表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

鈴谷さん、噂話です

穴場のコンビニエンスストア

 “コンビニエンスストアの期間限定スィーツ”と言うと、もしかしたら馬鹿にする人もいるのかもしれない。例えば、舌の肥えた美食家とか。「貧相な舌だな」って感じで。だけど、極ごく一般的な家庭で育って並のお菓子しか食べて来なかったわたしのよーな人間にとっては、充分に魅力的だ。

 ただ、ま、これはわたしだけじゃないと思う。けっこー好きな人も多いのじゃないだろうか?

 実際、その時、そのコンビニエンスストアで売り出された期間限定スィーツは、レアチーズの甘酸っぱさと香ばしいパイ生地が絶品で、結構な人気となっていのだった。並ぶ客が出る程ではないけれど、見かけた時に買っておかなければすぐになくなってしまうから、手に入れるのはそれなりに難しい。

 ところがどっこい、同じ大学に通っている日向ちゃんという女生徒は、何故かしょっちゅうそれを食べているのだった。一緒に昼を食べる事があるのだけど、その時には大体、そのスィーツを買って来ているのだ。

 ある日、不思議に思ったわたしは「どうして、その期間限定スィーツを買えるの?」と尋ねてみた。すると、それを美味しそうに食べながら日向ちゃんは「ふふん」と笑い、続けてこう言って来た。

 「実は穴場のコンビニエンスストアを見つけたのよ。朝、来る途中に寄ると、大体、これを買えるのよね」

 わたしはそれを聞いて目を輝かせた(輝いていたと思う)。それで頼み込んで、なんとかその場所を教えてもらったのだ。

 しかし、事はそんなに甘くはなかったのだった(スィーツなのに)。大体、彼女が言っていたのと同じ時間にそのコンビニに行ってもお目当ての期間限定スィーツは置いていなかったのだ。偶々かと思ったけれど、何度行ってもやっぱり置いていない。

 それで彼女にそう言ってみると、「なら、一緒に行ってみる?」と言うので、朝、一緒にそのコンビニに買いに行ってみる事にした。すると、なんと件の期間限定スィーツがちゃんと置いてあるではないか。

 「ほら、ちゃんとあったでしょう?」

 そう彼女ははしゃいでいたけど、わたしはなんだか狐につままれたような気分になった。運良く二個あったので、それぞれ一個ずつ買った。気配を察したのか、若い男の店員さんがカウンターで待ち構えていて、その奥ではそんなわたし達を女の店員さんが睨みつけている。

 「ねぇ、どうして、あの女の店員さん、わたし達を睨んでいるの?」

 それを聞くと、「ああ、」と彼女は言ってこう続けた。

 「どうもあの人、わたしが嫌いみたいなのよね。時々会うのだけど、よく睨んでくるのよ。男の店員さんは愛想良くしてくれるのに。もしかしたらこのスィーツが好きなのかもしれない。だから、買うなーって内心では文句を言っているのかも」

 わたしはその彼女の言葉にツッコミを入れた。

 「いやいや、店員さんだったら、取り置きしておけば良いだけじゃない」

 とにかく、そうしてわたしはその時、期間限定スィーツを手に入れられた訳だけど、それから何度かそのコンビニに一人で寄ってみても、やっぱり期間限定スィーツは置いてはいなかったのだった。

 それで、“日向ちゃんには、そういう運があるんだ”とかわたしは思う事にしたのだけど、それからしばらくが過ぎて講義の時間が変わり、そのコンビニに行く時間帯も変わったら、彼女も期間限定スィーツを買えなくなってしまったらしいので、恐らくは、偶然に期間限定スィーツがよく置いてある曜日と時間帯に彼女が登校していただけだという結論になった。

 もっとも、それから彼女が登校していた曜日を選んでそのコンビニに行ってみても、やわたしは一度もその期間限定スィーツを買えなかったから、腑に落ちない気持ちを抱えてはいたのだけど……

 

 「……ねぇ、鈴谷さん。この話どう思う? それくらいの偶然なら、あるかもしれないけどさ」

 

 そうわたしは鈴谷さんに言ってみた。鈴谷さんは民俗文化研究会という大学のサークルに所属していて、わたしが新聞サークルに所属している関係で彼女とは少なからず縁がある。主には彼女のほとんどファンなんじゃないかと思えるくらいの佐野君って男生徒が彼女にアタックし続けているお陰なのだけど、まぁ、そんな話は誰も興味ないだろうから多くは語らない。

 「うーん、そうねぇ、小牧さん」

 彼女はお目当ての期間限定スィーツが買えなかった代わりにわたしが買って来た生チョコをつまみながら言った。

 「……そのコンビニって、もしかしたら、辿り着くまでの道が真っすぐだったりしない?」

 彼女は民俗文化研究会所属だけあってそれ関係に詳しいのだけど、それ以外にも妙に勘の鋭いところがある。だからわたしはその“穴場のコンビニエンスストア”の件を彼女に話してみたのだ。

 「うん? そうだったかもしれないけど、それがどうかしたの?」

 そのわたしの返答に軽く頷くと、鈴谷さんはこんな変な事を言った。

 「うん。じゃあ、今度はわたしと一緒にそのコンビニに行ってみましょうか。日向さんがいつも行っていた時間帯に。まぁ、賭けみたいものだから、私の予想が外れている可能性も多いにあるのだけれど」

 「別に良いけど…」とわたしは返す。一体、何があるというのだろう?

