最悪の偶然
「ああ、もう!」
とある部屋の隅で必死に考える。
しかし、これでは勝敗は決したようなものだった。
すでにゲームが始まってから1時間が経過してそろそろ大きなターニングポイントだと考えられる。
いや、考えられるだけで全く行動に移せてはないのだ。今やクラス中の生き残りの全員が総力を持って動いているが、それでも残った人数は残り10人を切っていた。
「ああ、もう!」
再び同じ台詞を吐き、それでも考える。
今尚この状態であろうとなかろうと、
彼には考える事しか出来ないのだから。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○
例の宝探しゲームが始まって40分、クラスの半分は、それでも半分は予定通りの配置となっていた。
能力を把握しているのは現在自分を含めてたったの3個であり、どれも今の所は使えそうにない。
「それでもなんとかしないと…」
それにしてもそろそろ何か進展があっても良いはずだ。校舎には最低限の人数でくまなく探せるようにしている。その為そろそろ宝箱でも、あるいは敵にでも遭遇してもいい頃合いなのだ。
「ほらな、そんな漫画みてーな出来事なんて起きてねーんだよ」
クラスメイトの中馬君がカードを持ちながらひらひらと仰ぐ。窓際いる彼は
どうやら複数の友達とトランプのババ抜きをしているらしい。彼の手札は残り二枚のようだった。
「なんなのよ、あの連中」
僕と同じで教室にいる戦っている方の半分…僕らは参加組と呼んでいるが、とにかく今この教室にいる参加組は僕を含めて5人だ。後の参加しない人たち…不参加組は、全員、この教室にいる。中馬君みたいに真っ向から否定する人、半信半疑で様子を見ている物、ゲームに参加している人と、まちまちだ。
今僕に話しかけてきた子はその参加組の一人、井熊さんだ。
「そう思わない?あれを見てなんで信じないのかしら?」
9時前、僕らは謎の女の人に突如ゲームをするように申告された。負けたら死ぬという事も。その際、みんなが信じるようにと、その人…質問しに行った時は自分の事をニナとか言っていたが、(偽名という意味だろう。)手をふるってドアを吹き飛ばし、その後そのドアを元に戻すという常識的には不可能である事を成し遂げたのだ。井熊さんは多分その事を言っていると思う。
「まあ、しょうがないよ。それでも信じられないというのも当たり前だと思うよ」
「そ、そう?ならいいけど」
それ以上に僕や、井熊さんが信じているのは僕たちが持っている側だというのが大きいのだろう。実際に体験すれば嫌が応にも信じない訳にはいかなくなる。
「それにしても…やっぱり遅い。何かあったのか、それともこうなるような能力があるのか…」
今はそんな事考えてもしょうがない。とにかくみんなから情報が欲しい。
僕らの校舎は屋上を含めて全部で5階。別棟は立ち入り禁止になっているので実質本校舎のみでの戦いになる。
僕らの校舎は円柱状の物体を中心に左右に教室が広がっている形になっている。円柱の横に横に長い直方体がくっついている感じだ。ちなみに僕たちが今自分の教室にいる理由はない。
まあ、あるとすれば、先程作った保険があるけど。
今回のゲーム、いや最初のゲームは僕らの方の校舎を使うらしい。裏を返せば相手の校舎も使うという事だ。どちらもどこかの教室に飛ばされるらしいが、とにかく僕らの校舎を使うという事は、それは僕らの方が地形面では圧倒的に有利だという事だ。ならば、今回は必ず勝利しなければならない。
それに…このゲームは…
「だから、本当なら全員で参加して欲しいんだけどな…」
振り向くが全く動こうとする様子はない。
まあ、やる気が無くて下手に動かれるくらいなら僕が見ていた方がいい。もし敵が来てもこの人数ならそうそうやられる事はないだろう。その過程で彼等も状況に気づいて指示に従ってくれたら問題はない。まだ1時間もたってないのだ。まだまだ巻き返せる。
