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夕刊タブロイド  作者: nana
第一部:黒電話(完結)
7/21

7. 瀬戸と大字

 金曜の昼になった。


大字の見舞いの件は、多治米がそつなく手を回してくれ、放課後にはいける事になっている。


俺は購買まで昼食のパンを買いに行く道すがら、大字との会話をどう進めていくか考えていた。


当然だが、昨日まで名前も知らなかった俺と大字は初対面である。ただでさえ重傷を負って凹んでいる彼女の所に、そのきっかけとなった黒電話の話を俺が聞きに行った所で、普通に考えれば歓迎されるよりは疎まれる可能性の方が高かった。なんなら、その場で出ていけと激怒される可能性だってある。


俺やぼっちの沼隈が大字を怒らせるだけなら何の問題もないが、良心に付け入るようにして半ば強引に仲立ちをして貰った多治米をそれに巻き込むのは、彼女の今後の為にもよくない気がした。


あれから少し調べたが、見舞いに行く大字というのは、何せ2年女子でいう所の所謂ボス猿のような存在だ。こんな事で因縁を付けられて、多治米の高校生活を棒に振らせるわけにはいかなかった。


「天気、調子はどうか、趣味の話から入った方が…」


口に出してあれこれ考えてはみるが、今ひとつ大字の心にヒットさせられるような話題が思いつかない。策を練るには、俺は余りにも大字の事を知らな過ぎた。


やっぱり悪いけどまた多治米に頑張ってもらうか、と思いながらパンを買う列に並ぶと、前に見覚えのある女子が並んでいた。瀬戸だった。


「瀬戸もパンなんだな」


彼女に話しかける。


こちらを振り向いた瀬戸の顔を見て、俺は絶句した。


碌に寝てなさそうな目の下の大きな隈、不安そうな口元、たれ気味だった目が更に下がって、立ったまま半分寝ているんじゃないかと思うくらい、酷い顔だった。


俺はそれだけで、瀬戸がどれだけ追いつめられているかを悟った。大字が入院した事件を、友人である彼女が知らないはずがない。そしてそれが何に起因するのかも。


本当は話しかけた瞬間まで、俺は大字と少しでもお近づきになれる話題を瀬戸に聞こうかと思っていたのだが、そんな余裕は彼女にはあるまい。


「ご、ごめん」


俺は後ろめたさを感じてしまい、つい反射的に謝っていた。


「何だ、君か…」


瀬戸は俺を見ると、安堵とも諦めともつかない表情に少し弛緩した。


「大字の件、君も知ってるんでしょ」


「あ、ああ。今日見舞いに行く」


「そっか。よろしく言っといてね」


よろしく?


瀬戸はそれだけ言うと、自分の番が直ぐ手前まで来ていたので、パンの方に向き直った。


パンを購入した瀬戸はそのまま友人と直ぐにどこかに歩いていき、よろしくの意味を聞き損ねた俺は、疑問を抱えたままもやっとした昼食を摂ることになった。



 そうこうしているうちに、時間は放課後になる。


俺、多治米、沼隈という不思議なパーティーの移動は、沼隈が俺たちから一歩下がり、影のように無言で後ろをついてくるという形になった。


多治米は沼隈に配慮しているのか、普段話さないような一般的なテレビの話や雑誌の話を俺にしてきて、何時でも沼隈が入ってきやすいように、涙ぐましく話題をザッピングしていたが、結局沼隈が会話の輪に入ってくることはなかった。


沼隈を誘ったのは俺だったので、多治米は後で俺を怒るだろうな、と思い憂鬱な気持ちになった。


そんな気まずい散歩をしばらくして、病院近くの青果店についた。中を見た所、学生の懐にはかなり厳しい値段のフルーツの詰め合わせしかなかったので、方針を変え、近くの中古書店で適当に本を数冊見繕って持っていくことになった。


実質取材で大字の所に行くので、予算は2000円で俺が出し、3人で手分けして選ぶ事にする。俺には女子の好みなんてわからないので、何を買おうか書店で棚を見ながら悩んでいると、沼隈がやたらと特定の作家ばかり俺に渡してくる。


面白いのかと聞くと、出て来る登場人物の女性たちが如何に性格が悪くてドロドロしていて素晴らしいかを教えてくれたので、そっと棚に戻し、今流行の異世界転生物のラノベを補充した。入院している奴に更に暗い気持ちにならせてどうする。


