2. 腹は決まった
ホームルームが終わってから改めて多治米に話を聞くと、新たな事が判明した。
1つは、この話自体は夏休み明けから広まり、クラスの大半の女子は既に知っているらしい事。
SNSで黒電話の話を検索した所、こちらでもチラホラ出回っているみたいだが、出回って新しい話だからなのか、多治米に聞いた以上の事は書いていないようだった。
2つ目は、電話が出現する場所はランダムという話だったが、人気がない所の方が出現率が高いという事。
不思議系の話である以上、人目をはばからずに出現されたら違和感しかないので、ある意味当たり前かもしれない。実は寂しがりやだから一㎡辺り10人以上いないと現れないとかの方が逆に面白い気もするが。
3つ目は、霊界と繋がるという説以外に、死んだ家族と話せるとか、悪魔と話せるとか、願いごとをかなえてくれるとか、どこかの誰かに繋がるという事は確からしいが、その先がまちまちである事。
いずれにせよ、この話の骨子としては、黒電話を通じて願いが叶う、というものだ。
携帯が普及している現代に固定電話の噂話とは、中々レトロな感じである。最近では固定電話を持たない家庭も増えているらしいから、俺達のような世代はその存在自体に馴染みがない為、意外性や面白みを感じて、噂が成立する側面があるのかもしれない。昔友達が、携帯と連動して使えるBluetooth受話器を洒落で買っていたのを覚えている。結局重くて邪魔だったのか、すぐに使わなくなったが。
多治米に聞かせてもらった話を、俺は取材用のノートに箇条書きで纏めてみる。
「使えそうかな?」
唸りながらノートを睨みつけていると、多治米が不安そうに問いかけてきた。明王院のように、話にまたイチャモンでも付けられるのかと思ってるのかもしれない。
「話としては俺も聞いたことないし、新しいからいい気がする。あと願いを叶えてくれるってのも面白いと思う。でもなあ」
頭をシャーペンでコリコリ書きながら、素直な感想を言う。
「何よ。千年も明王院と同じこというわけ?」
多治米があからさまに不満そうな顔をして腕を組む。
「ごめん、違うよ。俺が言いたかったのは、この話は面白いんだけど、ホラーじゃないって事だよ。不思議な話止まりなんだよ」
「あ、なるほど」
俺の釈明に多治米も納得してくれたのか、表情を崩して苦笑する。
「これから深堀りしていってもう少しホラー要素が出てくればいいんだけど。そうだなあ、多治米はこの話どうなったら怖いと思う?」
「私だったら?」
「うん」
「国際電話直通で高額な費用請求が家に届いたら怖い」
「それただのQ2ダイヤルじゃないか」
「子供の為に生命保険に入ってても怖いね」
「怖いっていうかほっこりする」
「あと、ヤクザの携帯に直通とかでも怖いなあ」
「怖いっちゃ怖いけど、怖いのベクトルが違うんですよね」
ヤクザの暴力をバックに強請ってくる黒電話とか意味不明だった。
「多治米。大喜利じゃないんだから真面目に答えてくれよ」
「そろそろ電話一本で来る温かいお茶が怖いってね」
へへ、と落語の饅頭怖いのオチで誤魔化しながら多治米が笑う。
その屈託のない笑みに毒気を抜かれ、怒る気になれない。可愛い子はずるいよな、と思った。
多治米は見かけも可愛らしいが、明るい態度とノリの良さで男子から人気がある方だ。席が隣でもなければ、スクールカースト上位の子とこんなに仲良くなってはいまい。リア充の塊みたいな明王院と仲良くなったのも、多治米が隣にいたのがきっかけだ。
「でもさ、私が怖いものって言っても、噂がそうじゃないなら意味がないんじゃない?それを採用したら捏造だと思うんだけど」
「鋭い所をついてくるな」
多治米の話が良かった場合、にっちもさっちもいかない時は、取材源を彼女にして、適当に話を作ってしまうつもりだった。
もっとも部長は鋭いので、騙すには相当力を入れてアリバイ作りに励む必要があるが、結局それをする労力を考えると、初めから正攻法で行ったほうがいいのは言うまでもない。
「取り合えず、ありがとう。参考になった。後は適当に皆に聞いてみる」
「ううんいいよ。記事出来たら真っ先に見せてね」
