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夕刊タブロイド  作者: nana
第二部:非行少女(完結)
21/21

10. 遅いただいま

 赤坂ことりが休学するらしい、という風の噂を聞いたのは、それからどれくらいたってからだろうか。


心の糸がプッツリと切れていた俺は、卓球部の密着取材の記事作成が全く進んでおらず、昨日の定例部会で進捗具合を聞かれた際、馬鹿正直に出来ていないと言って部長から大目玉を喰らっていた。


しかめっ面で悩んでいたのから一転、腑抜けた面で目を開けたまま寝ているような日々を過ごしていると、多治米は喧嘩していた事を棚上げにしてくれ、結果的に関係は元通りになった。実際には多治米が歩み寄ってくれているばかりで、それに俺が甘えているだけだ。赤坂の件も、喧嘩のきっかけとなった為タブーだと思っているのか、彼女は全く触れてはこない。


廃墟から出て沼隈にも一度あったが、お腹の傷は跡形もなく消えたらしい。赤坂母に自分の連絡先を告げていた事を完全に忘れていた俺は、携帯へ連絡があった時、何を話していいかわからず、しどろもどろになって、赤坂さんずっと休んでますけどそんなに体調悪いんですか、とか家出の事は知らない体で、当たり障りのない事を聞いて直ぐに電話を切ってしまった。


その為、廃墟から持って帰った赤坂のバッグは、赤坂の家にも帰ることなく、うちに置いたままになっている。何時か返すにあたって、ショックを和らげる為に血痕でも洗い落とそうかとおもったが、出血の激しさを物語るかのように隅々にまでしみ込んでいたので、洗浄する気力がなくなり、また、生乾きの血臭がかなり匂うので、ビニール袋に入れて家の机の引き出しに隠したままになっている。


そもそも、返そうにも、赤坂母に何と言いながら渡せばいいのか。ありのままに話した所で、信じてなぞもらえないだろう。


最近、放課後は部室によって副部長と一緒にゲームをやるのが日課になっていた。家にいると、赤坂のバッグがあるので、酷く心が休まらなかった。いい加減捨てても良かったのだが、変に足が付くのが怖くて、捨て場所にも困っていた。


「もうそろそろ帰ろうぜ。バッテリーがなくなっちまったわ」


副部長がタイムアップを告げる。時計を見ると時刻は六時過ぎだった。一人でゲームをするのもつまらないので、おとなしくそれに従う事にする。


「所で記事どうするつもりなんだ?来週も部長から雷落とされたいわけでもないだろうに」


「怒られるのは嫌なんですけど、気持ちがついていかないんですよね」


そうは言ったものの、期限も残り一週間と近づいているしそろそろ本当にやばい。やる気がないならないで、その場合は、書けない、と正式に伝えなければ穴を埋める他の部員にも迷惑がかかる。


部室を施錠して顧問に鍵を持っていくために教員室まで歩いていると、奇妙な光景をみた。


疲れ目かと思い目をこすってもう一度確認するが、半分体が透けている女子生徒らしき人影が、部室棟の廊下をふらふらと歩いている。


俺はまた新たな化物か何かか、と身構えた。君子危うきに近寄らずというし、部室に戻って消えるまでやり過ごすか、そう思った。


しかし不思議な事に、自分の心の中に、あの得体の知れない物への恐怖よりも、好奇心の方が大きい事に気づいた。あの歩き方をどこかで見たような気がするのだ。フラフラと、体全体を左右にふり、まるで上から糸で操られて歩いているようなあの歩き方は。


「赤坂…?」


知らず、俺はその人物の元に歩いて行っていた。間近で見ると、ほぼ消えかけているその人影は、まさしく赤坂ことりだった。


「何で…お前生きてんだよ」


驚きと困惑で頭が真っ白になった。


もしかして蜘蛛を退治し損ねていた?赤坂が操られている原因は他だったのか?頭の中に色々考えが浮かぶが、どれも確かめようがない。


一方で、俺はある閃きに、俄かに興奮を覚えていた。理由はどうあれ、こうして存在するのなら、母親の元に返すことができるのではないか。あの幸せな家に帰ることができるのではないか、そう思った。


