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夕刊タブロイド  作者: nana
第一部:黒電話(完結)
6/21

6. そして動き出す

 クラスメイトの女子達の様子がおかしいことに気づいたのは、二限目の休憩時間の時だった。


2、3人の女子が集まっては、小声で内緒話をし、聞いた側が大仰に驚く様子を見せる。それが朝から何回か繰り返されて、昼頃にはほぼ全員に情報が共有されたようだった。


「何だろうな、あれ」


弁当を口いっぱいに頬張りながら明王院が言う。


彼の視線の先には、机を囲んで弁当を食べながら、顔を寄せ付けあって何かを小声で話している女子3人がいた。朝から繰り返されている一幕である。


「さあね。誰かが告白したとかじゃないの?」


そんな感じに浮足立って見えた。ただ、それにしては驚く時黄色い声が聞こえないのが、気になると言えば気になる。


「それであんな大騒ぎするか?そもそも、隠すような事でもない気がするが」


くだらねぇ、と明王院が二つ目の白米のタッパーに手を付ける。


彼は体が大きいのもあるが、運動部故の大食漢で、重箱替わりに20cm四方のタッパーを3つ程持参して、それを昼食としていた。一個目はおかずで、二、三個目は白米が窒息しそうなぐらいにこれでもかとギッシリ詰まっている。


その量を知る弁当を忘れたクラスの男子が、たまに明王院のおこぼれを貰いに来るが、彼はこれでも足りないと主張して、全く分けようとすることがないから驚きである。


俺はとっくに自分の昼食であるパン2つを食べ終わっており、オキアミを平らげるクジラのように明王院が白米を食べていく姿を、ジュースを飲みながら眺めていた。


「よくそんなに白米食えるよな。ちゃんと味わってんの?」


正直、明王院家のエンゲル係数が、こいつのせいでどれほど悲惨な値を示しているかが何時も気になっている。


「問題ない。白米は喉越しだ」


「前から思ってたけど、きっとお前お百姓さんに何時か殺されるぞ。コンバインで」


お茶碗にお米を残すよりも、何故だかこいつに食わす事の方がお米を粗雑に扱ってる感じがして不思議でならない。人体というのはここまで効率が悪かったのかと時折思う。


「青田刈りもいいとこだぜ。俺は選手としてまだまだ伸びるんだから、刈り入れ時はもう少し先だな」


「その言い方だとお前自身が稲みたいに聞こえるからな」


喋るとその分食事のペースが遅くなるので、そこで明王院に茶々をいれるのをやめた。こいつはスクールカースト上位の癖に、食べる量がアホみたいに多いせいで、昼食は基本誰とも一緒にならず黙々と食べ続ける。話しかける奴がいるとすれば、それは食堂に行かずにパンで済ませる時の俺くらいだ。


