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夕刊タブロイド  作者: nana
第一部:黒電話(完結)
8/21

8. 友達


土曜の半日しかない授業が終わり、昼食も取り終えた俺は、部室で今までの取材をまとめた原稿を打っていた。あと3日での解決は望み薄だとは思っていたが、何かの間違いで解決して黒電話の話が使えるとなった場合、手元に何もないでは、話にならないからだ。


「解決って言っても、何を以て解決って言ったらいいんだか」


昨日の大字のお見舞い帰り、多治米に話した3つ目の解決手段の問題はそこだった。


わかり易く大字と瀬戸に悪霊でもついていれば、それをお祓いで退治すればいいのだろうが、呪いを解く作法も一緒なのだろうか。呼ぶのは神道、仏教、キリスト教、どれがいいのかもよくわからない。


よしんばそれで解決できたとしても、それは対処療法であって、黒電話を新たに使う人間が現れたら、また誰かは呪われてしまう。俺が知らないだけで、この数日中に犠牲者は増えている可能性だってあった。


そうなると、手っ取り早そうなのはニオイを元から立つという事で、黒電話自体の破壊だった。大きな懸念としては、そもそも本当にそれが存在するのかという事と、俺が見つけられるかだ。


これを記事にするには、二人の呪いを解くだけではなく、黒電話の噂自体に引導を渡してやらなければならない。恐らく俺がやらなければならない事は、想像以上に面倒くさい。


「駄目だな…」


下手の考え休むに似たり、というが、正直同じ事をグルグル考えているだけで、具体的な方策が思いつかなかった。


こういう時は一人で考えても埒が明かないので、俺は携帯を取り出し『黒電話の件で話したいので、時間があれば会えないだろうか』と沼隈にメッセージを送った。


昨日大字のお見舞いに行った後沼隈は一人直ぐに帰ったので、彼女とは特に話をしていない。何か俺とは違うものに気づいた可能性もあるので、そこにかけてみるのもいい。


机に置いていた携帯が震えたので確認すると、沼隈からの返信が直ぐに帰ってきていた。


「今部室にいるから何時でもどうぞ、か。あいつもまだ学校にいたんだな」


部室のパソコンを閉じると、俺はオカ研に向けて歩いていく。


どうせ部員は沼隈以外に誰もいないだろうと思い、ノックだけして返答を待たずに部室に入ると、案の定沼隈が一人で本を読んでいた。


ちらりとタイトルを見ると、この間お見舞いで買う事を推奨していた作家の本のようだった。本当に好きらしい。


「いつもお前がここを占領してるけど、他の部員はどこで活動してるんだ?」


空いた椅子に勝手に座りながら沼隈に話しかける。


「ファミレスとか、誰かの家で集合しているみたいよ。他の部員が携帯で集合時間をやり取りしているのを見た事あるわ」


「へぇ、どんな感じの話してるんだ?やっぱりUFO?」


「部員が携帯で集合時間をやり取りしているのを見たことがあるわ」


「あ…そっすか…」


機械のように同じ言葉を繰り返す沼隈から言わんとしている事を察した俺は、自業自得とは言え、完全にはぶられている彼女に同情を禁じ得なかった。


「それで?私の読書を邪魔するのが目的ではないのでしょう?」


「ああ。端的にいうと、呪いを解く為に黒電話をぶち壊したいから見つけるのに力を貸してほしい」


「極端にも程があるわね…」


沼隈は細く長いため息をつきながら、読みかけの本に栞を挟む。


「もし壊して、呪いが変にこじれてしまったら貴方はどうするつもりなの?それこそ取り返しがつかなくなるじゃない」


考えてもなかった可能性に気づかされはっとなる。


「いや…まあ、そうなんだけど。他に手段が思いつかないんだよ。少しでも解ける可能性があるなら試すべきじゃないのか。それとも、呪いに苦しんでる二人をあのまま見放せっていうのかよ」


「そうよ」


沼隈は間髪いれず、きっぱりと言い放つ。


その言葉を聞いて、俺は彼女にずっと抱いていた違和感をようやく理解した。


元々沼隈が俺と一緒に行動しているのは、文化祭用の展示の為の噂話の蒐集だ。問題の解決を彼女が希望している訳でも、急いでいるわけでもない。俺たちは、初めからスタンスが違ったのだ。


