その1
教室に滑り込んだ璃緒は、なんとか点呼までに間にあった。息を切らしながら、自分の席に着くと同時に、名前を呼ばれる。
「璃緒、今日もギリギリー」
背後の席から含み笑いをしたのは親友「本宮早紀」だ。璃緒は振り向くと舌を出す。
「いつになったら、璃緒が時間通りに来るかな」
「き、今日もちゃんと、間に合いましたよ」
奇妙な朝から始まったその日は、いつも通り授業が始まり、何事もなく終業時間を迎えた。
「やっと、今日も終了」
机に上半身を寝かせて、璃緒は息を吐く。
「璃緒、今日いつものとこ寄ってく?」
本を揃え、鞄に入れながら、早紀は尋ねた。
「寄る寄る」
疲れきっていた璃緒の顔は、途端に明るくなる。
「おい百瀬。今日の話し合いのこと忘れてないだろうな」
クラス委員長の「関口直哉」が、言い寄ってきた。
「ああ、えーと、何だっけ」
「あのなぁ、百瀬は実行委員なんだから、しっかりしろよ」
関口は腕組みして、ため息をつく。
「ご、ごめん。本当に、何だっけ」
璃緒は顔の前で両手を合わせ、頭を下げた。彼女にとって、関口は苦手なタイプのようだ。
「全く。夏期合宿の委員会だよ」
「ああ、思い出した! そう、それ!」
璃緒は関口に向けて、指を差す。顔を赤くする男は、慌ててそれを避けた。
「さ、3時半だから、遅れるなよ」
足早に立ち去る男を見つめる背後から、笑い声が聞こえてきた。
「関口って、オモシローい。て言うか、璃緒も結構ボケすぎだよね」
「何よそれ、早紀」
璃緒は、早紀を睨みつける。彼女は大声にならないように、口を押さえている。
「何でもない、ない。けど、本当に忘れてたの」
「ま、まあ……」
「ヤッパリー、でしょ」
早紀は璃緒が先ほど関口にしたように指差した。璃緒は人差しを掴んで、無理に降ろす。
「違うって。今日の朝、変なことがあって」
「変なこと?」
掴まれている人差し指を、絡めて手のひらに包み込んで、早紀は身を乗り出した。
「今日の色んな、失敗の言い訳聞いてくれる?」
「失敗って、いつもじゃ……」
璃緒の真剣な眼差しに、さすがの早紀も押し黙る。
「う、うん。聞く、聞く」
彼女は手を引いて机に招き、座られて体制を整えた。
「あのね、私……」
「うん」
「宇宙で生まれた、姫らしいの」
窓の外からグランドで部活している野球部の声が、聞こえていた。近くで教室に居残っている生徒たちが、他愛もない話をして大笑いしている。廊下を2人の男子が走り抜けて行った。
「え、えっと……、ヒメ?」
早紀は絡んでいる両手から、ひょこと右人差し指を立てて璃緒に向ける。
「そうなの」
「宇宙生まれ?」
彼女は次に左手で差した。
「うん」
璃緒の頷きとともに早紀は両手を解いて、一旦腕を組む。少し考え込んだ後、おもむろに手掌を璃緒の額に当てた。
「璃緒ちゃん、お熱ないかな」
「やっぱり、おかしなこと、言ってる?」
璃緒は早紀の手を額に残したまま、呟く。
「まあ、一般的には」
「そう、だよね」
神妙な表情の璃緒は、未だ額に手を当てられたままひとりごちした。
「でも、宇宙生まれの璃緒でも、私はわかるかも」
早紀はクスリと笑う。
「それ、褒めてるの」
璃緒は馬鹿な話をしたと、少し後悔した。