秘密
三部作の第一弾です。
秘密
私には誰にも言えない秘密がある。
私は美樹を殺した。
仕方なかった。そう、仕方なかった。と言う言い訳が通用しない事くらい判ってる。
一生この罪を背追って行かなければならない。
そして、美樹に一生恨み続けられるのかもしれない…。
私は後ろを振り向く事が出来ない。
何故ならそれは……。
美樹がずっとこちらを見ているからだ。
ごめんね…もう許して…
何も言わずジッとこちらをみている。何度言っても美樹は私の後ろに立っていてる。
相当私を恨んでいるのだろう…。
私は唇を噛み締めて何事もない振りをする。
しかし気になってしょうがない…。
”もうやめて…もう許して… ”
苦しくて辛い…こんな風に生き残るのなら…あたしが死ねば良かった。
あの日、もしもあのバスに乗っていなれれば、こんな事にならなかった。
悔やんでも仕方ない…でも、もしもあのバスにさえ乗っていなければ…もしも急がず一本バスを遅らせていたのなら…もしも部活帰りに海が見たいなんて言わなければ…美樹も死なずに済んだのに…私も美樹を殺さずに済んだのに…
どうしてこうなっちゃったのかな…本当に、あたし…美樹が大好きだったんだよ。
パニックだったの。
だけど最後に見た美樹の目が忘れられないよ…え?なんで?どうして?って言う美樹の目が…。
あの時の事、今でも鮮明に覚えてる。
8/30日(土)午後4時50分のバス。
私と美樹は夏休みの部活帰り、海でも見に行こうよ!と言って部活帰り寄り道をする事にした。
4時半に部活は終わり、急いで着替えた後、走って学校を出て4時50分着のバスに乗り込んだ。
その時バスの中は運転手を含め私たちとサラリーマンぽい男、カップルらしき人達が二組、おじいちゃんとおばあちゃん達が4人いた。計12人。
普段と何一つ、変わらない風景。
バスに揺られる事5分くらい。美樹は口を開いた。
「あのね、恵に話があるんだ。んーなんて言うかな…報告みたいなもんなんだけど…」
含み笑いで少し照れた様にはにかんで私を見つめた。
私は気になって美樹に尋ねた。
「何?何?超気になるから。言って!」
私の言葉に美樹は ”ウン ”っと言った。
「2年4組の阿部孝道君の事私好きなんだ。ずっと前から好きだったの…でもね、恵ちやん、あたしね…」
衝撃的だった。
前々から美樹に好きな人がいる事は知っていたけど…まさか私も好きな阿部君を好きだなんて…
動揺が隠し切れなかった。
私も阿部君が好きなの…なんて今さら言えない。だからといって告白しちゃいなよ。なんて事も言えない。どうしよう…迷っていた。
「美樹あのね…あたし…あたしも…」
その時だった。
運転手の後ろに座っていたサラリーマン風の男がゆっくりと立ち上がりなにやら運転手に話掛けていた。
「無理ですよ…」
運転手の小さな声が聞こえたかと思うとサラリーマン風の男は声を荒げた。
「うるせんだよ。いいから言う通りにしろよ!!」
乗客は何があったのかと前の席を覗き込む。
サラリーマン風の男は運転手にナイフを突きつけている。
”キャアァァァァ!”
叫び声がした。すぐ近くにいたカップルの女性が叫び出した。
「し、静かにしろ。このバスは乗っ取った。お前ら持ってる携帯電話を通路に置け。妙なマネしたらぶっ殺すぞ!!」
興奮した様子で男はナイフを振り回していた。
それから背広のボタンを開けた。
スーツの中には爆弾を仕込んでいた。
「何よあれ。」
また、さっきの女の人が言った。
「俺の人生、いい事なんて何一つなかった。彼女なんて出来た事もねぇし職にも就けねぇ…面接官は言ったよ。君には協調性がないんだよ。ってな。何度面接受けてもダメだったよ…諦めかけてたその時一社だけ俺を採用したんだ。」
その男はボロボロ泣きながら話した。
「頑張ろうと思ったさ!一生懸命やるつもりだったのによ…入社前の健康診断で癌が見つかってよ…若いから進行が早いから、もう手遅れだってよ…そんなことってあるか?」
錯乱状態の男は泣きながらナイフを振りかざし、持っていたスーツケースを開けた。
中にはダイナマイトがギッシリ入っていた。
「一人で死ぬくらいなら、お前らも巻き沿いにしてやる!!」
「いやよ。死にたくないわ!死ぬなら一人で死になさいよ。」
派手な格好をした若い女が叫ぶとヤクザの様な男が女をなだめた。
「落ち着け美弥子。」
「だってこのままじゃ私たち殺されるわ。」
泣き出した女に男は、いいから…と言って肩を掴んだ。
もう一組のカップルは手を握り合いジッと犯人の男を見ていた。
年老いた人達は身を寄せ合い震えていた。
「いい事なんて何一つなかった。一人で死ぬなんてごめんだ。」
乗客は必死になって何とか止めさせようと説得した。
「周りを巻き込んで、傷付けて、残された家族や友人を苦しませて何になる?君は一人じゃないし、まだ死ぬかどうかなんて判らないじゃないか!奇跡が起こるかも知れない。だから、生きるんだ。」
勇敢な男性はそう言って彼の前に立ちふさがった。
バリンっとガラスが割れる音がした。
だが、錯乱状態の男は何が起こっても動じない。
「うるせい!!お前には判るか!彼女もいて、健康なお前に何がわかる!!」
男は止めようとした男性を突き飛ばした。
「憲二、大丈夫?」
彼女らしき女の人が彼に駆けつけ様としたその時…
「皆で死のうぜ。一人よりいいだろ」
男はそう言って爆薬に火をつけた。
一瞬だった。
誰も止める事なんて出来なかった。
ドカーン!!!!!!!!!!
