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夕刊タブロイド  作者: nana
第一部:黒電話(完結)
5/21

5. 電話の使い道

多治米の話していた子と合う場所には、オカ研の部室を指定した。


お願いした手前遅刻するのもよくないので、約束より少し早めに部室に来た俺は、何もすることがなく、携帯を弄って時間を潰していた。


沼隈は先に一人で本を読んで待っていたが、多治米は話をしてくれる子と一緒に来るのか、ここにはまだ姿がない。


俺は一本動画を見終わったので、携帯を長机に置いて一息入れた。


本を読んでいる沼隈に迷惑をかけないよう、音声をオフにしてみていたせいか、今一つ面白みに欠ける視聴だった。イヤホンをカバンから取り出して見ても良かったのだが、二人が来ていい所を邪魔されたりすると面倒くさいので、そこまでする気にはなれなかった。


本を読んでいる沼隈も同じではないのだろうか。


読書というのは、一見何かを待つには非常によい方法のように思えるが、物語が佳境に入っている所で中断されると、邪魔をされた気がして非常にイライラするものだ。待っていた何かが来て嬉しいはずなのに、もう少し後でもいいのに、と思ってしまう、本末転倒な暇つぶし手段である。


そういうわけで、新しい動画も観る気になれなった俺は、沼隈と黒電話の件でも話そうと思ったのだが、ここに来て少し迷っていた。


真剣に読書をしている人間の邪魔をするのが悪いという事以上に、正直言えば、多治米から聞いた『用がないならあっちいけ』のエピソードを思い出して、沼隈に話しかけるのがちょっと怖くなっていたからである。


こんなしょうもない事で悩むくらいなら、廊下で二人を待っていればよかった。そんな益体のない事を考えているうちに、ドアをノックする音が響いた。


「どうぞ」


沼隈が返事をして中に招くと、多治米と見慣れない女子が一緒に入ってきた。この子が例の子だろう。


二人には話をしやすいよう、沼隈と俺を対面にして横を向きながら話をするという変則的な配置にした。今朝の反省を活かした万全な布陣だった。


初めに互いの自己紹介を簡単にすると、その子は瀬戸せとと名乗った。同じ2年で多治米とは友人、少したれ気味の目が印象的な、おっとりした感じの女の子である。


「初めは気のせいかなって思ったんだけど」


性格なのか、瀬戸は少しゆっくりとした口調で話始める。


「今週の初めくらいかな。体育館に行く渡り廊下で、急に後ろから名前を呼ばれたの。振り向いたら誰もいなくて、気のせいかと思って前を向いたんだけど、また名前を呼ばれたのね。それでもう一度振り向いたら誰もいない。誰かの悪戯かと思ったんだけど、身を隠すような場所もないし、なんだかちょっと気味が悪くなって、そのまま走って体育館に駆け込んだの」


「体育館から校舎に戻る時は大丈夫だったの?」


と、多治米が聞く。


「うん。その時は大丈夫だった。でもそれから、学校で人気がない所を通るとそういう事が続くようになってきて…。誰かといる時は全く聞こえないから、最近学校で一人にならないようにずっと気を使ってたんだけど」


そんなある日、友人と一緒に下校する為下駄箱まで来ていた時、ふと瀬戸は忘れ物に気づいたのだという。


自分のミスでした忘れ物を取りに戻るのに友人について来て貰うのも気が引けたので、友人には下駄箱で待って貰うようお願いし、彼女は一人で教室に行くことにした。


しばらくあの奇妙な現象は一人になっていなかったので体験しておらず、また、時間的に学校にいる生徒は多かったので、教室までの往復で一人になることはないと思い、彼女はやや駆け足で教室まで戻る。


自分の教室につき、入る直前、ふと、彼女は教室内に誰もいないことに気づいた。


人目を切らさないようにしたかったが、廊下には清掃をしている生徒もいたので、出入り扉を閉めないようにしておけば大丈夫だと思い、意を決して素早く机から忘れ物を取り出し、鞄に入れる。


何事もなく終えられた、そう安堵して教室から出ようとした瞬間だった。


教室の後ろ側にあった掃除道具入れの扉が、瀬戸が通り過ぎようとした直前、何の前触れもなくきい、と少し開いた。


一瞬驚いた物の、見ればどうやらモップが扉側に寄りかかって勝手に開いただけのようだった。


彼女は掃除をした人間のいい加減さに呆れながら、モップを入れなおして扉を閉めた。--その閉まり切る刹那。半密室の掃除道具入れの隙間から、ぬっと細い手が伸び瀬戸の手首を握った。見開いた彼女の目に映ったのは、顔の目、鼻、口、穴という穴から血を流した女性が『私も綺麗にして』と恨めしい声で隙間から訴えかけて来る姿だった。