多治米は普通に女の子が好きそうな、映画化されたタイトルのノベライズ版を数冊持ってきており、女子力の差を見せつけてきた。


会計を済ませ中古書店から歩いていくと、ものの数分で病院についた。


かなり大規模な総合病院で、見かけは病院というよりは、人の出入りの多さもあって、役所に近い感じを受ける。


部屋番号を控えているか多治米に聞き、そのまま受付に歩いていこうとすると、沼隈がこっちよ、と言って、慣れた感じでスイスイと歩いていったので、俺と多治米はそれを追いかける形となった。


物珍しさにキョロキョロしているうちに、沼隈がある部屋の前に止まった。目的の場所についたらしい。


入院室の番号の下にネームプレートがあり、そこに大字と書かれているのが見えた。4人部屋のようだった。


アライグマのように手をアルコール消毒して部屋に入ると、直ぐ右手前の方に若い女性がいるのが見えた。


「こんちわ大字さん。お見舞いに来たよ」


多治米がその子に挨拶した。俺はその見かけを見て直ぐにうっとなった。


校則違反なのに髪に緩くかかっているウェーブと茶髪、ダルそうな携帯の持ち方。入院中で化粧っけはなかったが、普段はかなり濃い目のメイクをしている事を逆に感じさせる、ほぼ消えかかった薄い眉。


いわゆるギャルという感じだった。


大字と呼ばれた少女は携帯に向けていた顔を上げ、多治米を見るとパっと笑顔になったが、その横にいる俺と沼隈に気づくや否や、直ぐに不機嫌そうな顔になった。


「お見舞い本にしたんだ。あ、千年ありがと。重たかったでしょ」


多治米はそれに気づかないように明るい声をだし、お土産を俺から受け取って大字に渡した。


「じゃあ、俺達下にいるから」


手筈通りに分かれ、入院室の外に出る。


結局考えても埒が明かなかったので、大字の相手は多治米だけに任せる事にした。


渋る多治米を説得するのには骨が折れたが、昼に購買で見た瀬戸の憔悴ぶりを伝えると、不承不承ながらも引き受けてくれたのだった。


自分がどんどん悪い人間になっていくように感じる。


とはいえ、多治米にだけ全てを任せるのは悪いので、話自体は聞こえるように、多治米の携帯をスピーカーモードにして俺の携帯につないでいるので、病室にいなくても聞こえるようにしてある。多治米携帯の音声ボリュームは最小に絞ってあるので、こちらの音があちらに届く心配もない。


ハウリングするのかわからなかったが、病室から少し離れて携帯の音量を大きくすると、予想通り大字は『さっきのアレ誰?』と多治米に聞いており、多治米が俺たちの説明をしていた。面識のない人間がお見舞いについてきたら、誰だって気になる。


俺たちは患者の迷惑にならないよう、病院の中庭で日陰になっているベンチに腰かける事にし、携帯から流れて来る二人の会話に耳を澄ませた。


二人の会話は、昨日のドラマがどうだの、新しくできたショップが可愛いから次行こうだの、完全に雑談を繰り広げていた。


10分ほど聞いていたが、内容は変わらず、全く本題に入らないので、俺は流石に眠気を覚え、気づくと船をこいでいた。時折目覚めては隣の沼隈はどうかと思い横を見ると、意外にも首を傾け、興味津々と言った感じで二人の話に聞きいっている。


こいつも女の子だな、と思った俺は、無言で持っていた携帯を沼隈に渡すと、彼女は戸惑いながらもそれを受け、手のひらで挟むようにして持った。ホッカイロみたいな持ち方だ、と思った。


彼女は冷え性なのか、渡す時に一瞬触れた指先は氷のように冷たく、俺から眠気を遠ざけるには十分なものだった。体温が低いのは指先だけではないのか、暑さにじっとりと下着を濡らしている俺に比べ、沼隈は額に汗一つかいていない。


