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朝起きたら、宇宙征服者の姫になってた!  作者: 七月 夏喜
プロローグ
2/87

プロローグ2

 静寂をやぶるように、けたたましく電波時計のアラームが鳴り始める。

 布団から伸び出た細く健康的な手が、アラームを消そうと空を彷徨った。しかしその手が時計のスイッチに届く前に停止する。仕事を成し遂げられなかった手が、固まって静止した。しかもその手は時計を触るどころか、逆に力強い手掌に掴まれる。


「姫、おはようございます」


 璃緒が、いつも様にベッドで目覚めたら、そばに見知らぬ男が直立していた。

 手を放した男は一度咳払いをして、黒く質の良い革ブーツで踵を鳴らし、そのままフローリングに跪く。ライトウェーブの蒼い髪とともに深く頭を垂れた。


 ベッドに横たわったままの璃緒は、その行動を虚ろな半目で見つめている。その男から視線をずらし、机の上を確認した。一昨日から抱え込んでいた試験勉強の本の山々が、璃緒を二度寝ヘ誘う。再び瞳が閉じようとした。


 えーと。今……、何か、そこに、いたような……、気がするけど……。ああ、そうそう最近、はまってる……、に出てくるオンラインゲームの……敵……。


 彼女は微睡みながら、自問自答する。

 ここは何処で、何を自分はしているのか。あれこれ考えるうちに、頭が次第に冴えてきた。今さっきの場面を認知する。彼女は半開きになっていた口をしっかり閉じ、そのまま再び大きな瞳を見開いた。


「姫。お目覚めのお時間です」


 眼光鋭い男の顔が、璃緒を正面から見据えている。


「な」


 あり得ない光景に、ようやく引き吊った声を上げた。


「だ、だれ?」


 彼女は薄い羽布団を盾にして、必死の抵抗を試みた。


「誠に、良いご質問です」


 人指し指を立て強面の顔が、およそこれまで一度もやったことのないような、引き攣った口元を見せる。男は頷く。


「ひっ、ご、強盗」


「違います。私は、辺境戦闘区間第一番艦隊戦闘指揮官を命ぜられています、アイザム・コゴ・リュークと申します」


 紅色服に身を包んだ骨太の長身に、胸に煌びやかな勲章の数々を提げている。真っ直ぐに見つめる青色の瞳はやや吊り上がり、高い鼻、面長な顔立ちの男は、口を真一文字に閉じて目を伏せた。軽く鼻息が鳴る。


