完全なる幸運
少年が最悪の台詞を口にした時、一瞬手は止まったが、それでも逃走する事には成功した。
ごくあっさりと成功した。
ゲームが始まる前に、己の欠陥能力である行動不可能はどのようなものになるのかという事が疑問になっていた。そのためゲーム開始直後に様々な実験をした結果、付き添いなしで動けるのは教室内まで。付き添いの範囲は3メートル前後という感じになった。
逆に付き添いなしだと、一歩も動けなくなった。足が接着剤で固められたように前や後ろに進むとなったが、足を上げるだけなら上げることはできた。
次に思いついたのはこの教室という存在がなくなった時だ。
別にこの発想が一番酷い結末というだけで、わざわざ確認する為に教室を消したりはしない。
一番あるのはなんらかの崩壊現象により、床がなくなった時だ。
その時僕はどうなるかが気になった。
為、床に小規模に穴を開け、僕がそこに落ちるという実験をした。
少年の言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡りながらも掃除用具箱のすぐ近くにいた僕はそのまま中にあるありったけかき集めた小麦粉を地面に向かってぶちまけた。
教室内は瞬く間に白い粉につつまれ、
彼らが攻撃を仕掛ける前に掃除用具箱に飛び入った。
そうして、一階まで落ちたのだった。
さて、さっきの実験の結果はふつうに僕が下に落ちるというものだった。
どうやら動かないというのは前後左右というだけであって、上下には関係がないらしい。というのがわかった僕は緊急脱出用に掃除用具箱に穴を開けたのだった。もちろん落ちても床に激突すればアウトであるため、マットなどが必要。しかも無事着地しても僕が動けないのにかわりはないから誰かいないといけないのだが。
もちろん、呼び寄せてある。
「おっすー、だいじょぶ?」
さっきまでの極限の緊張状態から一変気の抜けた声を出してくる。
「なんで、もう落ちてきたのさ。まさか初日に使うとはねー。ある使えるの一回きりだって言ってたのに。たかが敵二人ドアから入って来ただけなのにそんなに焦っちゃってー。このチキンがー」
「…僕の話聞いてたの……?とにかく移動するよ」
「がってんでさー」
そこにいたのはクラス一番のマイペース人間、宮内さんである。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
こちらは別サイド。
「ありゃりゃーにげられちゃったねー」
教室の中から少年は言う。
「まあ、べつにいいんだけどね。さがすのめんどくさいからさ」
少年は笑みを浮かべる。
「まさかこんないいものをくれるなんてね。わたしがほしかったのはぼくらのちーむのたからのちずなんだったけどね。これならどうてんどころかかちもみえてきたね。らっきーらっきー。これならきゃぷてんもまんぞくできるよ」
おいで、と言って一貫して無表情の青年を引き連れ、来た道をなぞるかのように、窓から出て行った。
どうやらミスは二つだけではなかったらしい。彼が最悪だと言った先程の展開はどうやらまだまだ生温いものらしかった。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
こちらは別サイド。
「くしゅん!」
と音をたてた少女は急いで口を塞ぐ。
現在の最も過酷な佳境にいるのがこの少女だった。必死に物陰に隠れ込み、息を殺して時を待つ。
しかし、と少女は頭の中で、後半日はここから動けない事を覚悟して、
ため息をつくのだった。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「はーはーなるなる。そんな事があったのね」
現在僕は学校のありとあらゆる曲がり角、階段を使って動いていた。
かなり早いペースだが、それでも両手をポケットに入れたまま走っている。
「とりあえず今言った通り僕たちが向かうのは本校舎3階だ。その教室で待ち合わせする事になっている。
参加組を二人、僕たちの宝を守るように向かわせたが、反応がない。薄々気づいていたが、もう手遅れだ。そうでなくともそう思った方がいい。
なにせ敵陣ど真ん中に連れて行ったのだ。これも猛省である。僕はもっと考えなければならないと改めて誓った。