我ながら天啓のようなその考えに膝を打ちたくなったが、今にも消えそうなこの状態では、自転車に乗せて急いで送った所で間に合うとも限らない。それでは意味がない。


「そうだ、あいつなら…!」


沼隈ならなんとかできるかもしれない。


そう思い、オカ研に連れていくため赤坂の手を取ってみると、不思議とすり抜けず、そのまま触れたのでオカ研の方に歩いていく。


祈るように開けた部室では、沼隈が丁度帰る準備をしようとしている所だった。不躾な来客に気づいた沼隈は、ジロリと俺に抗議の視線を送ると、その隣に連れている者を見て、呆れた、とばかりにため息をついた。


「流石にノックぐらいしたらどうなの?…と、言うより、あなたまた厄介ごとに自分から首を突っ込んでいるのね」


「力を貸してくれないか。今にも消えそうになっている赤坂を、なんとか持たせて家に帰したい」


「嫌よ」


沼隈の拒否は早かった。


「大方、半自動で動いていたような存在だったから中々消えずに、元のオーダー通り男をひっかけ続ける為に徘徊しているんでしょうけれど、本人かどうかさえ怪しいそんな出来損ないを、赤坂さんと偽って家族に合わせようだなんて、貴方は一体何を考えているの?」


沼隈の言葉は辛辣で、正しかった。


「…本人じゃないと、否定できる根拠もないじゃないか」


俺は何とか反論を脳から絞りだしたが、それは子供の言い訳みたいに頼りない。


「ねえ、千年君。あなたのしようとしていることは、赤坂さんの母親を騙すだけでなく、赤坂さんの名誉まで汚そうとしている最低な行為よ。死体を使って人形劇をしているのと同じだわ。貴方がそれを赤坂さんだというのなら、私は心底軽蔑するわ」


沼隈は畳みかけるように否定する。その言い方に、流石に俺もカチンと来た。


「…お前は」


気持ちが心から溢れだしそうになり、歯を食いしばって言葉を繋げる。


「お前はアレを見てないから言えるんだ。どれだけ赤坂のお母さんが赤坂を大切にしていたか、帰ってくることを望んでいるのか、お前は知らないだろうが!」


綺麗にシーツが替えられた清潔なベッド。埃一つ落ちてない床。ずっと誰かの帰りを待っている思い出のつまった大切な部屋。赤坂母が倒れるまで娘を探し続けていた、あの思いを。


「だからと言って、嘘をついてもいいと?あの子の人生は、もう清算済みなのよ。あなたがこれ以上話を書き加えて、汚していいものじゃない」


「その嘘が必要な人だっているんだよ。例え嘘でもいいから会わせないと、赤坂のお母さんはずっとあのまま前に進めない。このままだとあの人は、娘の呪いにかかったまま、帰らない娘を待ち続けて、いつか本当に共倒れしてしまう」


臍の緒は、もうとっくの昔に切れているはずなのに。母娘の糸が千切れない。


沼隈は厳しい顔をしたまま、まっすぐに俺を見つめている。納得してくれたわけではないだろう。


「まだ、だめか。何を言ってもお前には届かないのか。そんなに正しいことだけが大切なのか?正しければ人が幸せになれるって言うなら、何でこんなに苦しんでいるんだ?正しさのせいで、こんなに厳しく辛い世界に生きる羽目になるのなら…俺は、その場しのぎの薄っぺらな嘘でも、どれだけ欺瞞に溢れていても、間違いだらけの優しい世界で生きていたい」