それを…それを何で、俺は忘れていたのだろう。忘れていたのは俺の方なのに、何で俺はこんなにも落胆しているのだろう。


胸に溜まってきたモヤモヤとした気持ちを息を吸って宥め、沼隈に言葉を返す。


「…お前は、誤解を受けやすいだけで悪い奴じゃないと思ってたけど、俺の勘違いだったみたいだ」


吐いた台詞は、ただの八つ当たりだった。自分が小物過ぎて死にたくなる。お陰で雰囲気は最悪だった。


「千年君の中の私の印象はこの際おいておくけれど、貴方は生まれてこの方、困っている人全員を助けてきたのかしら。恵まれない人や、貧しい人や、病気の人に対して、あなたはその都度聖人のように手を差し伸べてきたのかしら。今まで見捨ててきたその人たちと彼女達との間に、一体何の差があるというの」


沼隈の言葉の一つ一つが、鋭利な刃物のようにザクザクと心に突き刺さる。分かっている。わかっているからやめてくれ、と叫びたくなる。


「うるせえ。手伝う気がないなら話は終わりだ」


口調が荒くなっているのを自覚する。


このままいると我慢できずにこいつをぶん殴ってしまいそうだった。これ以上の自己嫌悪を重ねるのは御免だ。


「いいえ、聞きなさい千年君。…いい加減、いい人ぶるのはやめなさい。あなたは二人を助けたいんじゃなくて、ただ単に、記事にできなくなるのが嫌なだけでしょう」


その本心を抉る言葉を聞いて、俺は頭に血が上り、無意識のうちに力任せに机を叩いていた。


「…助けられて記事にできたら、それで皆幸せだろうが」


自分が如何に最低な事を言ったのかを理解して、怒りと自己嫌悪で軽い眩暈に襲われた。自分が気持ち悪かった。


俺が沼隈を非難するのは、お門違いだ。


「身を危険に晒してまでする価値があるのか、と私は言っているのよ」


沼隈は変わらず、俺を見つめて淡々とした口調で俺を責める。


ない。そんな価値はない。俺を動かしていたのは、所詮子供遊びの部活動と、コンビニに並んでいるグラビアばかり目立つ週刊誌のような、下世話な好奇心だけだ。


ただ、彼女の言葉が正しすぎて、まっすぐで、痛くて、俺はもうこれ以上受け止めて血が流れるのは嫌になった。


「お前に何でそこまで心配されなくちゃいけないんだよ。鬱陶しい」


捨て台詞も小物っぽさ満点だった。これ以上傷つきたくなくて、彼女の顔を見ないようにして椅子から立ち上がろうとした。その瞬間。


「…友達の身を案じるのは、そんなにいけない事かしら」


沼隈が、寂しそうにそんな事を言った。


「……。は?」


俺はその予想外の言葉に唖然として、口をぽかんと開けてしまう。


「えっ……?」


俺の表情を見た沼隈は、あっちはあっちで何故か驚いた後、あれ、私やっちゃったかしら、みたいな顔をしている。


「…何、お前…ずっと俺の心配してくれてたの?」


そう言えば、彼女の友人発言はこれが初めてではない。一昨日大字の見舞いの件を誘いに来た時も、彼女は確かにそういった。あれが皮肉ではなく、もしかして本心だったのだとしたら。


さっきまでとは攻守が交代したかのように、見れば沼隈はその大きな目をわかり易く泳がせている。


「う、自惚れないで。そんなわけないじゃない」


やや時間がたってメンタルが回復したのか、彼女はきりっ、といつもの冷たい表情に戻って言う。


「あなたのお祖母ちゃんが悲しむのが見たくないだけよ」


「えっ、お前お祖母ちゃん子だったの?」


そのアピール今本当に必要だった?


「加齢臭って最高よね。地下鉄も女性専用車両じゃなくて老人専用車両を作るべきよ。毎日乗車して胸いっぱい空気を吸い込んでやるわ。何ならビニール袋に詰めて家で堪能するわ」


「良かったな。これからの高齢化社会は、お前にとっては薔薇色の未来じゃないか」


沼隈は完全に暴走していた。


「やばいわね。今から水泳でもして沢山吸えるように肺活量でも鍛えようかしら」


「ああ、頑張ってくれ。理解者は少ないだろうけど、俺は応援するよ…」


茶番だった。酷い照れ隠しもあったものだ、と心の中で苦笑する。


突っ込みが終わると、部室には先ほどまでの一触即発の雰囲気と違い、何故かふわふわとした雰囲気が漂っていた。発信源は間違いなく沼隈だった。


彼女は何かを期待するように、こちらをチラチラと見ている。


え…何これ。俺も友達だと思ってるよ、とか口に出して肯定しなきゃいけないやつ?