瀬戸は声にならない声を上げ、下駄箱までわき目を振らずに走った。瀬戸の慌てようを見た友人たちは、震えて泣きじゃくる彼女を、ただ慰める事しかできなかったという。


瀬戸の話はこれで終わりだった。


中々きついホラー話に俺はげんなりしていた。


斜め前の多治米の顔が目に入ったが、彼女はほぼ目を閉じるようにして、顔を青ざめさせながら話を聞いていた。


「そんな事になってたなんて…辛かったね」


多治米が瀬戸に精一杯の優しい声をかけた。まるで先ほどの恐怖を多治米自身が体験したかのように、眼尻が少し涙ぐんでいるように見える。


「ごめんね。私も話すのが辛かったから中々言えなくて…。こんな事になる理由を色々考えてみたんだけれど、心当たりがなくて。だからタイミング的に、もしかしてこれって黒電話の呪いなんじゃないかなって思って」


「は…?」


俺はぽかん、と口を開けて声を出す。この子は今何と言った。


「聞き違いじゃなかったら、今呪いって言ったのか?」


「言ったよ。知らない?人のいない教室に現れる黒電話を使って、憎い相手に呪いをかけるとそれが叶うっていう話なんだけど」


「なんだそれ…初めて聞いた」


俺は愕然とした。知ってるけど、知らない。俺の知っている黒電話はそんな呪術みたいな話ではない。


「どちらが古いのかしら…それとも話自体が変わろうとしている…?」


沼隈が人に聞かせるでもなく、何かを考えるように独り呟く。


「瀬戸、俺の知っている黒電話の話は、人気のない所に現れるっていうのは同じだけど、霊界と電話ができたり、願いを叶えてくれるっていうだけで、憎い相手を呪う為のものではないんだ」


でなければ、部長のプレゼンの時に捏造すれすれの事などしてはいない。


ただ、話の骨子的には、願いを叶える事ができるなら、瀬戸の言うように呪う事だって出来るはずだった。


「そういう話もあるんだね。私が知ってるのはこっちだけかな」


「そうか。でも、待ってくれよ。瀬戸の教えてくれた話の方が正しいなら、お前は誰かにその黒電話で呪われてるって事にならないか。心当たりはあるのか?」


「ちょっと千年、やめなよ」


多治米が俺を叱責する。


彼女が言わんとしている事を察し、俺は直ぐに後悔した。心当たりがあってもその人の名前など言えるわけがないではないか。そいつは人を呪いにかけるような奴だという悪口を言っているのと同じになってしまうのだから。


「ごめん。俺が今言ったことは忘れてくれ」


遅きに失した感はあるが、発言を撤回した。


「多治米いいよ、千年君も気にしないで。そういう話になるのはわかってたから。でも、心当たりはないかな…ないと思いたいだけかもしれないけど」


瀬戸は苦笑しながらそう答える。


彼女の言うように、無意識のうちに人を傷つけてしまって恨みを買う事は誰だってある。


「この話は私の仲のいい子にもしたんだけど、実はその子も同じように変な事が身の回りに起こってるって言ってて、ちょっと怖いんだよね」


「それは、具体的にはどんな事かしら」


オカ研だけあって呪いの内容には興味があるのか、沼隈が詳細を聞く。


「下駄箱に歯が入ってたりとか、ノートに血文字らしき物が書いてたりとか。嫌がらせにしては、ちょっと気持ち悪いのばかりみたいで…」


何とも見たら食欲が一気に失せそうだった。


自分でも眉間に力が入ってしかめっ面をしている自覚はあったが、多治米も同じような顔をしていた。


「ちなみに、その黒電話の呪いの話を知ったのは誰からで、どのくらいの人間が知っているかわかるか?」


俺は瀬戸に問う。新しい情報を得る為に一からやり直さないといけないので、その人間に聞き込みを直ぐにでも開始したかった。


「うちの学校の子がSNSで書いてたのを見て知ったから、結構な人が知ってるんじゃないかな。誰だったかまではちょっと覚えてないけど」


「そうか…」


後で覗いてみるしかないようだ。


瀬戸の話はこれで終わりのようだったので、代わりに俺の知っている黒電話の話をして、その場はお開きにする事となった。


「ありがとう。調べていくうちに何か話に進展があったら、また連絡する。代わりと言っては何だけど、もし何か呪いが続いて困るような事があったら、できる限り力になるから教えてくれないか」


