とらわれ探偵
まさか北洞穴の中に牢獄があるとは思いもしなかった。鉄格子の中はランプの明かりだけが頼りである。
それにしても、と敬助は考える。洞穴の入り口からここまで、よく掘り進めたものだ。立派なトンネルで、そのまま貫通させれば車だって走れるだろうに。自分の身の上よりも、トンネル工事に感心する敬助だった。
時計を確認する。
「十一時か」
そう言って、座敷の上に寝転がった。
そろそろ捜索をはじめたころだろうか、これぞ蚊帳の外ならぬ、牢の中だな、などとくだらないことを考えるのだった。
その時だった。
遠くから足音が地を這うように響いてきた。
とっさに状態を起こし身構える。
しかし、現れた人物を見て安堵するのだった。
その者は、英紫乃であった。
「金田一先生」
格子越しに話し掛けた。
「奥さま、どうされました?」
敬助にとっては予想外の来訪だ。
「先ほどは先生に謝ることもできなかったので、こうして参りました。あの時、金田一先生が目配せしてくださらなかったら、あの場がどうなっていたか、今は想像もできません。先生は、わたくしの顔を立てて下さったのですね」
「いいえ。別に顔を立てたわけではありません。依頼人の秘密を厳守するのが仕事ですから。それよりも伊月ちゃんは大丈夫ですか? 脅迫状と関係があるのか分かりませんが、実際に人が死んでいます。一人にしては危ない」
牢の中にいる敬助の言葉だ。
「ええ、伊月は大丈夫です。部屋の中に隠れているように言っておきました。天井裏へ抜けることもできますし、あの子は絶対に見つかりません」
紫乃は、心配はいらぬという顔だ。
「そうですか、それなら結構。しかし奥さまも安全とは言えません。こんなところに一人で来ては危ないじゃありませんか。犯人は日本刀を所持しています。どうか屋敷へお戻り下さい。そして、あまり出歩かないように」
「そうですね。わたくしも迂闊でした。ご忠告に従います。金田一先生、こんなところに閉じ込めてしまい、本当に申し訳ありません」
そう言って、紫乃が頭を下げるのだった。
「奥さま、どうか気になさらずに。捜索が終わった時点で解放してくだされば、何も問題はありません。その時、全員でもう一度話し合おうではありませんか」
すでに敬助の頭は切り替わっていた。実際、あの場では抵抗や弁明は無駄だと考えていた。死体は一体で、行方不明者は三人。犯行の証拠はなく、正確な死亡推定時刻も割り出せない。
そうなるとアリバイを成立させることも難しく、清というあの男と、やったやらないの押し問答になるのが目に見えていた。それなら無駄な抵抗をしない方が得策だと、敬助は考えたのだった。
「そうですね。捜索が終わるのを待つしかなさそうですね」
敬助の威風堂々たる態度を見て、紫乃も頭を切り替えることができたようだ。
「脅迫状についても、検討し直す必要があるかもしれません」
「あとは先生にすべてお任せします」
紫乃の敬助に対する信頼は揺るいでいないようだ。
「奥さま、私を信用して下さい」
敬助は力強く言うのだった。