 

 鈴谷さんの提案通り、朝、わたしは彼女と一緒に例のコンビニに入った。期間限定スィーツが置いてある事を少しは期待したのだけど、やっぱり置いてはいなかった。

 少々、落胆したわたしは「それでここに何かあるの、鈴谷さん?」と彼女に問いかけてみたのだ。すると彼女は何故かカウンターの向こうばかりを気にしている。

 「どうしたの?」とわたしが尋ねると、そのタイミングで男の若い店員さんが顔を出した。すると鈴谷さんは、一歩前に進んでその店員さんにこう話しかけたのだった。

 「あの、すいません。こっちの女の子に見覚えがありませんか? よくここにスィーツを買いに来る女の子の友達です。

 もしかしたら、今日も、あなたはその女の子の為に期間限定スィーツを何処かに勝手に取り置きしてあるのじゃありませんか?」

 それを聞いて、その店員さんは目を泳がせる。

 「え…… あの、何の話だか…」

 その反応を見て、鈴谷さんは「あるんですね?」と力強く言った。押しが強かったからか、それとも店に出さなかった事への罪悪感からか、男の店員さんは素直に「は、はい。あります」と力なくそう応えた。そしてそれから本当に期間限定スィーツを店の奥から二個ほど持って出て来たのだった。わたしはそれに目を丸くした。

 軽くため息を漏らすと、鈴谷さんは言った。

 「この時間帯によく来ていた彼女は、今は別の時間に登校しています。朝に登校するのは確か水曜日だったはず。だから、もうそのスィーツを取り置きしておいても意味なんてないですよ」

 男の店員さんは相変わらず目を泳がせながら、こう言った。

 「あの…… どうして、分かったんですか?」

 「半分は鎌をかけてみただけですが、あなたの態度で確信を持ちました。

 この店には彼女が来る時にだけ、彼女が大好きなスィーツが売っている。一見、とても不可解ですが、もし店員さんが勝手に取り置きしておいてくれているというのなら、不思議でも何でもありません。この店の前の道は真っすぐで、彼女が来るのがよく見えますから、彼女が来たのを確認してから用意すれば、偶然を装うのも容易でしょう。

 彼女の好きなスィーツがよくこの店にあると知れば、彼女はよくこの店に来てくれるようになりますし、それに彼女の笑顔だって見られますからね。彼女に恋する健康な男性ならそれくらいしても不思議ではないと思ったのですよ」

 それを聞くと、その男の店員さんは顔を真っ赤にして下を向いた。

 「ただ、そんな消極的なアプローチじゃ、彼女は絶対に気付いてくれないと思いますよ。何しろあなたよりも、よく睨みつけて来るっていうこの店の女の店員さんの方が印象に残っていたみたいですから」

 「え?」

 と、それを聞いてその男の店員さんは驚いた顔を見せる。

 「もしかして、気づいていなかったのですか? 多分、あなたに頼んで取り置きしてもらって、ズルをして期間限定スィーツを彼女が買っているとその女の店員さんは勘違いをしているのだと思います。もし、誤解があったのなら、ちゃんと解いておいてあげてください」

 やや強めの鈴谷さんは口調に「はぁ」とその男の店員さんは返した。

 それからその期間限定スィーツを買うと、鈴谷さんはコンビニを出る。「わたし、このスィーツを食べるの初めてなのよ」なんて言いながら。彼女も若い女の子らしくスィーツが大好きなのだ。

 二個買ったうちの一つを彼女が手渡して来たので、それを受け取りながらわたしは彼女にこう言った。

 「いや、しかし、まさか“穴場のコンビニエンスストア”にこんな秘密があったなんて。流石、鈴谷さん。よく分かったわね」

 「半分は賭けだったけどね。運が良ければ、これを食べられるじゃない。だから来てみたの」

 なんて彼女は返してくる。それからわたしはこう尋ねた。

 「それにしても、男の人を焚きつけるなんて珍しいわね。鈴谷さんは、色恋沙汰はどちらかというと避けるじゃない。やっぱり、彼がヘタレだったから、他人事に思えなかったのかしら?」

 すると、彼女はやや表情をきつくしてこう返して来た。

 「佐野君はヘタレだけど、もっと積極的にアプローチして来るわよ」

 「あら? わたしは佐野君なんて一言も言わなかったけど?」

 そのわたしの少し意地悪な言葉に、彼女はムッとした表情を浮かべて軽くわたしを睨んで来た。

 ……こーいう可愛い反応を見ると、彼女も女の子なんだなって、わたしは思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