大きな音と共に熱い光が体中を包み込む吹き飛ばされた私達はなにが起こったのかわからなかった。
……よく覚えていないが凄まじい音と共に乗客全員が吹き飛ばされた。
何分?…何時間経ったのだろう…
自分に起きている状況が掴めないでいた。
バスは爆発の衝撃で、ひっくり返り運転席側の前方は溶ける様に焼け爛れている。
真っ二つだった。
私と美樹の運命の様に…
後方は屋根が外れた状態でまるで上から何かに押し潰された様に小さくなっている。通常のバスの半分以下だった。
バスの天井は倒れた私達の目の前にあった。
ビニールと鉄が焼けた様な臭いと煙が充満している。
体が重い…動けない…暗い…暫く目を開ける事が出来なかった。聞こえてくるのは消防車と救急車のサイレンの音。誰かが誰かを呼びかける悲痛な叫び声。私は必死で目を開けた。
私達はバスの隙間に体が挟まって体を動かす事が出来なかった。
意識も朦朧としていたせいか聞こえてくる声は水の中にいるように聞こえた。
レスキュー隊の声がする…
「おーい。そっちは?」
「誰もいません。」
「乗客は全部で10人?」
「えーっと、詳しい情報がまだ…」
レスキュー隊の声に、ハッとした。
乗客は12人。私と美樹がまだ取り残されている。
私達はまだバスの中にいる!!
伝いたくても声が出ない。必死で絞り出そうとするが蚊の鳴く様な頼りない声がレスキュー隊に届かない。
どうしたら…
その時、美樹は足を動かしトントンとバスの潰れて落ちてきている車体を蹴飛ばした。
トントン…トン
最後の力を振り絞り、辛うじて動かす事の出来た左脚で蹴飛ばした。
レスキュー隊は、その微かな音に気がついた。
「何の音だ?」
「あっ!人だ。まだ中に人がいるぞ!!」
気が付いてくれた。ホッとした時、レスキュー隊の声に耳を疑った。
「まだ中に一人いるぞ。これで最後だ。」
一人!?いや、違う。私もいる!!
必死でレスキュー隊を探す。
ペシャンコに潰れた扉の隙間から、レスキュー隊の手が入ってきた。
手探りで左右に動く手。
「おい。大丈夫か?俺の手、掴めるか??意識はあるのか?」
叫ぶ声がして美樹がゆっくり体勢を変えようとしていた。レスキュー隊の手の先に美樹の足があった。
待って!!
私もここに居る!!声にならない言葉で頭がいっぱいだった。
待って!!
私は咄嗟にレスキュー隊の方へ、手を伸ばした。
!!!!!!
美樹の手を掴むはずだったレスキュー隊の手は私を掴んだ。
「よし。今引き上げる。」
力強く暖かな手がバスから私の体を引き上げた。
その時、引き上げられている私の目は美樹を捉えていた。
キョトンと不思議な顔で私を見つめる。
何が起こったのか判らないと言った表情だ。
「ま…だ…中に……」
私の声にレスキュー隊は耳を傾けた。
「何ですか?」
その時、小さな火の粉がエンジンに引火したらしく再びバスは爆発した。
「…………」
美樹は死んだ。
炎に包まれたバスを目の前に私は担架に乗せられた。
救急車はドアを開けて待っている。
「……美…樹…」
声にならない言葉はレスキュー隊も救急隊の気が付かない。
そのまま救急車は走り出した。
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気が付くと私はベットの上にいた。
目が覚めると目の前に母の顔があり父の腕を引っ張り、口を押さえて泣いた。
「お父さん!!恵が目を覚ましたわ!」
喜ぶ母の顔が目に入って私も思わず涙が出た。
色んな感情が胸を締め付けた。
「美樹は…?」
恐る恐る母に尋ねた。
「…………」
無言で首を振った。
再び泣き出した私を母は強く抱きしめた。
全身何箇所もの火傷、すり傷、吹き飛ばせれた衝撃で折れた足。
私の動けない日々は三ヶ月続いた。
それから、大分回復して来た頃、リハビリを行う事になった。ベットから起き上がるのかやっと…相当筋力が衰えていた。
あの時、私が美樹を殺した。死ぬのは私だった。
そんな想いが頭から離れない。
毎晩の様に魘されていた。
「ごめんね…ごめんね美樹…」
いつからだろう…美樹が後ろにいると気がついたのは……
いつからか、美樹はジッと私を見つめていた。
何も言う事も私に危害を加える事もなくジッと見ている。
何か言ってよ…罵って罵倒して恨んでるって言って。
いっそ、その方が楽だ。
後ろにいるのは気配で感じる。美樹…私をそっちに連れて行く?
