2. 人選の基準
「んー、この子はだめ。裏でタバコ吸ってるって話聞いたし。あ、この子は一年生だけど、中学から活躍してて実績あるから選んでも大丈夫だと思うよ」
ホームルーム前の朝の教室で、多治米が名前だけのドキュメンタリー製作用の候補者一覧を見て、一人ずつ的確な助言をしてくれる。俺は言われる端から、名前の横に『タバコ ×』など人物評を書き込んでいく。
「卓球部のこいつは、2年が最近やめて空白になってるから、一年だけど部長にあがるらしいぞ。部員獲得の為にアピールしたいだろうから、取材も部を上げて協力してくれると思うぜ」
明王院のこれまたナイスアドバイスを受け、『次期部長 ◎』とノートに書き込む。
同じような事を二人からして貰いながら数回繰り返し、俺は目標である11人の人物評を五分もかからず終わらせた。
「ありがとう。二人に聞いてやっぱ正解だったわ」
素直な感想だった。ある程度知ってればいいなくらいに思って聞いてみたが、まさか一人も取りこぼしなく人物評が出来てしまうとは、二人の交友範囲の広さには驚愕の一言である。スクールカースト上位のコミュ力おそるべし。
「でも水臭いじゃねえか。密着取材なら俺を書きゃいいのに」
バスケ部スタメンの明王院が言う。確かにスター性でいうなら適任なのは間違いない。
「悪いな。気持ちは有難いけど、サッカーとかバスケは皆内容知ってるし、アピールしなくても人が来るから今回の趣旨からは外れるんだ。できる事なら、俺だって楽なお前を特集したいよ」
それに、スポーツ系をメインに書いている部員がいるので、そいつを飛び越えて記事を書くのは正直部内関係上よろしくない。今回は部長命令だから許されるが、そいつとしては俺が運動部系の人間を特集の対象者として選ぶ場合、余り気分はよくないだろう。
「まあいいさ。機会があったら書いてくれよな」
恩着せがましくない感じで明王院が爽やかに引きさがる。流石スタープレイヤー、バスケだけでなく人との駆け引きは全般的に上手い。
「でも何だってこんなに人数調べてたんだ?全員分なんてとても書ききれないだろ」
「書ききれないからこそ厳選してたんでしょ?」
ね?と多治米が俺の返事を先回りするように訊いてくる。
「ああ、多治米の言う通りだよ。記事にした時内容じゃなくてその特集した人物について攻撃されたりすると厄介だから、先に知っときたかったんだ。タバコとか暴力沙汰とかはその最たるもんだね」
「なるほどな。噂だけでもそういうのがあると、審判や監督からプレイに対して変な先入観持たれていい評価貰えない時があるし、それと似たようなもんか」
やたらしみじみとした声で明王院がそういった。
「そういう事。記事見て貰いたいのに他で足を引っ張られるなんて堪ったもんじゃないよ。個人的には追ってる間にその人の醜聞を発見してスクープ!ってなるのもそれはそれで面白いと思うんだけど、うちは部の方針でそういうのはしないからな」
どちらかというと、醜聞の特集は新聞ではなく週刊誌のジャンルだ。
「あー、わかる。確かにあの部長さんならしなさそうよね」
多治米が部長の真似なのか、かけてもない眼鏡を指でクイッと上げる仕草をする。秒で人を馬鹿にできるこのセンス、他に活かせないものだろうか。
「決めたよ。まず卓球部の新涯君にしてみる。ダメだったら次点で書道部の熊野君だな」
俺はノートの二人の名前に二重丸をする。
卓球部の彼に決めたのは、一年で時期部長という明王院の一言だ。年下の方が根掘り葉掘り聞きやすい。書道部の彼は、県のなんたら賞に入選しているからだ。
自分としては中々のチョイスだと思ったのだが、しかし二人からの評価は散々だった。
「どっちに転んでもTHE・地味って感じ」
