その1
その日はまたしても変な出来事から始まった。教諭の後に教室に入って来た転校生は、自己紹介を始める。
「今日からお世話になります。一ノ瀬カオスと言います。よろしくお願いいたします」
後席の早紀が、定規で背中を突いた。
「ねえ、彼、凄く格好良くない?」
振り返ると彼女の目が輝いている。
「ま、まあ……、ね」
反対に璃緒は、引き吊った顔で答えた。
壇上の美形男子は緑の髪に、モスグリーンの瞳が印象的な、どちらかというと、アンユュイな雰囲気だ。
璃緒はカオスがこんな格好だったか、暫し首を捻る。
「僕がここに来たのは、姫をお守りするためです」
女子全員が驚嘆の声を上げたのは、言うまでもない。
「姫だってぇ!」
早紀もため息をついた。
「あの彼なら、言われてみたい」
彼女は恍惚の表情だ。璃緒はその顔を見ながら「姫って、結構大変なんだけれど」と言いたげた。
「そう言えば璃緒。昨日、姫のこと話してなかったっけ?」
「う〜ん、そうだったかな」
とぼけながら、彼女は昨日と今日はかなり事情が違うことに戸惑いを覚えている。
女子の熱い視線とは裏腹に、男子は苛ついた顔をしていた。ただ関口だけは、両脚が震えて机を鳴らしている。カオスは璃緒をちらりと見て前の着座した。
昼休み、屋上に璃緒とカオスはいた。仁王立ちになっている璃緒はカオスを睨みながら問答する。
「どうして、ここに入れたのよ。宇宙人のあなたが」
「少し、ここの方々に協力していただきました」
「あなた、心操ったでしょ」
カオスは柔和に微笑んだ。その悪気のない表情に、困った顔を璃緒はする。宇宙人がこの学校に紛れ込んでいるのだ。
すると宇宙人はその前で深々と躓いた。
「ちょ、ちょっとカオス、やめてよ」
璃緒は慌ててその動きを止めさせる。
「しかし僕の役目は、姫から命じられています」
「わかった、わかったから。誰か見てたら、変なこと言われるから」
「姫のことを忌み嫌い、反撥する輩は、コントロールします」
「だから……」
璃緒は改めてカオスの忠誠心に勘念するとともに、あの時にスマホゲームの姫みたいなことを言ったことを後悔していた。
「宇宙人って、そんなに従うものなの?」
「違います。僕がこのようなことをするのはリオン姫が初めてです。そもそも僕は誰かに忠義をする前に、その者たちを意のままに支配していましたから」
暗黒の闇を持ち、その星を滅亡させることでその存在意義を確かめていたカオス。彼がその気になれば、地球人を滅ぼすことさえも、いとも容易く出来る能力を持っているとリュークに聞いていた。
「この学校の先生を騙して入学するくらいは、悪戯程度なのね……」
「僕はあの時、姫に心を救われました。その恩義は忘れることはできません。これまでのこと全てを償うことは出来ません。しかし、これからの僕は喪失ではなく、創っていきたい、役に立ちたいと思うのです。そしてそれは、姫をお守りすることから始まります」
満面の笑みを男は浮かべる。
「でも、この地球では私は姫でも何でもないし、あなたに賞賛されるようなことなんて何もない。偉くともなんともないの。普通の学生、高校生、平凡な一般市民なの」
だがカオスは半分、朝のように円らな瞳で見つめ返した。
「とにかく、姫という言葉は禁止よ」
璃緒は咳払いをする。
「では何とお呼びすれば?」
「友達なんだから、璃緒でいい」
「友達……。恩義ある、仮にも一国の姫君をそのようにお呼びしてもいいのですか」
幾分納得のいかないカオスは不可解な顔をした。
「いいの。呼んでみて、カオス」
璃緒は笑みを浮かべる。
「り、りお……、璃緒、さん?」
「そう、そう。それでよし」
彼女は満足気に大きく頷いた。それでもカオスは首を小さく捻って、納得はしていない様子だ。
「いたー!」
背後から甲高い声が聞こえる。振り向くと、早紀が飛びついてきた。
「もう、何処行ったかと思ったら、二人でこんなところで逢い引きー?」
早紀は指で璃緒の体を何度も突く。
「ち、違うわよ!」
「僕は、璃緒さんと話していただけです」
カオスの返事を受けて、目を丸くした早紀が璃緒を羽交い締めする。
「何よ璃緒。名前で呼ばれるほど、いつそんな仲良しに、なったのよ!」
「ちょっと、これには……、深い訳が……」
早紀の締めが苦しくて、発声出来ない。
「一ノ瀬君。残念だけど、璃緒は関口君が面倒みてるの。あなたの出る幕はなさそうよ」
さすがに璃緒も早紀のこじつけに怒れてしまい、羽交い締めされている腕を無理に解いた。
「何で、そうなるのよ」
「だって、ほら。あそこ」
彼女が指さした方向に、関口が覗いている。彼は慌てて物陰に身を隠した。
「あいつ、何で隠れてこっちを窺ってんのよ!」
璃緒は仁王立ちする
「僕とリューク以外にも、忠誠を誓った者がいますか」
カオスは腕を組む。
「リューク? 忠誠を誓った者?」
何度か瞬きした早紀は、キョトンとした顔をして何か考え込んでいた。
「い、一ノ瀬君、もうお昼終わりだから、教室に行きましょう」
カオスに目配せする。
「わかりました。それでは、戻りましょう」
「ねえ、ちょっと、一ノ瀬君。さっきから気になってるんだけど、何故、璃緒に敬語なの?」
早紀は眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
「それは、私の、ひ……」
璃緒はカオスの前に立ちはだかり、言葉を遮る。
「全くカオス君はおしゃべりだねぇ」
ちょうど、午後授業のチャイムの了令が鳴り響いた。
「さあ、お昼が終わるよ。早紀行こう。そして関口も!」




