4. 沼隈さん大丈夫?
「ありがとう。参考になったよ」
「あ、いや別に…」
廊下で他クラスの男子に黒電話の件を聞かせてくれた礼をすると、彼はぎこちない笑顔を作り、チラっと沼隈を見てまた目を泳がせる。体はずっと逃げ越しで、早く話を終わらせたいという気持ちがありありと伝わってくる。
その様子を見て、俺は心の中でまた溜め息をついた。
「もう終わったなら席に戻っていいか?次の授業の宿題まだしてなくて」
「ああ、大丈夫。ごめん忙しい所邪魔したな」
精一杯の笑顔で協力に報いたが、言うが早いか彼は振り向きもせずに自分のクラスに戻っていく。
俺はハンディサイズのメモ帳を畳むと、散々言おうか言うまいか悩んだが、沼隈にあることを告げる事にした。
「沼隈さんに非常に残念なお知らせがあります」
「何かしら」
はて、と沼隈が首を傾げて俺に答える。
その何も検討がつかない、といった純真無垢な表情に少し胸が痛んだが、気が付いていないならいないで本人の為だと思い、心を鬼にして伝える事にした。
「無言で人を睨みつけるのはやめた方がいいと思う」
「え……っ」
余程予想外だったのか、驚いた猫のような丸い瞳が俺を見つめる。
「マジ………?」
「マジです。自覚はなかったんだな」
というか沼隈でもマジとか使うんだ、とそっちの方が驚きだった。
「普通にしてるつもりだったわ…」
美人は喋らないと結構冷たい印象を与えがちだが、沼隈のように目力が強い人間は、更にその雰囲気に拍車をかけるようで、先ほどのように腕を組みながら無言で見つめていると、相手はまるで値踏みされているかのようなプレッシャーを感じてしまうらしい。
初めての取材同伴、と言う事で、沼隈にひとまず俺に全部任せるようお願いしたのが間違いの始まりだったのかもしれない。
「笑えとは言わないから、もうちょっと友達と話す時みたいにリラックスした感じをだせないだろうか」
「任せて。友達はいないけど頑張るわ」
急に地雷を踏み抜いた。最近の地雷は向こうから襲ってくるらしい。高性能すぎる。
「い…いないって事はないだろ。お前もしかして、死ぬってわかってるのに妹の結婚式の後また人質にされてる友達の下に戻ってきたりしないと、友情を認められない感じなの?」
邪知暴虐の王様なの?
「いいえ。そんな太宰拗らせてる感じではなく、本当にいないのよ。たまに業務連絡をする程度のクラスメイトがいるくらいよ」
結構な真正だった。
これはあれだろうか。深窓の令嬢みたいにクラスから遠巻きに見られてる感じなのだろうか。
「むしろあなたはいるの?」
「多くはないけど、いることはいるよ。いつもつるんでるのは2、3人くらいだけど」
本当は多治米と明王院の二人だけだったが、見栄を張ってプラス1してしまう自分が可愛い。
「嘘…信じられない。友達って都市伝説とかじゃなかったの…?」
どこまで本気かわからないが、沼隈が恐れおののいていた。
「そんな黒電話みたいにレアじゃないから。実在するから」
「みんな口では友達って言うけど、どうせ裏では罵り合って、ぼっちになるのが嫌だから行動を共にしてるだけのエセ友達とかなんでしょう…?」
「さり気無く少年少女の闇に切り込むのはやめろ」
それは考えたら夜眠れなくなったり、長期休暇明けにクラスメイトに第一声をかけるのに躊躇しちゃうようになる奴だから。
「わかった。じゃあ次から話を聞いている人の顔は直視せずに、ぼんやり今日の夕飯とかでも考えながら横にいてくれたらいいから…」
「それなら大丈夫ね」
余りにも安請け合いする沼隈に、お前のその自信は一体どこから来るんだよ、と突っ込みたくなった。美人とお近づきになれると思って浮かれていた昨日の自分を優しく抱きしめてあげたい。お前のそれは直ぐに儚く散るのだと。
短い時間で大体わかったのだが、沼隈ゆかりは所謂ぼっちのようだった。
コミュニケーションは難なく取れるのだが、人から誤解を受けやすいタイプのようで、雰囲気的に人を威圧し、先ほどのように、早く話を終わらせてその場を離れたくさせてしまう。俺のように一度でも話せばそれは誤解だとわかるのだが。
先ほどの彼と昨日の部室での光景が脳裏で重なって、俺はまたある事実に気づいていた。
「沼隈、もしかして昨日オカ研の部室で二人が早く帰りたがってたのって…」
「不思議よね。私が部室に来ると皆タイミングよく用事を思い出して帰っていくのよ。部室って図書室より静かで読書に最適だわ」
「へぇ…皆UFOでも探しにいってんのかなぁ…?」
まだ休み時間に余裕はあったが、沼隈の踏んではいけない地雷がまだまだあって黒ひげ危機一髪が始まりそうだったので、適当に話を終わらせて俺もエスケープを決め込むことにした。
彼女と別れて席まで戻ってくると、明王院が俺の椅子に座って多治米と会話をしており、それに割り込むような形となった。
「何時から沼隈さんと仲良くなったの?」
多治米が不思議そうに聞いてくる。どうやら廊下でのあれを見ていたらしい。
「仲良くというか、黒電話の件で昨日から協力して貰ってるんだよ。沼隈の事知ってるんだな」
恥ずかしながら、俺は昨日まで知らなかった。
「そりゃ知ってるよ。美人だよねぇ細くてモデルみたい」
「俺は名前は知らなかったけど、見たことはあったぜ」
流石知り合いの多い二人は違う。俺なんてクラスと部活の女子の名前くらいしか碌に覚えていない。
「どんな話するの?」
「だから、黒電話の件だよ。そんなに沼隈の事が気になるなら、俺を通してじゃなくて自分で直接話したらいいだろ」
一々説明するのも面倒くさかったので何気なく言った台詞だったが、二人はあー、と声を合わせると、何やら訳ありげな顔をする。
「私、撃沈してるんだよね。前話しかけたら、用がないならあっち行けって言われちゃった」
まるで犬の追い払い方だった。
「俺は多治米や他の子から似たような話を聞いたから話かけた事がないな。君子危うきに近寄らず、だ」
「はは、そりゃあ」
二人の話に思わず渇いた笑いが出る。話している限りそんなに悪い奴には思えないのだが、本当に多治米にそこまでしたのだろうか。
そんな態度をとっていればボッチにもなるのも無理はない。というよりは、まるで自分からそうなる事を望んでいるようにも思える。
「ところで、千年は今日の放課後時間ある?」
沼隈の話はもういいのか、多治米が話を切り替える。
「どうだろう。黒電話の件でまた何人かに聞き取りしようと思ってるから、ちょっと難しいかもしれない」
元々取材日数が少な過ぎるのだ。今週いっぱいは他に手が取れそうにない。
「じゃあ、大丈夫だね。用件っていうのがそれだから」
「と言うと?」
「なんか最近身の回りで変な事が起こるんだけど、それが黒電話のせいなんじゃないかって気にしてる子がいるんだよね。話だけでも聞いてみる?」