多治米にお礼を言うと、ノートに部長を説得するためのプレゼン方法を書き込んで行く。
霊界通信の話もあるし、黒電話のホラー的なポテンシャルはそう悪くないように思える。だから、今回部長への企画プレゼンは、それを匂わすことで潜り抜けることを考えていた。一番は、こんな捏造まがいのことをしなくても、取材を進めていく結果、本当にホラー系の話であってくれる事なのだが。
その日の放課後行った部長へのプレゼンは、結果から言うと成功した。
これが駄目だと次のネタを探す時間的な余裕がないのは部長もわかっていたのか、それとも前回より少しは考えた痕跡が見られるのが評価されたのか、眉間に深い皺を寄せた閻魔様は、ため息と共にGOサインを出したのだった。
ただし、『締切厳守。ダメな場合は1年の子の企画を載せることになります』という一言をつけて。
基本下働きである1年の記事を2年である俺の代わりに載せるという事、その意味する所は、俺への戦力外通知だ。
この脅しは部長のよく使う手で、舐めてかかって締め切りを破った結果、実際に2軍落ちさせられ下働きをしている部員もいる。
言われるのも人が言われているのを聞くのも非常に嫌な言葉だった。のんびりしていた自覚はあったが、どうやらそろそろ瀬戸際らしい。
女帝気どりの部長様は、用事があったのか、俺のプレゼンが終わるとすぐに部室から出ていき、部室にはPCを弄る女生徒一人、男子生徒一人と俺の3人になった。
プレゼンを書いた白板を痕跡多めに消していると、男子生徒が楽し気に話かけて来た。
「首の皮一枚繋がったな、千年」
「もっとマシな表現ないんですか、副部長殿」
俺は精一杯の嫌味を返す。
短髪で大柄な彼は、大仏のような細い目を、更に細めてニッと笑う。
「じゃあ絞首台一歩手前の千年」
「やっぱ首の皮一枚の千年でいいです…」
さっきから首つながりで呼んでいるが、もう少しで部をクビになるとでもいいたいのだろうかこの人は。
俺たちのやり取りを聞いていたのか、部室にいるもう一人の女生徒が笑っている。
「もっとうまくやればいいんだ。あいつの好きそうな原稿くらい書けるだろう」
「無理ですよ。あんな新聞の社説みたいなの書けるのは部長だけです」
能力的にも知識的にも逆立ちしたって手が届かない。
昨日部長から言われた『まとめサイトみたいな事は新聞ではありません』というのは、やり方が温いと言う指摘でもある。
新聞にだってまとめサイトのような特集記事はあるが、それだってWEBのようにふんだんにリソースを使い倒せる媒体と違って、紙面という物理的に文字数が限られた中で、如何に的確で無駄なく出来事に対して背景や注釈を加えた上で、しかも読者にとって読みやすいかを考えて作成されている。
その限られた世界での表現への挑戦は、俳句の様式美に似ているとさえ思う。
「あれでもう少し配慮ができたらいいが、人間完璧な奴ってのはいないからな。あいつはStrength全振りだよな」
ステ振りって難しいよな、と短髪を豪快にガシガシかきながらゲーム脳的発言をする副部長。
気遣いや言葉の足りない昭和の頑固おやじみたいな部長を、彼はこうして部員に噛み砕いて教えたり、慰めたりしてフォローしてくれる、新聞部には欠かせない存在だった。精神的支柱と言ってもいい。
部長の叱責により泣き出してしまった女子部員のフォローをこの人がしていなければ、結構な数の人間が辞めていた違いない。
「何でいつもあんなにカリカリしてんですかね」
「先生方から期待かけられてるし、受験の合間を縫ってやってるから余裕がないんだろうな。俺みたいなAO入試のいい加減な奴と違って真面目だから。昔に比べればあれでも大分マシになったんだぜ」
昔は切れると手が出てたから、と恐ろしいことをさらりという。
「それじゃ自分が新聞に載っちゃうじゃないですか」
「いいな。紙面に空白が目立つ時はご出演頂くか」
ハハハ!と透き通った副部長の声が部室に響く。この人が言うときつい冗談でもそうこえないのは、人徳の為せる業だろうか、と常々思う。
「俺、副部長のメディア部門の方に今からでも行きたいんですけど」