いいよ。それでも…美樹が望むなら、美樹の所へ行くよ。
美樹が居ない毎日は苦痛と絶望しかないもん。
ねぇ美樹…何とか言って。
心の中でつぶやく。
後ろにいる事は判っていても目を見て話せなかった。
……メグ、コッチムイテ…
美樹の声が聞こえた様な気がした。
錯覚だ。きっと何かの錯覚…。
私は震える体をギュッと握りしめた。
………メグ、コッチムイテヨ……
耳元から聞こえて来る哀しい哀しい声…聞き覚えのあるこの声は美樹の声だ。
涙が流れた。
私は振り向く事が出来ない。冷たい目で睨みつけられるのが、たまらなく怖いからだ。
…メグ…オネ…ガイ…
耳を塞ぎたい気分だった。足がガクガクして立っているのがやっとだった。
けれど私は美樹から受けるどんな制裁も受けようと思った。
目をギュッと閉じたまま、ゆっくり振りかえる。
…メグ…アノ…トキ…メグニ…アベクンノ…コト…ハナシタトキ…アタシ…ネ…イオウト…オモッタノ…
え!?
驚いて反射的に目を開けた。そこにいた美樹は真っ黒焦げになった、黒い影の様な姿だった。
怖くて震えていたが、不思議な程優しい声の美樹に怖さが吹き飛んだ。
私を罵るでも恨みでもなく美樹が最初に言った事は阿部君の事だった。
シヌマ…エニ…イイ…カケタ…アノ…トキノ…ア…ベクンノ…コト…ズットスキ…ダッタノ…
判ってるよ…判ってる。頭を上下に振り、ウン、ウンと頷いた。
デモネ…アタ…シハ…メグガ…アベク…ンヲ…スキダッタノ…シッテタカ…ラ…ユズルヨ…ッテ…イイタ…カッタンダ…。
!!!!!!!!
「美樹…」
私は床に崩れ落ちた。
アタシ…スグ…カオニ…デチャウタイプダ…カラ…メグガ…キガツイ…タラ…アベクン…ノコト…アキラメ…チャウンジャ…ナイカッテ…オモッテ…
愚かな自分に悔しくて仕方なかった。
「ごめんね…美樹…あたし、あなたを…」
言いかけた時、美樹が優しく微笑んだ気がした。
チガウヨ…メグノセイ…ジャナイ…アノトキ…ワタシハ…テモツカエタンダ…ワザト…アシデケトバシタノ…アシモトニ…イタメグヲ…ハヤクタス…ケテ…アゲタクテ…
私は顔を上げられずにいた。
美樹の言葉が胸を締め付けた。あぁなんて私は最低な人間なのだろう。自分の事しか考えていなかった。
美樹は私を助けてくれたのに、私は自分が生きようと美樹を裏切ろうとしたのに……。
涙は止まらず後悔と惨めさと自分の愚かさに腹がたった。
ポタポタと流れ落ちる涙は小さな水溜りの様になっていた。
ダカラ…メグハ…アベクン…ニ…コクハク…シナネ…スキダッテ…ツタエナネ…ソシテ…
ワタシノ…ブンマデ…シアワセニ……イキテ…
美樹の顔は見れなかった。涙が止まらずひたすら流れ出す涙を拭っていた。
ふっと顔を上げた時、すでに美樹の姿はなかった。
「美樹ー!!!!!!!!」
この声は美樹に届いているのだろうか…何度謝っても、どんなに後悔しても時間は逆戻りしないけど…未来は…
美樹の命の変わりにある私の命。
大切に…大切に…。必ず幸せになるよ。美樹
私は自分の体を抱きしめるように両腕を強く掴んだ。
「ありがとう…美樹。」
今回は恋心と友情をテーマにしました。次回二話目も読んでいただけたら嬉しいです。