「同じく多治米に一票」
机に座る俺に対し、二人は左右から立ったままサラウンドで文句を言う。
「企画の趣旨からそうなんだからしょうがないだろ。そこを何とかするのが俺の腕の見せ所なんだよ!見てろよ!」
俺は憤慨した。これだから光の当たる所で生きている奴らは嫌なのだ。新聞部も割とギークよりなのは自覚しているだけに、他のマイナー部活達が責められると、我が事のように胸が痛む。
「はいはい。期待してますよ。手伝ったんだからマックで何か奢ってよね」
さり気無く聞き逃せない事を言ってくる多治米。
「ちょっと多治米さん流石にそれはなくないですか。今のはナゲットの付け合わせソース程度の働きだぞ」
「は?ソース様馬鹿にしてんの?一遍なしのナゲット食ってみなさいよパッサパサで食えたもんじゃないわよ?拷問やぞ?」
「しょうもないことで争うなみっともない…」
急に争いだした俺達に明王院が冷静な突っ込みを入れる。
「奢る奢らないの話は置いてだな。俺は千年には皆が気になってる噂の真相を探る、みたいなのをやってほしかったぜ。この間の黒電話みてえな奴だな」
「あ、私もそれわかるかも。個人でやるには噂話って集めるの大変なんだよね。できないことはないけど、時間がかかるし纏めなきゃいけなくてめんどくさいから、誰かがやってくれてその成果だけ欲しいなーって感じ」
「ふーん、なるほどね」
二人の話を聞いて、前回の黒電話の記事の反応が良かったのは、単に納涼というタイミングやその時流行ってたからというだけじゃなく、元々皆のそういった需要があったからなのかもしれないと思った。
YOUTUBERが屋台のクジの中にちゃんと大型景品が入っているのか検証する動画が世間に受けたりするのも、きっと同種の感情なのだろう。
「他にも、夏休みデビューした奴らは今どうなっているのか、とかを俺は見てみたい」
明王院には既に持ち込みたい企画があったらしい。
「何だそれ、どういうの?」
「例えば夏休み中に悪さを覚えて、休みが終わっても学校来なかったり退学する奴がいんだろ?今期だって何人かそれっぽいのがいるって噂だ。そいつらがどんなきっかけで道を踏み外して、今は何してるのかとか知りたくないか?」
「それって、取材は危険なんじゃないのか…?」
取材対象が暴走族とかヤの字に進んでいたら、まずコンタクトを取った瞬間から血を見る可能性がある。
「だろ。だから人にやって欲しいんだよ」
「俺も是非ともやって欲しい企画だな。自分以外の誰かにだけどさ」
ふへへ、と明王院と顔を合わせて笑いあう。考えることは同じゲスな俺たちだった。
「私も明王院のネタ気になるけど、新聞部ってそういうのダメなのかな?実は隣のクラスにずっと家に帰ってない子がいるから、元気なのかだけでも知りたいんだけど」
意外にも多治米がこの話に喰いつきを見せる。
「家出してる奴がいんのか?」
「うん、何時からなのかよくわかんないんだけどね」
明王院に比べて多治米の動機は大分マシだったが、期待に応えるには少し荷が勝ちすぎている。
「人捜しの類になると、流石にもう探偵の領域だよ。それにほんとにやばかったら警察に親が捜索願いを出してるって」
俺は余りこの話題に深い入りしたくなかったので、大したことないとばかりに適当な事を言う。
「かもな。男だったら友達の家に転がりこんで家帰らなくてもあんま問題にならないけど、女だと皆大騒ぎするよな」
「そうそう、それな。皆大袈裟なんだよ」
俺はこのままの流れを逃さまいと、話に乗ってきた明王院に更に合いの手を入れる。
「そうかなーそんな子じゃないと思うんだけど。連絡しても返信こないし、何してるんだろう」
能天気な男二人に対して、多治米は心配なのか浮かない顔のままだった。