「こっちはなあ、実験的な奴だからあんま人増やせんのよ。来年君たちの代になったら好きにしなさいよ」
「えー、副部長がいなきゃ面白くないじゃないですか」
「お前もそういう事言うの?うれしいねぇ。性転換して出直して来てくれる?」
お願いはこれが初めてではなかったが、相変わらず取り付く島もない。
メディア部門というのは、新聞社のWEBニュースサイトを真似てうちの部が作ったものである。
基本的には紙面と同じ内容を掲載しているのだが、紙に比べて自由度が高いので、その余裕がある分、流行りを取りいれ易くなっており、新聞部の中でも少し独自の路線を歩んでいた。その統括を担っているのがこの副部長だ。
最近はYOUTUBEにも独自のアカウントを作っており、特集動画やYOUTUBERのようなふざけた面白企画を色々やっており、再生数は物によっては100万を超えているものもある。
自分の書きたい記事も書けず、部長からネチネチいびられている鬱屈したサラリーマンのような日々を過ごしている俺からすれば、部が違うのかとさえ思うほど明るく、自由闊達な雰囲気が漂うメディア部門は酷く羨ましかった。
その雰囲気を作っているのは、偏に副部長の人柄である。
「また、仏像みたいなやつ作ってくださいよ」
「やらんよ。俺はあれで殺害予告されてから、再生数と心拍数をリンクさせる無益な事はしないって誓ったんだ」
「つまんないっすね」
俺は金の卵を生み出す鶏を食い殺してしまう、世界の狭量さを呪った。
こうして副部長は普段とぼけた顔をしているが、俺の知る限り彼はこの街一番のイカレポンチである。
彼は昨年、自分の大仏に似た見かけを利用し、体中を灰色に塗りたくって道端に並んでいる複数の仏像の一体に紛れ込み、丸一日かけて本物の仏像達とお賽銭の額を競うという不信心のチキンレースを行って、それを全世界に動画で流したのだった。
ちなみに競技の結果は27円で、八体中五位という微妙な結果ではあったが、副部長の『申し訳ない。全力を尽くしましたが私の不徳の致すところです。修業が足りませんでした』というコメントがまた仏っぽくて、息が止まりそうになるくらい笑ったのを覚えている。
きっとこの人は、いずれ人を笑わせすぎて呼吸困難で殺すと思った。警察に早く逮捕されてほしい。笑い死にでの殺人事件の立証は困難を極めるだろうが、裁判には必ず呼んでほしかった。きっと法廷での再現中に、彼はまたそのネタで新たに罪を重ねる筈だから。
他にも副部長は、初体験の時にコンドームがなくて余っている皮の先っぽを輪ゴムで硬く止めて挑もうとしたが、彼女にばれて未だに童貞、などといったパワーストーリーをまだまだ隠し持っている。
『ちゃんとゴム付けた?』
『つけたよ』
『つけてないじゃないの!』
の再現寸劇はえづいて吐き出しそうになるくらいに笑った。
エピソードを思い出して一人でまたニヤニヤしていると、気色の悪い物でもみたような顔をして俺を見ていた。
はたと思う。そういえば、副部長は黒電話の事を知っているのだろうか。
「一つ聞きたいんですけど、副部長って黒電話の噂話を知ってますか?」
「ああ、知ってるよ。ドラゴンボールみたいに願いを叶えてくれる電話が、この学校のどこかにあるんだろ?」
「大筋はあってますけど、それじゃ7台集めなきゃいけないですね」
ただでさえ神出鬼没だというのに、それでは黒電話レーダーの開発が急がれる。
「俺のクラスでは、願いごとが叶う以外にも、霊界に繋がって死んだ人と電話できるとかいろいろですよ。3年の間にも流れてるんですね。誰から聞いたか覚えてますか?」
「誰だったかなあ。悪いけど忘れちまったわ」
「そうですか…細部がちょっと違うから、俺の話と副部長の話のどちらがオリジナルに近いのか検証したかったんですけどね」
噂に尾ひれはつきものだが、記事にするならオリジナルになるべく近い情報を取らなければならない。
話の発祥が、実は『たまたま学校でみかけた黒電話がなくなったお祖母ちゃんの家にあったのとそっくりで、あれを使ってなくなったお祖母ちゃんとお話ができたらいいのになあ。ぽわわんぽわわん』みたいなほんわか話だったりすると目が当てられない。