別に沼隈の事が嫌いなわけではない。


むしろ、嫌いどころか、さっき口論する直前までは、恥ずかしいことに、意外といい奴だと思ってたのに…みたいな捨て台詞を俺が吐いてしまうくらいに思ってはいる。


それは多分、あっちも同じだと思っていたからこそ、俺が気づかないうちに友達認定してくれていたのではないだろうか。


馬鹿みたいに不器用な奴だった。俺も、お前も。


「…例えば、友達思いの沼隈は、自分の説得も空しく、友達が危ないことをしようとしていたらどうするんだ?」


「きっと呆れて物も言えなくなるけど、一人にはさせられないから、結局文句を言いながらも手伝うんでしょうね」


「そいつは、人間が出来てるな」


俺は苦笑した。そして心を決めて立ち上がり、沼隈に頭を下げる。


「お願いします。手伝ってください」


「いいでしょう。しゃあなしよ」


渋々、とでも言いたげに、沼隈が不満そうな顔を作る。


俺はこの新しくできた不器用な友達に、素直に感謝の気持ちが芽生えていた。


「マックくらい奢るよ。終わったら食べに行こう」


「マジ?友達マックなんてリア充の塊じゃない。全国のぼっちが憤死するわよ」


流石に大袈裟だろうそれは。


「と、早速で悪いんだけど、作戦会議しようぜ。何ならこの後すぐにでも動きたいんだ」


実質、もう動ける日は今日の午後と月曜の放課後しかない。


「貴方はやたら壊す事に固執しているけれど、要は無力化すればいいわけでしょう?」


「ああ、呪いさえ解けて犠牲者が出なくなるんだったら、後はどうだっていい」


「なら、方法は私に任せて。あと、事が終わったら、黒電話自体は私が預かって手元に置きたいのだけれど、いいかしら」


「そりゃ、いいけど。何であんなもの欲しがるんだ」


特に断る理由はないが、あんな呪われるようなものなるべく近くに置いておきたくないのではないか。


「愚問ね。ここはオカルト研究部よ。グッズは欲しいに決まってるじゃない」


「ああ…なるほど」


そういえばそうであった。残しておけば、文化祭の展示にでも使えるかもしれない。


「交渉成立ね。黒電話を探す方法は考えているの?」


言われて、俺は今までの取材内容をまとめたノートをカバンから取り出して掲げる。


「情報を纏めるに、夕方人気のない部屋に行けば黒電話があるみたいだから、俺とお前の二人で学校中の教室を今から総当たりで見ていく」


更に人数を増やせばそれだけ見つけられる可能性は高くなるが、今これから呼び掛けて人が集まると思えない。何せ友達の少ない俺とぼっちの沼隈二人である。呼びかけた所で、結果はお察しだった。


「呆れたわ…それは方法って言わないのよ」


沼隈が半眼になり俺を見る。


「私に考えがあるわ。千年君は、瀬戸さんを今日の六時に図書室に呼んでくれないかしら?」


「いいけど、ここじゃダメなのか?」


「駄目よ。友達との待ち合わせが部室とかテンションあがらないわ」


「あ、そう…」


友達ハイになって浮かれ気分の沼隈に水を差すのも悪かったので、余計な事は言わないようにする。


「ところで、随分自信があるみたいだが、本当に黒電話を見つけられるのか?」


どんな秘策がこいつにあるというのだろう。


「大丈夫よ。黒電話さんだって一人で退屈してるでしょうから、遊びにいけばお茶菓子付きで出迎えてくれるわ」


ほんとかよ。


浮かれてるこいつに何をするのか聞いてもしょうがないと思い、六時にあった時に改めて手段を聞く事に決めた。


それから、沼隈は用事があるのか、俺を部室から追い出してどこかへと消えていった。


急に廊下に一人取り残された俺は、どこか釈然としない気持ちを抱えながらも、携帯をカバンから取り出し、瀬戸に直接電話をかけた。


何としてでも捕まえなくては。

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