。
「もし、久子、文江、操のうち、その中の誰かが無事に見つかることがあっても、決して刺激しないように。落ち着かせて屋敷まで連れて帰って下さい。この段階では彼女、いや、彼女たちが精神的に、どういう状態にあるのか分からないですからね。それも充分注意しましょう」
これはやや露骨な警告だ。やはり黒川先生は三姉妹の中に犯人がいると考えているのだろう。それは美千代も同じように考えたことだ。しかし、ちょっと前から可能性が広がったように思うのだけれど……。
「黒川先生、他にまだありますか?」
清さんが催促するように尋ねた。
「ああ、そうだな、そうそう、あいにくの天気だ。もし雨が降ったら捜索は中止。その時点で屋敷へと引き返して下さい」
「先生、他には?」
清さんが間髪入れずにさらに尋ねた。
「それくらいかな」
「だったら、もう行ってもいいですか?」
清さんが急く。これは性分なのか、操さんのためなのか、はっきりと分からなかった。
「ああ、頼んだ。五時に屋敷で会おう」
その言葉に頷き、清さんは村長さんと一緒に首山の頂上へと向かうのだった。
捜索隊がふたたび歩き出す時期を見計らって、美千代はさりげなく佐橋さんの隣に並んだ。何か話し掛けてくれることを期待したが、向こうから話し掛けてくれる雰囲気が感じられなかったため、美千代から切り出した。
「佐橋さんは、あの馬渡さんという人について、何も聞いていないんですか? 黒川先生は初めて顔を合わせたようなことを言っていましたけど」
「うん。いや、前に牧場で働いていた人がいたというのは当然知っているけど、名前と顔は、今日初めて一致しました。ぼくが島に来てから一度も見掛けたことがない顔だね。まさか小屋に隠れているとは思わなかったよ」
すっきりしない顔で佐橋さんが話した。
「まったく気がつかなかったんですか? その、小屋に隠れているって?」
「うん。牧場で働いていておかしいと思うかもしれないけど、まったく考えもしなかった」
だから佐橋さんだけではなく、操さん以外は誰も馬渡清の存在を知らなかったわけだ。
「こういう形で島民の目に触れずに、誰かが島に隠れるということがよく起こったりするんですか?」
美千代が一番知りたい質問だった。
「いや、ないよ。昔はどうか分かんないけど、ぼくが島に来てからは初めてだ。隠れる場所もなければ、食料の調達も難しいからね。きっと、あの人が見つからないでうまく身を隠すことができたのは、以前にこの島に住んでいたことと、あとは絶対の協力者がいたからだろうな」
あの人とは馬渡清で、協力者とは操さんのことだ。おそらく佐橋さんも二人の駆け落ちのことはすでに何度も聞かされていたのだろう。これは狭い島に拘らず、人間にとっての世間なんてものはその程度のものだからだ。何年も前の話を何度も繰り返すのが常で、話す方も聞く方も飽きずに笑い合うのである。そういう美千代も、そんなお喋りが嫌いではなかった。