その3
「……ったく、いつまで掛かってんだよ。アンケート読むくらいで。明日までに間に合うのか? だめだったら……」
頭の後ろ手を組んでいる関口は、やや声が上づっている。
「うるさい。それより、何故あんたがここにいるのよ」
眉を吊り上げて、再び関口を睨み返した。
「そ、それはだな……」
怒っている顔でも、見つめる視線に耐えられず、男は言葉に詰まる。
「卑怯者」
「はあ? 何故、そうなるんだよ」
少々顔を歪ませて関口は返した。
「見え見えなのよ、あんたは。人のこと馬鹿にしようと思って、待ち伏せていたんでしょ」
吊り上がった眉はそのままで、真っ赤な顔で口を尖らせる。
さすがに不服と思った関口は反論せざるを得ない。
「ば、馬鹿。おまえなあ。ちょっと仕事を任せすぎたかな、と思って様子を見に来ただけだ」
「馬鹿って、言った」
「お、おい、そんなことじゃなく」
一歩、関口は彼女に近寄った。璃緒は身構えて、細い指をそっくり返して指差す。
「やっぱり、あんた卑怯者」
「おまえ、俺の言ってること、全部聞いてるのか?」
関口は思わず、指差される右手首ごと掴んだ。
「何よ全部って」
「い、いや、だから、その」
至近距離ある顔を意識した途端に男は赤面し、そのまま直視を避けた。
「はっきり、言いなさいよ」
逆に璃緒は喧嘩越しで、更に眉を吊り上げ、槍のような視線を浴びせる。
「何でもない! トロい百瀬が、馬鹿だからな」
「やっぱり、馬鹿って言った!」
掴まれている手を、赤っかな顔で彼女は振り解こうと回した。
「ちょっと! もう、離してよ!」
突然、聞いたこともない金属音が、何処からともなく鳴り響いた。
「……離せ」
鈍色の重く長い剣が、関口の首元から胸前そして足元へ向かって延び、アスファルトに突き刺さっている。