「どうかした?」


俺の視線に気づいた沼隈が訊く。


「随分と熱心に聞いてるなと思ってさ」


こんな退屈な話を、よくも長時間集中して聞いていられるものだ。


「あなたは聞いていて退屈かしら?」


「余り面白くはないな。教室でもしてるのと大差ないし」


「そう」


沼隈はそう言った切り、また手元の携帯に視線を落として話が途切れてしまう。


暇だったので、先ほど感じた違和感を沼隈に聞く事にした。


「あのさ、沼隈はこの病院に前来たことあるのか?」


「何でそう思うのかしら」


「明らかに歩きなれていたじゃないか。案内表示を見ずに入院室まで行ってたし」


初めてきたがそこそこ大きい病院なので、あそこに行くまでに2つも棟を跨いだのだ。一人できたら迷っていたかもしれない。


沼隈はこちらを向かず携帯を見ながら、


「そう見えたのなら、そうかもしれないわね」


と、何ともとれない返事をした。


携帯の音に集中したいのか、話を早く終わらせようとしている感じがしたので、俺はそれ以上聞くのをやめた。それほど追う必要のある話でもない。


やることのなくなった俺は、ぼんやりと中庭を眺める。


遠い建物内の廊下で、松葉杖の老人がナメクジくらいの速度で歩いているのが見える。


平穏極まりない。


空を見上げると、日は少し傾きかけているものの、成層圏を突き抜けて宇宙までいけそうな、高い高い青空が広がっている。


そんな景色を見ながら、携帯越しに聞こえる同級生たちの姦しい笑い声を聞くと、自分が何をしにここにいるのか、つい忘れそうになってしまう。


こんな元気に話す大字が呪われているのだったら、中庭でこうしてうなだれている俺は、もっとやばい物に呪われているに違いない。



 放心状態でそれから待ち続ける事更に10分、多治米がようやく関係のありそうな話に移った。


『退院はいつごろになりそう?』


多治米がそう訊くと、大字はこれまでと打って変わって少し言い淀み、


『退院は大分先かな』


と、聞き取れないくらい小さな声で返答した。


『ふらついて線路から落ちたって聞いたから心配したよ。大字さん体弱かったっけ?』


『そういうわけじゃないけどね』


『皆退院して大字さんが学校来るの待ってるよ。できる事があるなら言ってね。協力するから』


多治米の申し出に、大字は小さくありがとうと答えると、数秒おいて


『退院しても、学校行くのちょっとだるいなぁ』


急にそんなことを言い出したのだった。


俺はうっかりメモ用のノートと筆記用具を出し忘れていたことに気づき、急いでカバンから取り出した。


『何かあったの?』


『何かあったっていうか、こんな足折ってて退院が先だとさ、授業大分進むわけじゃん?ただでさえ成績悪いのについていけなくなっちゃうのがだるいよね。ホームから落ちたのは自分のせいだから、自分が悪いっちゃ悪いんだけど、凹むなぁ』


大字の本音らしい本音がようやく出る。俺が同席していたら、きっと聞けなかったに違いない。


『どうしてホームから落ちたの?寝不足?』


『んー、まあ色々あって』


大字は先ほどから妙に何かをぼかしている感じがした。


『もしかして、瀬戸さんも悩んでたっていう呪いの?』


『なんだ、瀬戸の奴多治米に言っちゃったんだ』


『あ、ごめんね。瀬戸さんは悪くないよ。瀬戸さんが弱ってて、悩みを聞くうちに私が無理やり聞き出しちゃったような感じで…』


多治米が瀬戸を庇うようにフォローをする。


『いいよ。お見舞いに来てくれるくらいだから、多治米が悪い奴じゃないのは知ってるし。でも周りに言いふらさないでくれると助かるな。細々とした嫌がらせって、女子の中じゃよくあるじゃん?一々取り合ってたら相手が調子に乗るから瀬戸以外には誰にも言ってないんだよね。最近のはきつくてさぁ。まさか呪いだとは思わなかったけど。だって歯だよ歯。しかも調べたら人間の!下駄箱に入ってて、うっかり何だろこれ、って触ってみちゃったの。で、まじまじと見て、あ、これ歯だって気づいた瞬間もうぞわわって来ちゃってさ』


大字は思い出して興奮しているのか、臨場感たっぷりに喋りだす。


『それはやばいねぇ。夢出ちゃうね』


『そう!その結果の寝不足がこれなのよね。だから…呪いのせいと言えば呪いのせい、かも』


急に大字が声のトーンを下げる。


『瀬戸は…』


『瀬戸さん?』


『うん。瀬戸は大丈夫?話したなら、様子見てるよね。あの子、私より神経細いからちょっと心配してんだ。電話で見舞いに来るって言いだしてたんだけど、こないように言ったんだよね。…だって、私のこんな姿を見ちゃったら、呪いを気にしてるあいつは自分もこうなるんだって考えちゃったりして、余計に凹むと思ってさ…』