「あー、明王院まだ食べてるんだ」


昼食が終わった多治米が、意地悪そうな笑みを浮かべながら席に戻ってきた。


「今日は邪魔がいるんだよ」


明王院が箸で俺を指す。邪魔をしてる自覚はあったので、特に反論はしない。


「駄目だよ千年。明王院が給食で嫌いな物が食べらなくて、休み時間一杯残されてる小学生みたいになってるじゃん」


既に昼食を取っている人間が誰もいない教室で、その表現は中々的確だった。


「だから、悪いと思ってもう話しかけてないだろ」


「ならよし。いっそのこと全部液体流動食に変えてみたら?それなら早く食べ終わるよ」


「誰がそれ用意するんだよ…」


大量のカロリーメイト缶を一気のみしていく明王院を思い浮かべたが、それはそれで大塚製薬に申し訳ない感じがする。


多治米の顔を見ていると、彼女に聞こうと思っていた事があったのを思い出した。


「そういえばさ多治米」


「何?」


「女子が朝からこそこそ話してるあれって何なの?」


聞いた瞬間、多治米があからさまにバツの悪そうな顔をした。


「なんだよ、男子は聞いちゃダメなのか?」


「ダメってわけじゃないけど。まあ千年なら話の繋がりもあるし、教えてもいいか」


ちょっと、と言われて手招きされたので、俺は多治米の顔に耳を近づける。


「今朝、他の組の女子が駅のホームから転落して骨折する重傷を負ったんだよ。学校では有名な子でね、皆それで騒いでるの」


「それは…ご愁傷様だな。でも、それってそんな隠して話さなきゃいけないような事なのか?」


「そう、これだけなら隠す事なんてないんだけど、実はその怪我した理由が、黒電話の呪いが原因なんじゃないかって皆噂してるんだよ」


「それって…!?」


黒電話の単語を聞いた途端、ガタン、と大きな音を出して思わず席を立つ。それに驚いた多治米が、椅子から転げ落ちそうになっていた。


「…ごめん」


俺は謝って席に座りなおす。周りから何してるんだこいつ、という視線を受けて少し恥ずかしい。


「びっくりしたぁ。驚くなら驚くって言ってよね」


「それじゃただのやらせじゃないか何言ってんだ」


今から驚くよ!驚くよ!うわぁあ!みたいな変なのを俺にやれというのか。


聞いた瞬間からしていた嫌な予感を多治米に尋ねる。


「もしかして、怪我したのって昨日の瀬戸じゃないよな」


多治米が俺なら話のつながりがある、と言って教えてくれた意味を、俺はそう解釈していた。


「まさか。それなら私が知った時点で千年にも教えてるよ。昨日、同じように変な現象が起きて困っているっていってた、瀬戸さんと仲のいい女子が、今話題になってる方だよ」


「嘘だろ…」


瀬戸についで次はその子か。昨日の今日だというのに、呪いっていうのはえらいせっかちらしい。


もしホーム転落の原因が本当に呪いのせいだとするのなら、それはもう噂じゃなく、ホラーかミステリーの類だ。


「多治米、その怪我したって子、話はできる状態なのか」


「えぇ。どうするつもり?お見舞いって訳じゃないでしょ…?」


俺の真意を探るように多治米が訊く。それには、取材とか余り変な事はしない方がいいんじゃないか、というニュアンスがありありと感じ取れる。


「もし本当に呪いなら、次は瀬戸が危ないだろ。対策の為に今朝の件で話を聞いておきたいんだ。お前だって、瀬戸には力になるって言ってただろ?」


瀬戸をダシに使って、我ながら断りづらい嫌な言い方をしているという自覚はあったが、これを逃す機会はない。事態が動き出しているのは間違いないようだし。


「う~ん、それは、そうだけど…」


多治米は数秒困り顔で思案すると、しょうがないなぁ、と諦めたようだった。


「でも怪我をしたばかりの今日はバタバタしてるかもしれないし、ご家族もいて迷惑かもしれないから、明日でどう?」


「ああ、それで構わない。彼女の連絡先を知ってるのか?」


「うん。知ってる。ちなみに名前は大字おおあざさんって言うんだよ」


「そうなのか、流石だな…」


交友関係の広い奴だ、と感心する。俺なんてクラス外の奴の連絡先なんて、新聞部の人間しか知らないのに。


「あは、違う違う。大字おおあざさんが凄いんだよ。女子で知らない子はあんまりいないんじゃないかな」


クラスの女子達が朝から騒いでいたのだから、多治米のいう事は間違いないのだろう。


見舞いらしい見舞いをするのは初めての経験だったので、多治米に一つ聞きたい事があった。


「お見舞い品ってどこで買えばいいんだろう。大き目のスーパーの銘店とかか?」


俺はあのスーパーのレジ近くにある、箱入贈答菓子を売っている一画を思い出していた。


「駅前のショッピングモールにすれば?あそこなら何でも揃うよ。あっ、でも病院とは逆方向になるか」


参ったな、と多治米が言う。位置関係は知らなかったがそっちになるのか。


「ああいうのは、病院の近くに花屋か青果店が必ずあるから、そこで買うといいわ」


求めていた答えは、急に横から差し出された。


「沼隈?」


聞き覚えのあった声の方を振り向くと、そこには沼隈がいた。オカ研の部室以外にいるイメージがなかったが、珍しいこともあるものだ。どんな風の吹き回しだろうか。


「何でここにいるんだ?」


「休み時間に友人を訪ねに来ただけで、えらい言われようね。大字おおあざさんって子が黒電話の呪いで怪我をして入院した話を知らないの?お見舞い品の話はその件だと思っていたのだけれど」


当たり前だが情報は他のクラスにまで出回っているらしい。それにしても、まるでタイミングを計ったように現れる奴だった。


「あ、うん。そうだよ。もしかして沼隈さんもお見舞い行くつもりだったの?」


多治米が沼隈に聞く。過去に用がないならあっちいけと言われたのに、中々勇気のあるやつだった。こういう所が多治米は凄いと思う。


「ええ、そうよ。千年君をそれで誘いに来たのだけれど、貴方も一緒だったのね。よければご一緒させてくれないかしら」


その言い方には少し違和感があった。


沼隈は確かに大字の所に行くつもりだったかもしれないが、ぼっちの彼女が大字の連絡先や入院先を知っているはずがない。こいつはきっと、俺に瀬戸か多治米にそれを聞き出させるつもりでここに来たのだろう。


どちらにせよ、沼隈から来なければ俺から彼女に連絡しただろうから、手順はさして重要ではない。


「いいだろ多治米。昨日の瀬戸の話を聞いたメンバーじゃないか」


「そうだね。でも、あんまり大勢で行って迷惑かけるのは嫌だから、これ以上は駄目だかんね」


「ありがとう、助かるわ」


よし、メンバーはこれで固まった。


「それで、お見舞い品の話に戻るけど、ほんとに病院の近くの店でいいのか?」


俺の目下の懸案事項はそちらだった。見舞い品のグレードで気持ちが左右されるとは思いたくないが、大字からの心証が悪かったら、聞くものも聞けなくなる可能性があったし、できるだけのことはしておきたい。


「どうしたの?何か不満があるのかしらお見舞いマスター?」


沼隈が変な突っ込みを俺に入れる。


「マスター所かビギナーだから悩んでるんだよ。不満というよりは、学校中に話が広まるくらい有名な子だったら、沢山お見舞いに行く人はいるだろうし、手近なとこで済ませると品が被っちゃうんじゃないか?」


自分なりに気を利かせたつもりの疑問だった。しかし、多治米はうーん、と顎に手をおいて唸ると、


「あんまり、考える必要ないと思うよ」


と、意外にも淡白な感じの反応をした。


「えっ、いいのかそれで。そこでこそ女子力が試されるんじゃないのかよ」


俺の中の勝手なイメージだったが、女子高生はお見舞いのフルーツバスケットを無駄にデコったりした上で、それを持った入院している子と一緒に皆で写真をとってSNSに上げたりするんだと思っていた。


「大丈夫。そういうのは気持ちだから」


「そうね。多治米さんの言う通りだわ」


しかし俺の気遣い虚しく、何故か女子二人が結託したので、俺は押し切られる形となった。


なんとなく釈然としなかった。


だって、バナナばかり大量に貰ったら、よほどのゴリラじゃない限り相当困ると思うのだが。

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