「うん、わかった。そうするね。ありがとう」


瀬戸は俺の申し出を快諾してくれた。


記事にするまでの残り数日で何かがあるとは思えなかったが、念のためだ。


「瀬戸さん、私も何か力になれる事があったら言ってね。そういうのには詳しくないけど、学校で一人になっちゃう時があったら、一緒にいてあげるから」


多治米も話を聞いて放っておけなくなったのか、優しい言葉をかける。


「ありがとう。その時はよろしくね」


初めはどうなるかと思ったが、話して少しスッキリしたのか、瀬戸の顔はここに来た時より少し明るくなっていた。


瀬戸が立ち上がって別れを告げると、多治米もそれについていこうとし、俺が立ち上がってないのに気づいて不思議そうに声をかける。


「あれ?千年は帰らないの?」


「ちょっと今聞いた話を忘れないうちにメモだけしておきたくて」


新聞部の部室は目と鼻の先だったが、部室が開いているとも限らないので、ここでできるだけ書き留めておきたかった。沼隈も同じだろうから、今暫くはここにいるだろう。


「ふーん…そっか。じゃあまた明日ね」


「ああ、またな」


多治米は瀬戸とこの後遊びに行く相談をしながら、さっきまでの暗い雰囲気を払うかのように賑やかに去っていった。


「という事で、すまないが少しだけ場所借りてもいいか、沼隈」


「別に構わないわ。私も本を読むだけだから」


どうやら沼隈は本の続きを読むらしかった。部室を図書室として占有し続ける事に微塵も罪悪感はないようだ。


「お前、今聞いた話はどうするんだよ。俺みたいにメモしないのか」


「レコーダーを使ってるから、必要になった時パソコンにそのまま打ち込むわ」


「なるほど」


録音されるのを嫌がる人は多いから敢えてしないようにしていたのだが、沼隈はばれないように使っていたらしい。気づかなかったが、棚か机の下にでも隠していたのだろうか。


俺はノートに手早く要点だけ纏めると、その話の寸評をどう入れようか少し悩んだ。


納涼企画としては、まさにこういう展開となることを待っていたのだが、個人的にスッキリしない所があって中々筆が進まない。


「手が止まってるわね」


本から目を離さずに沼隈が言う。横に目でもついているのだろうか。


「ちょっと、腑に落ちない事があってな」


「腑に落ちない事?」


「わざわざ黒電話を使ってまで呪わないといけない事って、なんなんだろう、と思って。誤解がないように言うと、人を呪う感情自体を非難してるんじゃなくて、プラスの願いだって叶えられるかもしれないのに、わざわざ誰かを陥れるような事に使うなんて勿体ないんじゃないかっていう疑問なんだよ」


俺は瀬戸の話を聞いていた時から思っていた事を口に出す。


「もっと有意義な事に使えと?」


「そういう事だし、非効率的だと思う。誰かを呪うという行為は単発だから、次に憎い誰かが現れたら、また黒電話を使って呪わなきゃいけなくなる。それって堂々巡りじゃないか。だから例えば、自分のステータスを上げるような物を願えば、効果は持続的だし、結果的に悩みも解消されて、誰かを呪う必要自体なくなるんじゃないかと思うんだ。人を恨んだり羨む気持ちって、大体自分のコンプレックスからくるものだと思うから」


「なるほどね。そんなことをずっと考えていたのね、あなたは」


人の話を聞く気になったのか、沼隈が本を閉じてこちらを見る。


「千年君が理解できないのは、きっと現状が幸せだからよ。目の前にいるだけで我慢ならないような人間が、今の貴方にはいないというだけ。思い出してみて。貴方にだって身を焦がすほどに誰かを憎んだことはあるはずよ」


「憎んだ事ねえ…」


言われて、目を瞑って思い返してみる。最近、最近か。


そういえば、自転車を盗まれた時は、地の果てまで追いつめて犯人を殺してやろうと思っていたような気もする。


駅前。あるはずの自転車がない驚愕。それを暫く認めたくなくて近場を探してウロウロする徒労。それを遂に受け止め、心の底から湧き上がってくる絶望。長すぎる徒歩での帰り道と、そんな時にタイミング悪く降ってきた冷たい雨。ぐつぐつと腹の底から湧き上がってくる遣る瀬の無い怒り…。


「どう?そんな時に黒電話があったとしても、きっと楽しい事なんて願えないんじゃないかしら。こういうのは計算ではないから」


「ああ、やばいな。無理だわ」


その時の怒りがまたふつふつとこみ上げ、胃酸がせり上がって気分が悪くなってきた。


結局盗まれた自転車は目立つ所に乗り捨てられて撤去されていたのか、後日自転車管理センターみたいな所から防犯登録の情報を元に電話が来て、金を出して受け取りに来いといわれたのだった。


盗まれて不便していた上に三千円も払えといわれ、あの時は理不尽に気が狂いそうになった。


「今目の前に黒電話があったら、絶対自転車泥棒に呪いをかける自信がある」


「分かってもらえて嬉しいけれど、急に暗黒面に入られて私はどうしたらいいの。ちょっと怖いわ…」


沼隈が変な物でも見るような目で俺を見ていた。


「どちらにせよ、今二通りあるこの黒電話の噂は、呪いの話の方が早く広まると思うわ。人は幸せなニュースよりも、不幸なニュースの方が気になってしまうものだから」


沼隈の言わんとしている事は何となくわかった。


中学生の頃、不幸の手紙と幸福の手紙という、内容が全く逆の物がチェーンメールで回っていたが、その発生比率は断トツで不幸の手紙の方が多かったのだから。



 家に帰って携帯でSNSを見てみると、沼隈の予想通り、直近の黒電話の話題は、呪いの方が主流になっていた。教師や親、いけすかないクラスメイトなど様々な人物が呪いの対象に挙がっており、その人たちへの悪口も合わさり、内容は便所の落書きと同レベルになっていて、見るに堪えないものだった。


俺はこんなものを扱おうとしているのか、と嫌な気持ちになり、携帯の電源をオフにしてベッドの上に投げ混んだ。


どうやら出来上がった記事の反響があったとしても、全く嬉しくないものになりそうだった。

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