俺はようやく合点がいった。昼の購買で瀬戸が大字によろしく、と言っていたのは、これの事だったのだ。


『大字さんの予想通り、ちょっと呪いの件で疲れちゃってるみたい。でも、土日で学校から少しは離れたら、元気になると思うよ』


『そっか…』


大字にとって瀬戸が大切な友達だというのが、話を聞くだけでも伺えるようだった。


呪いに関しての話はそれで終わりまた雑談が始まったが、しばらくすると夕食の配膳が運ばれてきたので、多治米は退室することになった。


 俺は病院の入り口で多治米を待っていると、彼女が疲れた顔でいやいや~いやいや~と言いながら廊下を歩いてきた。


「あれ?沼隈さんは?トイレ?」


沼隈の不在に気づいた多治米がいう。


「あいつなら先に帰ったよ」


話が終わった途端、あいつはいきなり立ち上がると、帰るわ、と言い残して去っていったのだった。沼隈なりに気を使ったのだろう。


「そっか」


多治米は諸々を察したのか、軽く返事をした程度だった。


駅まで来た道を二人で戻りながら、先ほどの話をする。


「全部携帯で聞けた?」


「ああ、問題なかったよ。むしろ思った以上に聞こえて驚いた」


「うそ。マジ?」


「マジマジ。風呂に入ってる家族と脱衣所から会話してる感じだった」


「ってそれ微妙じゃん!」


多治米が突っ込みながら笑う。さっきまでの大字との会話でテンションが上がっているようだった。


来る前はどうなるかと思ったが、多治米も大字も楽しそうに会話していたし、ほんとにただのお見舞いになっていたから、気が楽だったのだろう。


「それより、行ってみてようやくお見舞い品は何でもいいって言ってたお前の台詞の意味がわかったよ」


「あー、まあね。覚えてたんだ」


多治米がバツの悪そうな顔をする。


病室に行った時の間取りを思い出す。四畳半ほどのスペースにパイプベッドと車いす、来客用の折りたたみいすに小型冷蔵庫、食器類を収めた木製棚とそれに据え付けられたコイン型テレビ。


昨日入院したばかりだからか、当たり前だが物は少なく、病院備え付けの物ばかりだった。そう、俺たち以外の見舞い品も何一つない。


あれだけ長時間話していたにも拘わらず、俺たち以外の新たな見舞客もこなかった。それがどういう事を意味するのか、多治米が何であんなことをいったのか、察しのよくない俺でも大体意味はわかる。


「やだなあ。なんだか私の性格が悪いみたいじゃない」


薄い唇を尖らせて多治米がおどける。


「女子って、そんな感じなのか」


少し意地が悪い聞き方になってしまった。


「人によると思うけどね。言っとくけど、別に皆来ないわけじゃないと思うよ。色々予定もあるだろうし、土日には来るんじゃない?」


「土日って…」


普通、友達ならもっと早くに来るんじゃないのか。瀬戸はあんな状態だからしょうがないにしても、それこそ今日くらいには。


「友達多いんじゃなかったのか」


「だから、皆で来ると思うよ」


まだこの話を続けるのかとばかりに、多治米の声に少し苛立ちが混じっているのを感じ、俺は続きの言葉を飲み込む。これ以上の答え合わせに彼女は付き合うつもりはないだろう。


剣呑な雰囲気にしてしまった責任を感じたので、話題を変えることにした。こちらはこちらで、自分にとっては一大事なのだが。


「ところで聞いてくれ多治米。さっきまずいことに気づいた」


「え?何?お見舞いの中に間違えてコミックLOとか入れてた?」


「大惨事じゃねえか!!」


黒電話どころじゃない即効性のある呪いだった。コミックLOというのは、伝説的な大人向け幼児雑誌である。文字だけ見ると酷い矛盾を感じるが、そういう雑誌である。


これを持っている事がもし知れたら、非常にまずいことになる。具体的には明日から学校でロリコン野郎の後ろ指をさされる。そして俺は死ぬ。社会的に。


「というか知ってんのなそういうの」


「あれ表紙が凄い可愛いじゃない?ネットで絵だけ見て調べたらそういう雑誌でさ。何も知らない女の子がレジに持ってったらどうするんだろうね。店員さん止めるのかな」


「止めるだろうなぁ。大人向けの絵本だから」


昨今は成人向け雑誌はテープで閉じられて中身が見えないようになっているから、うっかり迷い混んだいたいけな少年少女が表紙だけ見て選んでしまう可能性も微粒子レベルで存在する。