とここで、僕はらしくもなく問題を先送りにしてしまった。いつもなら先に問題は消しておく僕だが、今回に限っては僕も多少なりとも混乱していて、しかも常時能力発動中だった。慣れない事が多くて判断が鈍ってしまったのだ。もちろんこんな言い訳なんか通用しないし、そのせいで一気に苦戦を強いられる事になる。それも直ぐに。
「よっしゃあっ!一着ぅ!」
「路木くん!」
中馬君と井熊さんの声がかぶり、同時に僕の視点は一気に床へと向かった。
「ちょっと、どうしたの井熊…」
さん。とまでは言えなかった。
なにせ、視線を向けたすぐ目の前に火球が迫っていたのだから。
大抵の物ならば、ここで素直に火球に飲み込まれてしまうだろうが先程も言ったようにあいにく僕は持っている方だった。
通常より何十倍も脳の回転が早くなった今、たとえいきなり目の前に火球が現れようとそれが何であるかは確認出来る。
さらに、確認出来れば次の行動にも移せる。身体は脳の電気信号によって動かす事ができる。ならばそれが通常よりも速いスピードで伝わったなら当然身体も速く反応できるということ_!
反射ではなく意識的に、無理矢理身体を横に捻ってなんとか横にそれ、火球を避けた。
身体が軋み、悲鳴をあげる。
ここで二発目三発目が来たらたとえ反応が間に合ったとしても、身体がついていかなかっただろう。ノーモーションからいきなり通常よりも速いスピードで動くのだ。軍人のような身体にはとうてい及ばない為、こんな行動が出来るのは精々一回きりだったが…
はたして二発目、三発目は飛んでこなかった。
今度こそ、僕はゆっくりと顔をあげる。
そこで、ようやく初めて僕は大きく分けて二つ、重大なミスをした事に気がついた。
まず、僕の考えが常識から脱していないという事が一つ目の失態だった。
あくまでも自分に起きた変化を受け止めていたとは言え、本当に常識外れな能力を目にした訳ではなかった。
それ故に考えられなかったのだ。
まさか、4階であるこの教室に、ドアからではなく窓からぶち破って侵入者が来るという可能性に。
次に、これは一つ目の延長線上の理由だが、
僕たちが得た能力、少なくとも僕が知る範囲では頭の回転が速くなる、身体能力の向上など、これも常識の範囲内での能力だった。
だからこそ、回避出来なかった。
まさか、全員分火球が飛び込み、
さらに首を狙って二回、斬撃が飛び込んだ事に。いや、時系列順には斬撃の後に火球…ではあるのだが…
運が悪かったのはほぼ全員、椅子に座っていた事である。
座っている人の中で一番小さい人と、一番高い人の首に斬撃を一回ずつ浴びせたら当然の事ながら確実に全ての人は、胴体と頭部が離れるだろう。さらに、椅子に座っていたら、もちろん机もすぐ前にあるため、斬撃に気づいても回避が難しい。もし仮に立っていたとして、又は座っていても避けたとして、待っているのは火球である。斬撃に気を引かれているため今度は確実に回避不可能である。それこそ僕以外は。
というわけで、僕以外は全滅である。
僕を咄嗟の判断で守ってくれた井熊さんをはじめ、中馬君、その他のクラスにいるみんなは一人残らず刻まれ、燃やされた。
「あーれー?そんなにたくさんのつもりはなかったけどなー?あらら、もしかしてぜんめつ?あっはっは!うけるー!」
「………」
顔を窓に向けると窓の縁に二人の人間がいた。
片方はまるで高校生とは思えないくらいに背が低く、言葉もあやふやな少年。
もう片方は死んだような表情をしてどこかをぼーっとみている高校生。
「やあやあやあ!こんにちは!すごいよね、すごいでしょ!これわたしがやったんだー!」
悪びれもせずに笑う。
どちらがどちらの攻撃かわからないが虚ろな目をしている青年が刀を持っているので少年の方が火球を放ったのだろう。