噂話に限らず、取材をして情報源を突き止めていくと、往々にして、事実誤認や話を面白くする為の意図的な曲解に出会う事はよくあるのだ。
俺はノートを取り出し、先ほどの副部長の話も取材扱いとしてメモをしておく。
ついでに現行の大体のスケジュールを矢印を元に作ってみる。
締め切りまで一週間、水木金の三日間を取材に充てて土日は原稿作成、月曜見直し、火曜提出だ。やる気がでないとか、突発的なイベントが発生でもしようものならすぐに破綻しそうな綱渡りのスケジュール。
「そもそも取材三日間ってのが厳しいんだよな…」
一人愚痴る。この日数でまともな物ができるはずがない。これでは部長に怒られることは確定で、あとは如何にそれを最小限にできるかという消耗戦ではないか。
やる前からドッと疲れが出てきた。
「もう怒られた時の反省の練習でもしてるのか?」
楽しくない週末の予定に頭を垂れていると、副部長が野次を飛ばしてくる。
「取材に三日しかないんです」
「あぁ、そりゃきついなぁ」
自覚はしていたが、人に言われると尚更凹むものがあった。
そんな俺を見た副部長は気の毒に思ったのか、なにかを思いついたようにパチンと指を鳴らす。
「オカ研に話を聞いてみたらどうだ。餅は餅屋というし、こういう話を集めてるかもしれないぞ」
副部長のいうオカ研とは、オカルト研究部の略である。
「あれ?こういうのオカ研で扱ってるんですか?UFOとか宇宙人系だけだと思ってました」
昨年の文化祭の彼らの出し物は、古今東西のUFOのパネル展示だったと記憶している。
一緒に展示してあったUFO模型と1/1グレイフィギュアのクオリティは非常に高く、その熱の入れようから、他にはやっていないと勝手に思い込んでいた。
「何もUFOだけがオカルトじゃあるまい。あそこは不思議系なら何でもアリだよ。それに、最近2年の女子がお呪いとかスピリチュアルな恋愛相談もやってるってクラスの女子から聞いたぞ。噂話と言えば女子のテリトリーだ。そういう話も多く聞いているかもしれない」
「おお…」
副部長のネットワークの広さに感嘆のため息を漏らす。一筋の希望の光が見えてきた。
「副部長から後光が指して見えます」
「よせよ。でも寄進ならいつでも募集してるぜ」
27円しか集まらなかったのにこの生き仏はよく言うものだ。
それにしても、UFOとお呪いが両立するなんてすごい懐の深い部活だ。どう見ても水と油というか、交じり合いそうにないが大丈夫なのだろうか。
「でも取材ソースを部長は気にするからな。手伝ってもらうなら、こっそりした方がいいかもしれない」
「ああ、そうですね。そこは気を付けるようにします」
副部長の指摘通り、部長は『物を調べるのも勉強の内』と言って部員があからさまに楽をするのを嫌うのだった。
言ってることは御尤もだが、現状ではそんな余裕は俺にはない。
ああ、それとな、と副部長が頬をかきながら口を開く。
「気持ちはわかるけど、部長の事あんまり嫌わないでくれよな。あいつが色々と頑張って実績を作ってくれてるお陰で先生方の受けもいいから俺も自由に出来てるし、文科系の部の中でも比較的部費も優遇されている方なんだ。あいつの頑張りは本物だよ」
尊敬する先輩が嫌いな人を持ち上げるのは余り気持ちのよくないものだった。
返事をせず、無言でしかめっ面をしている俺を見て、副部長は苦笑しながら言葉を続ける。
「支えてくれとはいわないけどさ、もうちょっとだけ皆にはそこを汲んでほしいわけよ」
俺はこれ以上聞きたくなくて、わかりました、と小学生のようにふてくされながら返事をすると、荷物を纏めて部室を後にした。
携帯を見ると時刻は午後五時過ぎを示している。
少し遅いが、オカ研に人がまだいることを期待して部室棟の一番奥を目指して歩いて行った。
「ずるいよなぁ」
つい口に出してぼやいてしまう。
さっきまで、部長からの怒りをいかに減らす原稿を書くかしか考えていなかったが、副部長にああも見透かされ、その上発破までかけられてしまうと、頑張らざるを得ないではないか。