「決して、姫の寝姿を見に来たわけではありません。王の勅命に従い、この太陽系外宇宙から参上致しました」


「たいよう、けい」


 もともと理科系に苦手な璃緒の体は、半分逃げる方向に仰け反っている。


「リオン姫、……ここでは、璃緒姫でしたね。私の話を少し、落ち着いて聞いて下さいませんか」


「リオン姫?」


 端正な顔立ちだが、額に刻まれた傷口から発する言葉が、只ならぬ男の様子を醸し出していることに、璃緒は狼狽えた。

 次第にベッドの端まで下がり、壁に体を張り付ける。


 男は姿勢を改め躓き、その名を告げた。


「畏れ多い姫の名は、『ザベリン・ミリディア・ア・リオン』でございます」


 男は目を伏せ、再び、深々と頭を垂れる。端正な顔立ちの中に、額に刻まれた深く古い傷跡がチラついた。


「は?」


「姫は、全宇宙の王位継承者、ザベリン家一族の末裔。サべリン・ミリディア・ア・ゴベラ王とユリア王妃の実子でございます」


 朝の天気は、昨日と全く変わらない。窓の外では、初夏を楽しむ小鳥たちがさえずりあっていた。

 しかし窓を隔ててここでは、璃緒の日々の日常を崩す、不可解な話が進んでいる。


「王は、大層、姫の安否を案じられて居られ、姫のお帰りを、一日千秋の思いで待っておられます」


 ヘビに睨まれたカエルのように、暫しの沈黙が続いた後、璃緒が口を開ける。


「え、……と」


「もう半月で、17回目の生誕をお向かえになると心得ます」


「なぜ、この人が、誕生日を知ってる」


 璃緒の眼球が右往左往して、視点が定まらない。


「さぞかし不審に思われていることでしょう。私たちがこの辺境の惑星、そう『地球』に来た時、姫は赤子でした」


「へんきょうのわくせい? ちきゅう? 私たちって?」


 男は事を正すように、再び大きな咳払いをした。


「姫が御存じならぬのも、仕方ありません。少しばかり、話が唐突すぎましたな」


 混乱と困惑の表情を見てとった男は、ひとりごちした。


「申し訳ありません。姫、順を追って、説明しま……」


 男の顔に大きな抱き枕が、視界と言葉を遮る。それが脱出への合図だったかのように彼女は立ち上がり、扉を開けて部屋から飛び出た。


「ひ、姫、お待ちを!」


 璃緒の母親は、階段を駆け降りる騒音に気づいて振り返る。


「おはよう、璃緒。どうゆうことか、今日は一人で起きてきたのね。珍しく」


 母親の『百瀬君子』は、驚いたようだった。


「お母さん! 変な人が私の部屋にいるの、警察呼んで!」


「はいはい、何だかわからないけど、朝から警察とは穏やかじゃないわね」


 璃緒の顔を見ずに、君子は目玉焼きとベーコンを皿に盛る。


「それに、格好が、オンラインゲームの、今でも戦争しかけそうな感じの軍人で。そいつが私の事を、『姫』って言うの。私って、寝ぼけてる!?」


 暫し、彼女は璃緒の顔を見つめた。


「今、ここって、夢の中?」


「ここは現実よ。あなたは、確かに起きてますよ」


 璃緒の紅潮している頬を、君子はつねる。


「朝から騒々しいな。璃緒。おまえが起きてきたとは、今日は雨か」


 新聞を広げながら、父親の『百瀬光太郎』も呆れた表情だ。


「失礼ね。まあ、正確には起きたんじゃなく、起きざるを得なかったんだけれど」


「一体誰がいるんだい?」


「知らない宇宙からの、騎士か軍人とか……」


 光太郎は、お茶を吹き出す。


「うむ。起きたのは、やっぱり何処か具合でも悪いんじゃないのか」


「そうじゃなくて。私の部屋にいるんだって。お父さん行って見てよ、本当に居るから!」


 君子は璃緒の頭を軽く叩いた。


「今日こそは、遅刻しないでね。早く顔洗って」


「それよりもお母さん警察よ、警察! ヤバイって!」


 璃緒は、洗面所に向かう。


 彼女の姿が消えた後、テレビには速報テロップが流れていた。


ー『昨晩未明、謎の隕石が、X県の山中に落ちた模様。放射線レベルは、人体に影響なしと報告……』ー




 光太郎は湯呑みを持ったまま、じっとそれを見つめている。背後に君子も佇んでいた。

 二階から軋んだ音が聞こえる。人影が、ゆっくりと階段を降りて来た。


「百瀬光太郎殿、お久しぶりです」


 長身の姿を見ると、光太郎は少し驚いた表情になる。赤い軍服の長身の男は、探々と頭を下げた。


「リュークさん?」


「はい。ここには17年ぶりです」


 顔を挙げた頭に照明器具が当たると、男は少々気恥ずかしい顔をした。

 振りかぶった光太郎はしげしげと見直す。


「これまた、立派になられた」


「いえ、相変わらず戦火の中でもがいております。歳だけは随分とりました」



「しかも立派になられているようですね。でも靴は脱いで下さらないと」


 足元を見て君子は眉間に皺を寄せ、怪訝さと愛想を振り撒いた。


「君子殿。これは、失礼した。姫の部屋に直接転送した次第でして」


「リュークさん。あなた、お一人なの」


 男は少し戸惑いの表情を浮かべたが、悟られないほど顔の歪みだった。


「ええ。王妃も大佐もここに足を運ぶことは叶いませんでした」


 君子は静かに頷く。


「今回は、ゆっくりできるの?」


「状況的には、一刻も早く立たねばなりませんが」



 光太郎はリュークに問いかけた。


「あれは、もうそんな歳になりましたか」


 そして男は真摯に向き直る。


「王からの命により、お伝えいたします。リオン姫へ、母星『エクティーヌ』へ還る時が満ちて参りました」


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