1. 新たな指令
第二部開始です。これも一部と同じくらいの長さですが、完走までお付き合いして頂ければ幸いです。
月曜の放課後に開催される新聞部の定例会の後、部長に名指しで残るように言われた俺は、周りから『この人は何で怒られるんだろう』という同情の視線を浴びながら、部室に残った。
特段部長は人払いをしたわけでもないのに、とばっちりを食らうのが嫌なのか皆綺麗に捌けており、部室には部長と俺の二人きりになっている。
皆が出ていく間中怒られる理由を考えたが、これだと確信を持って言えるものがなかった。
そもそも身構えたとしても、思いがけない所から矢が飛んでくる事があるので、心当たりを探すのを諦めているとも言う。御白洲ではジタバタせず、神妙にした方が御代官様の心証もよいというものだ。
部長は部会の資料を纏め終えると、高校生とは思えない威厳のある咳ばらいをして、ようやく喋り始めた。
「この間の納涼企画の件、ネットの方ではかなりの閲覧数を稼いでて反響があったみたいね。ご苦労様」
「い、いえ。そんなことは」
意外にも褒め言葉から始まったので呆気にとられたが、上げて落とすというジェットコースターお説教の可能性もあったので、謙虚に振舞い様子を見る。
「意外と千年君は足で稼ぐやり方の方が好きだと思うんだけど、どうだろう」
「ええ、まあ資料を読んで論評書いたりするよりは、取材で色々聞き回っている方が性に合ってるとは思います」
「うん、私の思った通りだ」
自分の推測が当たって嬉しいのか、珍しく部長が微笑む。
入部して長い付き合いの筈なのに、そう言えばこうして顔を合わせて二人で話したことなんて余りなかったな、と思った。一方的なお説教だけはよくあったが。
「そこで、次はドキュメンタリーで一本書いてみないか。取材対象は学校の生徒、名前は出しても出さなくてもいい」
俺は得心した。なるほど、意味のない雑談などするはずもないと思っていたが、指令の出し方を変えただけだったか。
「NHKのプロフェッショナル仕事の流儀みたいなのをやれと?」
イメージを掴みづらかったので実在する番組で例えてみるとマッチしていたのか、そういう事だ、と部長が目を細めながら肯定する。
「実は前々から、知名度の余り高くない部の宣伝記事を書いてほしいという依頼はあったんだが、広告は活動の本分とは異なるので辞退していたんだ。提灯記事はつまらないからね。ただ、うちも他の部に協力して貰う事があるので、本音としては書くのは吝かではない。そこで折衷案として、部ではなく個人に焦点を当てたらどうだろう、と考えた」
「それでドキュメンタリー、ということですか」
大体の意図は読めたが、相変わらず真面目な人だ。
自分の信条を曲げない為に、それなりの理由を見つけてこないと彼女は動く事もできないのだろう。多分思い付きで行動することなんてないはずだ。それだけぶれない確固たる自分を持っている事が羨ましくもあったし、雁字搦めで窮屈そうにも見えて、俺にはとても真似できそうにない。
ともあれ、部長の申し出について考えてみる。
まず受けるかどうかについては、そもそも検討の余地がない。今日は機嫌がいいみたいだが、部長の機嫌は山の天気のように変わりやすいので、断ったらその瞬間に活火山のように噴火して、あの手この手で追いつめられてやらされる事になるに決まっている。そうなるくらいなら、二つ返事で了承した方がまだ心証はいい。
ドキュメンタリーという事は、密着取材だ。部活によっては練習が忙しくて取材どころではない、という所もままあるし、そもそも俺自体がそれについて回るのがしんどい。だがインドア系の部活なら比較的楽だろう。
せめてもの抵抗として、追う事になる部活くらいは自分で決めておきたい。
「わかりました。対象の部と人選は、ある程度任せていただけるんですよね?」
「ああ。部の候補は複数あるのでそれを選んでもらうが、人選は一任する。君との相性というのもあるだろうからね」
「…確かに、言われてみればそうですね」
明らかに性格が悪い奴や、女子に密着するのは流石に抵抗がある。また、マイナー過ぎる部活だと俺がその競技などを一から勉強する時間も必要になる。
「それじゃあ頼んだよ。誰に決めたかだけ教えてくれれば、後は期限を守った上で君のペースで進めていい」
「わかりました。早めに」
怒られることを覚悟していただけに、こうも会話に波風が立たないと、逆に物足りなさを覚えるくらいだった。
「それでですね。直々に俺を指名してやらせるってことは、何か裏があるんじゃないかと思うわけですよ、副部長」
どこに雲隠れしていたのか、計ったように部長と入れ違いで部室に戻ってきた暇そうな仏に、俺は先ほどの話をする。
「裏ってなんだよ。部長が千年は結構頑張り屋だって買ってたのは嘘じゃないぞ?」
「そんな口から出まかせを言うなんて見損ないましたよ。大丈夫ですか。幾らで買収されてるんですか。妻子を人質に取られてるんですね?」
まさか副部長まで抱き込んでいるとは、孤立無援とはこのことだ。
「お前は部長と俺をメキシカンマフィアか何かと勘違いしてないか」
「だって、今まで難癖つけてやらなかった企画を今このタイミングで俺にやらせる理由が何かあるはずじゃないですか。流石に馬鹿じゃないんだから、それぐらい勘ぐりますよ」
部長の話を聞いている最中おくびにも出さなかったが、企画の内容より一番突っ込みたいのはそこだった。何故このタイミングで、しかも俺なのか。怪しさ満点である。