沼隈の答えはない。


「…それが罪なら、俺が幾らでも背負っていい」


息が詰まりそうな程の沈黙が暫く続いた。諦めてこのまま赤坂の家に向かおうかと思った頃、沼隈が棚の中からファイルを一枚と、筆箱から鉛筆を取りだし机に置いた。


「赤坂さんを机に座らせて、これを書かせなさい」


「なんだこれ。何で入部届を今書く必要があるんだ?こんなことしてる時間は」


赤坂は廊下であった時よりも更に薄くなっていた。このままでは後数分も持つまい。


「いいから、そう思うなら早く」


沼隈に言い切られ、赤坂を無理やり座らせて鉛筆を持たせる。赤坂にかけるか、と問うと、意外にも頷いたので、代筆はせず自分の手で名前と組を書いてもらう。


「書けたわね」


沼隈はそれを取り上げると、入部一覧に赤坂の名前を書き込んでいく。


「赤坂さんは存在が不安定だから、現世につなぎ留める物が必要だわ。だからこうして、オカルト研究会の部員として採用します。幽霊部員としてね」


「はあ…そんな言葉遊びみたいなのでいいのか?」


「いいのよ。韻を踏んでさえいれば。ほら、ちょっと安定したでしょう」


言われて見ると、確かに赤坂が廊下で会った時くらいに戻っていた。


俺は沼隈への礼も忘れて、彼女をその場で抱きかかえると、上履きのままで自転車置き場に走った。存在がほぼないからか、赤坂の質量は全く感じなかった。


「しっかり捕まってろ!」


赤坂に言って力の限り自転車を漕いだ。今までこんなに自転車をこいだことはないくらい、どれだけ脚が重くなろうと、息が上がって汗だくになろうとも、力の限りペダルを踏みぬいた。都度後ろを振り返って赤坂が消えてないか確認するが、どんどん彼女は薄くなり、俺の胴体を掴む力も弱くなっていって、泣きたくなった。間に合わないかもしれない、とさえ思ったが、その気持ちをペダルに込めて更に自転車をこいだ。


景色が驚くほどの速さで流れていき、大字と行った時の数分の一の時間で赤坂の家についた。自転車を止める手間も惜しく、家の前に打ち捨てて玄関のチャイムを押す。家人が出てくるのが待てない。一秒が永遠にさえ感じる。


「はい…」


ドアを開けてでたのは、小学生の妹さんだった。


「お母さんいるか!?」


「ひぇっ、い、いま…外出てていませんけど…」


荒い息で食いつくようにに話しかけたせいか、妹は酷く怯えていた。


くそ、ついていない。なぜこの時に限っていないのか。


「あとどのくらいで帰ってくる!?お姉さんが今ここにいるんだよ!会わせたいんだ!」


「わ、わかんないです…お兄さん怖いです。帰ってください。警察呼びますよ」


完全に不味い状況になっていた。


「わかった。わかったから警察は呼ばないで欲しい。お母さんが帰るまでここで待たせてもらえないか、ほら、見えないか?お姉さんがいるのが」


言って、妹さんに手を繋いでいる赤坂を見せる。大分透けてしまっているが、肉親ならわかるだろう。


「え…?その透けてるのお姉ちゃんなんですか?」


「そうだよ!」


「え?嘘だ…あれ、でも何で…」


混乱する妹をしり目に、突然、赤坂が自分の足で歩いた。驚く俺を置いて、赤坂はそのまま妹の頭を撫でる。


「ただいま。杏奈あんな


赤坂はそういってドアの合間をすり抜け、玄関に入っていった。妹はわが身に起こった事が信じられず呆然としている。


「ちょっとごめん、俺も入るわ」


声をかけて妹をどかすと、赤坂は慣れた様子で靴を脱ぎ、あっという間に家に上がっていく所だった。追いかけた俺は消えていった部屋に入っていくと、そこはリビングだった。


赤坂はリビングの真ん中で、何かを懐かしむようにしばらく全体を眺めていると、テーブルの上においてある何かに目を止める。それはラップに包まれたおにぎりだった。


そのまま彼女はテーブルに座ると、慣れた手つきでラップを剥がし、ゆっくりおにぎりを頬張った。


「私、帰ってきたんだ…」


口の中に広がる母の味に実感が伴ったのか、赤坂がポツリとそう言った。妹は信じられない、といった目で見ながら俺の後ろで立ち尽くしている。


「ごめん赤坂。お母さん今外出てるってさ」


だからお前が消えるまでに間に合わないかもしれない、そう続く台詞は言えなかった。


「いいよ。帰れないって思ってたから」


赤坂はまた一つおにぎりのラップを開けると、一口一口かみしめるようにゆっくりと、愛おし気に目を閉じ味わった。


「私ね、たくさん男の人をあのビルに連れて行ったんだ」


赤坂が喋り始める。ビルとは、蜘蛛のいたあの廃墟の事だろう。


「自分でも逆らえない何かに押されて、連れて行けばこの人たちは帰れないって知ってたのに、たくさんたくさん連れて行ったんだ」


「違うだろ、お前のせいじゃない」


「そんな私が、私だけが、帰ってきてよかったのかな」


赤坂の口から洩れたのは、懺悔だった。


「いいに決まってるだろ…何言ってるんだ」


赤坂が気に病む事なんて何もない。そもそも、赤坂自体がこの事件の被害者なのだから。


「それに、もしお前が悪いことをしたっていうなら、家に帰ってきて、お母さんに叱ってもらわないといけないだろうが」


「そうだね…」


俺の屁理屈に、赤坂が苦笑する。頼むから、もう少しだけ消えずに待ってくれ。


杏奈あんなは、どっちかというとお父さん似だよね。今は小さいけど、きっとこれからお父さんみたいに身長もっと伸びて、私なんて抜かすんだろうな」


赤坂が妹を見ながら、しみじみとした口調でいう。語りかけられた妹は、お姉ちゃ、と何か言いかけて、上げた手をまた下にだらりとおろした。赤坂は、既に俺達の方を見ていなかった。