「それでねー、きみ。りーだーでしょ?」
「……?…っ……!」
やられた。こんなに速く決着がつくとは思わなかった。自分の無能さに呆れつつ、だからこそ、今僕の能力を最大限に活かす。
頭をフル回転してこの状況を脱出する方法を考える。
すなわち、戦うか、逃げるか。
最初の意見に対しては誰が考えようと無理がある。数的にも、能力的にもこちらが勝るものはない。現在、彼等はその気になれば僕なんて一瞬でリタイヤさせる事が出来るのだ。今僕が生きているのは僕がただ情報を持っているというだけだ。これに関しては教えたら始末される可能性が高い。
そのため却下。
次の案だが、これに関しては戦う事よりもひどい。
いや、別にこの教室に居なければならないという制限はないし、するつもりもない。いくらこの教室をめちゃくちゃにしようと、まだまだ隣にでも別の階にでも教室あはある。幸いな事に(それでも今の状況を幸いなんて捉えられるわけかまないが)仲間との通信手段は生きている。僕がこの場を離れても合流は可能だ。そういう意味では逃げるというのはかなりの確率で普段ならそうしているのだが、現実はそう上手くはいかない。そうなるようにコントロールしたのは僕らではないのでこれに関してはしょうがない。
…回りくどい言い方になったが、つまり何が言いたいのかというと、逃げるという選択肢はないという事になる。この場合でのないは『Yes、No』という意味での『No』ではなく、あくまで『inpossible』である。
僕の能力は自力での移動が出来ない
運が悪いにも程がある。
少年が言ったことを言葉足らずだったがそれでも要約すると、全員リタイヤさせるつもりは無かっただ。これは、こちらが思っていたのと同じように向こうもその能力の強さから敵も同程度の能力を持っていると考えたのだろう。
実際は全く違うのだが、その勘違いは不利な方にあるこちらにとっては大いに喜ぶべき事だったが、味方がいなくなってまで良かったと思えるほどではない。
つまりはテキトーに放った攻撃がこちらにとっては致命傷となった。
これなら僕の能力に欠点があるのを見抜かれないようにしなければならない。言い換えるならば、逃げられると思わせなければならない。
「ああ…そうだよ」
と、その少年に返事することしかできない。
その反応に少年は邪悪な笑みを浮かべて舌なめずりする。
「じゃ、りーだー、どこにある?」
意思を伝達するには少なすぎる語彙だが、そこに反抗している場合ではない。リタイヤしたら、今この状況を他のみんなに伝えられない。
「教卓の引き出しの中だ」
言うが早いが少年は教卓に向かう。
そしてすぐ、
「おい、かぎついてるぞ?」
と僕の方を見る。
「鍵は僕が取るよ」
そう言って動く。
動く事すら制限されると思わないでもないが、どちらも動かなかった。
まあ、僕一人くらい、逃げようとも簡単に殺せるのだろう。
掃除用具箱へ行き、扉を開け、ちりとりやら箒やらの下にある銀色のおぼん?のようなものをあげ、そこにあった鍵を取り出す。なぜそんな簡単な場所に隠してあるかと言われれば、ここが一番安全だからだ。すぐにわかる。
「ほらよ」
と、少年に向かって投げる。
鍵を掴んだ少年はそれで開き、中の紙切れを取り出す。
もちろん、僕らの宝地図である。
少年はそれをじっくりと見て、その紙をポケットの中に、乱雑にぐしゃっといれる。
「くっくっく」
と、少年は笑い、
「ばしょをおしえてくれてありがとう」
と、心にもないお礼を言った。
再びくっくっくと笑うと、
「りーだー、どうやらわたしたちのかちみたいだ」
と、初めてきちんとした文を話した。
しかし、僕がそれを思い出すのは随分と先の事になる。
そんなもの軽く忘れるくらいのインパクトがあったから。
「ここ、ぼくらのほんきょちだね」