「知りたい~?」
副部長はガード下で怪しげなグッズを売り捌いてる、昭和の露天商のような底意地の悪い顔でニタニタと笑っている。
「知りたくなかったら聞いてないですよ仏」
「だったな」
心底暇そうな副部長は大きなあくびをすると、結局俺の質問には答えず、腹が立つことに携帯を取り出してゲームを始める。
俺は肩透かしされてがっかりしていると、副部長がやおら口を開いた。
「次の部長が誰になるか知ってるか」
さりげない話し方のわりに、内容が重くてドキリとした。次期部長任命権は部長にあるものの、副部長もそれには絡むので、ここで名前が出れば、実質それはリークに等しい。
「福山じゃないんですか。部長のお気に入りの」
「まぁ、そうなるだろうな」
副部長があっさりと認める。
福山と言うのは2年の女子で、一言でいえば部長のファンだ。彼女の書く記事の文体も、普段の仕草も、全て部長を意識して似せている行き過ぎたフォロワーである。おまけに真面目で成績も優秀なので教師陣の受けも良いと来ている。微に入り細に入り部長に似ていて、だからこそ憎たらしい。
「俺はあいつ嫌いですね」
「俺も苦手だけど、そういうなって」
まあ、だからなんだよな、と副部長が二度三度右の濃い眉を親指で寝で付けて話を続ける。
「ああいう二世議員みたいな奴は腹芸が出来ないから、部長は福山の足りない所を補えそうなやつを探してんだよ。いや、育ててんのかな。福山は教師受けはいいだろうが、部長しか見てないから気持ちが内向きで他の部とのコネも弱いし、正直部を引っ張っていく力にはかける。奴さんには信念がないから、十中八九、いざ部長となったら部をうまく動かせんだろうな。必要なのは守破離だ。部長の影だけ追っていても、あいつにはなれんよ」
仏の見かけらしく、禅問答めいた事を副部長が言い出した。
「急に真面目な事言われると、日頃とのギャップに驚いて話が頭に入ってこないんですけど」
「お前なあ…真面目に答えたのに」
呆れさせてしまった。
仏の顔は三度までというが、この仏像ヒトモドキは一度くらいしか猶予がないらしい。
「分かってますよ。他の部に、福山以外の誰かが顔を売っておけばいいんでしょう」
「そういう事そういう事。千年もこないだの件で、色々知り合いが増えたんじゃないのか?オカ研の子とも仲良くなったんだろう。確か沼隈さんだったっけ。あの美人ちゃん」
地獄耳にもほどがある。どこで聞きつけたのだろう。
「よく知ってますね。でも仲良くって程じゃないですよ。あれ以来連絡とったりもしてないし」
行動パターンがまるきり違うのか、同じ学校だというのに目撃もしない。よもや学年が違うということはないから、本当に不思議なものだ。あっちは俺のクラスに来たというのに、よく考えたら俺は沼隈が何組なのかも知らなかった。
「勿体ないな。下心って意味じゃなく、友達は多いに越したことはないぞ。困ったときに助けてくれる人間なんて、そう多くはいない」
「御忠告有難く受け止めておきます」
副部長のいう事は尤もだったが、仲良くといっても何をすればいいのだろう。友達認定されてはいるが、彼女はそもそも人付き合い自体が苦手そうに見えるから、放っておいてあげるのが一番じゃないのかと思ったりもするのだが。
「何なら、今回のドキュメンタリーをオカ研のその子でやればいいじゃないか」
そんな事を考えていただけに、副部長の提案は最悪だった。
「副部長、それはゴミ収集車のゴミを圧縮する回転部分に頭から突っ込みに行くくらい無謀な行為ですよ」
「そうか?男の人気は取れると思うがな」
どこに隠していたのか、副部長はペットボトルのお茶とお菓子まで机に置いて、本格的に携帯でゲームをし始める。
先日の黒電話での一件以来、オカルト的な意味での沼隈への興味は確かにあったが、それは命に代えられるものではない。あれは俺達からすれば虎かライオンの類で、じゃれあうには些か危険が過ぎる相手だ。
そもそも、取材依頼なら黒電話の時に既に断られている。
副部長との謎解きも終わって胸のつっかえが取れた俺は、机にノートを広げ、ドキュメンタリーの人選を考える事にした。
部長は候補の部活の中からなら人選は好きにして良い、と言ってくれたものの、当たり前だが読む側の興味をそそる人間でなくてはならない。凡人の一日では誰も読まない。そんなものは、自分自身で普段から体験しているからだ。運動部系ならせめてスタメン、文化系ならどこぞに入選したとかそれなりの実績を持っているようなレベルの人間が欲しい。そう考えると、実際の所余り選択肢があるわけではない。
今の考えをノートに列記して、使えそうなものに〇をしていく。
「よし、ある程度どうすればいいのかはまとまったか」
部室に備え付けのPCを立ち上げると、新聞部のネット掲載記事のバックナンバーに対し、『大会』や『入賞』のキーワードを検索ボックスに入れる。卒業生は追えないので、日時は3年以内に絞って閲覧する。
「多いな。3年生は外しとくかな」
実際は3年生の方が実績がまとまっているので記事にしやすいのだが、受験勉強をしてて密着し辛いのと、部活動的には実質引退している人が多いので、幾ら凄くても過去の人では現状紹介にそぐわなくなってしまう。
俺はある程度目星をつけた人間の記事リンクを自分のSNSアカウントに送ると、携帯の方でもうまく送られているかを確認した後、PCを消した。
今選んだ人物の人となりについては、明日彼らに聞いてみよう。