その姿は、もうほぼ見えなくなるまで薄くなっている。


赤坂はテーブルにうつ伏せ、掌でテーブルの木目を愛おし気に撫でると、


「やっぱり、家はいいなあ…」


と呟いて、あっけないくらい綺麗に消えていった。


間に合わなかった。


俺はその光景を見送った瞬間、体から力が抜けて、ずるずるとその場に尻もちをついた。自転車を無理して漕いだ疲労が急激に体を襲っていた。


家に帰すことには成功したが、母親には見せられなかった。テストでいうと赤点だった。


ここに来るまでに忘れかけていた憂鬱が、冷えた汗と相まってジワジワと心を蝕んでいく。無力の塊。結局沼隈にあれだけ大見えを切って手伝ってもらいながら、何一つ達成できない。口先だけの半端物。


「不用心じゃない。ドアを開けっぱなしにするなんて…もう、杏奈に後で言って聞かせないと」


外の方から声が聞こえる。お母さんだ、と妹が呟いた。声は、そのままリビングに一直線に近づいてくる。


「あら、お客さんなの杏奈?」


「あ、うん…お姉ちゃんがね…」


ドアを開けて入ってきた赤坂母は、怪訝そうな顔で俺と妹を見るが、俺の制服に気づくと、娘と同じ学校だと理解して、警戒心を直ぐにといた。


「ことりの友達かしら?」


「…はい。この間連絡先を置いていった千年です。ことりさんに会いに来たんですけど、いらっしゃらなかったようなので、もう帰ります」


もうきちんと会話をする気力もなかったので、俺は適当に嘘をつくと、疲労で震える足を腕で支えながら立ち上がる。


「あのね、お母さんね。お姉ちゃんが…」


お姉ちゃんが、と妹が言いかけて言葉に詰まる。さっき見たことを、どう口にしていいのか悩んでいるようだった。


しかし赤坂母は、そちらに関心を持たず、何故か先ほどまで赤坂がいたテーブルに視線が釘付けになっていた。


「杏奈…もしかしてお姉ちゃんが帰ってきているの?」


震える声で赤坂母が訊く。


「わかるんですか!?」


俺は驚きの余り、妹の代わりに聞き返す。


「ええ、あの子…いつもお腹を空かせて帰ってくるから、夕ご飯まで待てるようにいつもおにぎりをテーブルにおいておくんです」


そういいながら、赤坂母がテーブルに置かれていたサランラップを手に取り、優しい目でそれを見つめる。


「誰に似たのかしらね。あの子、いっつも食べ終わったらラップを綺麗に畳んでおくのよね。捨てなさいって言ってるのに…」


ポロポロと赤坂の母親の目から涙が零れ、リビングには嗚咽が響いた。


「ことりは部屋に戻ってるの?」


「ううん。おにぎり食べ終わったら消えちゃった」


妹が見たままを告げる。


「…じゃあ、お別れを言いにきたのね。会えなかったのは寂しいけれど、お腹を空かせていかなかった事だけは、よかったわ」


その言葉を聞いて、俺はふと、赤坂母は薄々赤坂が死んでいる事に気づいていたのではないかと思った。娘は家出をする子ではないと信じていて、何かに巻き込まれたのだと勘づいていたのではないか。だが、それを認められず、認めるには時間が必要で、ああして街頭でありもしない娘の影を探していたのかもしれない。簡単に認めるには、余りにも大切過ぎた存在だったから。


赤坂は死んだ。愛を注がれて育った幸せな少女は、ある日蜘蛛に襲われて理不尽にもその人生の幕を閉じた。死後もその存在は餌として使われ、魂は辱められたままだった。


沼隈の言うよう、本人かさえ怪しいその存在を家に連れてきてこの行為は、もしかしたら赤坂を更に汚すものだったかもしれない。俺のしたことは間違いだったかもしれない。だが、赤坂の母親の救われたような涙と、穏やかなその表情を、そうでもしなければ見られなかったというのなら。俺は、間違い続ける人生でいいと、そう心から思った。








これにて完結です。お付き合い有難うございました。評判が良ければ続きを書きますし、なければ異世界物でも書きますかねぇ~


/) /)

( 'ㅅ')どっかで出版してくれないっすかね

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