「違う、違うから。話を戻すぞ。俺が言いたかったのはな、もっと深刻な事だよ」


「大字さんに糞つまんない異世界転生本を買ったの後悔してるの?」


「それについては一切の後悔もしてないし未来永劫するつもりもねえよ!あとつまんなくないから!お前にも貸そうか俺のコレクション!?」


面白いだろ異世界転生物。あのジャンクフードみたいな安易な展開が読者に安らぎを与えてくれるのだ。誰も傷つかない優しい世界。心のオアシス異世界転生。たまに文学的に劣るとかしゃらくさい事を抜かす奴がいるが、そんな奴らは教科書でも読んでろと言ってやりたい。


「千年のその異世界好き、割とマジできもいよね」


多治米から冷たい批評を貰った。いかんまた脱線していた。


度たび話題を多治米にかっさわれそうになったので、気を張って話を戻す。


「今回の事で、黒電話の噂が呪いの類でよくないものかもしれないってことが判明しただろ」


「ん、まあそうだね。ホラー要素も出てきたし、記事にしたら受けるかもね!やったじゃん!」


「いや、記事にできないんだ」


「ええっ、なんで!?こんなに頑張ったのに!」


多治米が大仰な身振りで驚きを表現する。


「例えば、俺がこれを詳しく記事にして、多治米が読むとする。好奇心旺盛な多治米さんはどうするでしょう?」


「私のお陰だから千年にマック奢らせるよ」


さっき、自分の性格が悪いと思われて癪だ、と言っていた奴と同一人物だとは思えない台詞だった。


「例えが悪かった。世の中には肝試しと言って夜中廃墟に忍び込んでSNSにアップしたせいで警察に補導されてしまうようなオツムの残念な子たちがいます。高校生というのはオツムの残念な子たちです。そんな彼らが黒電話の記事をみて存在をしってしまったらどうするでしょう。なお、うちの学校にはクレバーな生徒は存在しないものとする」


数学の設問みたいになったが、ようやく俺の言いたい事を察してくれたのか、多治米が低く唸る。


「やばいね。犠牲者が増えちゃう」


そういう事だった。


「どうするの?」


「どうするも何も、それを今悩んでるからこうしてお前に話してるんじゃないか」


折角時間を使って取材をしてきたのに、このままだと全てがパーになってしまう。時間もないので他のネタに今から行くのも難しい。


「今のところ、方法は3つある」


「ほうほう。何かね何かね」


多治米がふざけた合いの手をいれる。


「一つは、黒電話の記事を諦める。これは新しいアイデアがない現状で時間的にもやりたくないが、期限には間違いなく間に合わず、部長から滅茶苦茶怒られるが、黒電話で新たな犠牲者は出ない。代わりに俺が犠牲になる」


「自己犠牲、美しい響きね」


多治米が遠い目でうんうんとうなずく。


「二つ目も聞いとこうか?」


「二つ目は、黒電話の話を、誰も使わないように、壊れたとかどこか他の学校に行ってしまった、みたいな嘘を書いて話を捻じ曲げてしまう。これなら被害者を新たに出さずに済むし、期限には間に合うが、ブン屋としての理念に反するし、何より嘘がばれるとやっぱり部長に俺が怒られる」


「むしろ部長に怒られないパターンってないの…?」


流石に不憫になってきたのか、多治米が可哀そうな物を見る目で俺を見てくる。


「それが三つ目だ。これは新たな被害者も出ないし、嘘も書かないから部長にも怒られない。取材資料もこのまま使えて、期限も守れるという素晴らしい方法なんだけど」


「あるならそれにすればいいじゃない。具体的にはどういう手段なわけ?」


「あと4日のうちに呪いを解決する」


俺はグッと親指を立てて笑顔を見せると、多治米は冷酷にもこういった。


「部長への言い訳くらいなら、一緒に考えてあげてもいいよ」

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