それでもだ。ニナさんによればゲームに関しての偏りはなく公平に出来ているといったが、敵の能力、宝箱の配置とどうにもバランスが釣り合ってない。嘘をついた可能性も考えられるが…。前回の反省を活かし、今度は思考をし始めた。僕の能力のメインである、『同時並列演算思考』を使い、考える。この能力、便利なのが意識しなくても勝手に考えるところだ。そのため僕は別の事について考えられる。これからの事を。
「井熊ちゃんには申し訳ない事をしちゃったね。たすけてもらったんでしょ?」
「ああ、うん。自分の不甲斐なさを呪うよ」
僕の視界が突然かわったのも井熊さんがあの斬撃に気づいて僕を押してくれたのだろう。重ね重ね申し訳ない。
「そうだぞ、ばかやろーが」
と言う声に対して何も言い返す事は出来ない。
「それにしてもわかってるんだよね、今の状況。どうしてそんなにゆったりしてられるんだよ」
「いやー、あせってるよ。うん」
とてもそうは見えない。
どこまでもマイペースだ。
「で、結局のところ今何人生き残っているのかな?」
宮内さんのそんな質問に僕は頭の中で地図を思い浮かべる。
えーっと、僕と宮内さんはここにいるから、いち、にー…
あー、非常に言いづらい。
「ろ、六人」
「あれまー。私たちのクラスって全部で37人でしょ?随分とまあ減ったもんだねぇ。四分の一もう切ってるじゃん」
「……………」
本当にごめんなさい。
「まあ、減ったもんはしゃーなししゃーなし。六人で頑張りましょー」
「そう言って貰えると助かるよ」
「いえいえ、どういたしまして」
そこにお礼を言う必要があるのかについては疑問の余地があったがまあ、触れないでおこう。
ともかく、これで僕たちの次の行動が概ね決まった。
「そうなるとだね、僕たちは勝ちを一旦諦めよう」
「え?」
「この状態から勝てると思うほど、僕は楽観視していないよ」
「それでも、諦めたら終わりだよ?」
と、こちらを訝しむように見る。
「わかってるよ。負けるつもりはない」
「だったら…」
「だったら引き分けを狙おうと思う」
宮内さんの声の上からかぶせる。
「え?引き分け?そんなことできるの?」
「ああ、多分ね」
確率的にはそんなに高いとは思えないが。
「僕たちと敵にはそれぞれ一つずつ宝物がある。仮にもし、どっちも宝物を取れたとして、時間制限目一杯までどちらも持っていたら判定はどうなると思う?」
「もちろん、とった時間の早い方だとか、味方が多く残っている方だとか、別のもので決まるかもしれないけど、それでも引き分けになる事があるかもしれない」
「いや、それはそうかもだけど、どちらも敵に渡っているようなもんなんでしょ。それなら取り返せられないんじゃない?」
「それでも行くしかない。でも、相手が二つ持っているなら、僕なら場所を分けて保管する。だったら守りも良くて半分にはなると思う」
二手に分かれてね。と言う。
「だから今から待ち合わせ場所で集まったみんなには本当に申し訳ないけど僕を守ってもらう。そのうち僕がどっちを取るかを考える。もしどっちかでも奪ったら、全員バラバラに逃げよう。どこかに宝を隠して最後にとってもいい。僕も奪った後は好きにしていい。見捨てても、連れてっても」
宮内さんは、少し考えたらしい後、
「わかった。いいよ」
と言ってくれた。
「だけど、実行するかどうかはみんなが集まってからだよ。みんなが嫌って言うかもしれないし、もっといい案があるかもしれないから」
「ああ、うん」
と言いながらそういえばこんな人だったなと思い出す。
マイペースだが、それは決して他人の事を考うていないわけではないのだ。
しかも今能力を持っている僕にでも、もっといい案が出る、と言ってくれたのは、なんだか新鮮でよかった。
と話していたら、階段を降りて3階に着き、待ち合わせ場所の一歩手前で、
「ちょっと、ちょっと路木君」
「どうしたの?」
待ち合わせをしていた教室の一歩手前の教室のカーテンを扉越しに指差して、
「あそこに私たちの狙う敵さんの宝箱があるんだけど?」
「は?」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
1日目、わずか1時間足らずで速くも彼は味方をほとんど失い、相手に最大限のリーチを許し、一人では一歩も動けない状況でゲームは始まった。
ただし、それはこちらにリーチが
ないと言っているわけではない。