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朝起きたら、宇宙征服者の姫になってた!  作者: 七月 夏喜
第1話 征服者、光臨!
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その9

「何だと!!」


 廊下を走るリュークは信じられない報告に思わず驚いた。


「第九六ブロックが、開放されています」


 彼の耳元にはコントロールセンターからの声が絶えず流れている。


「護衛隊はどうした」


「そ、それが……」


 聞こえるクルーの声が震えている。

 リュークの嫌な予感は的中した。一刻も早く、救い出さなければならない。


 第九六ブロックの手前で、彼は目を見張る。

 重厚な隔壁が曲がって、持ち上がっていたからだ。

 その前に護衛隊が重なって倒れていた。抱き起こすと負傷はないが、目を見開いたまま流涎し、意識を失っていた。


 隔壁の奥から、唸る声が聞こえる。


「カオスが目覚めたか、奴は心を操る種族」


 リュークは、隔壁から中に入った。周囲には異常な程の静さに包まれている。

 あるべきはずの壁が開け放たれていた。リュークは腰の剣の柄に手を掛ける。


「……姫」


 薄暗い部屋の中に、彼は静かに足を忍ばせた。


「奴の手に、落ちたのか」


 微かな音を探す。リュークの研ぎ済まされた戦士としての勘が、より一層鋭くなっていた。心を操る者を感知した瞬間には剣を振るだけの意志を持っていなければ、命取りになることを知っている。


「心を操られたら艦隊全体も奴の思う壺になるだろう。過去、奴に何度崩壊されたことか」


 リュークの脳裏にカオスの非情な行為が思い出された。鞘を持つ手に汗が噴き出す。


「……姫は」


 薄暗いの中、足元にも注意しながら進む先に人影が浮かんだ。ゆらりとした影は近づいてくる。


「む」


 鞘を握りしめ、剣が出せるように身を構えた。


「姫、ご無事か」


 その返事の代わりに、男のうす笑いが聞こえる。


 リュークは躊躇いも無く剣を振り抜いた。しかし、それは揺らいだ影を二つに割くのみだ。


 影がはっきりと捉えられる。緑色の長髪、細身の小柄なカオスは不敵な笑いを浮かべていた。


 目の前のカオスに向けて再度剣先を立てる。


「いつまで、そのようなものを振り翳すつもりですか。僕に効き目がないことぐらい理解しているはずです」


 同時にリュークの頭に激痛が走った。額の傷が不格好な皺を作る。


「一度、あなたの頭の中身を見てみたいと思っていたんです。宇宙の偉大な戦士、『闘将リューク』が何を考えているのかを」


「ひ、姫を……、どうした」


 頭に手を押さえながらリュークは言葉を搾り出した。手元を確認し、剣を再び構える。


「……ひ、め」


 カオスは一瞬言葉に詰まらせた。


「なるほど、あの御仁は君らの姫君だったのですか……」


「おまえ、只事では済まさん」


 一歩、リュークは踏み出す。剣を大きく振り上げた。呼応するように睨みつける男は溜息をつく。


「それは無駄だと、何故わからないのですか」


 歯を立ててリュークは、もうひと太刀振り抜いた。

 その刃の軌跡にカオスはいるが、やはり掠めることすら出来ない。


「『闘将リューク』、どうしました。僕は逃げも隠れもしていませんよ」


「むうう」


 暗闇で手招きをするように、カオスはリュークの剣を翻弄する。


「姫を一体どうした」


「姫ねぇ……」


 つぶやくカオスはふらりふらりとリュークの攻撃を返す。


「君は気づきましたか、リューク。姫君は悩んでいましたよ」


「……悩んでいる」


「そう。君から宣言された自分の生い立ちと将来の問題について、戸惑っている。いいや。正直、困っていると言ったほうが正解です」


 リュークの振り回す剣のスピードが緩んでいく。


「実は君もわかっていますよね」


 カオスはリュークの動きの隙を伺っていた。


「姫君は、この惑星の住民たちから離れたくないし、愛しておられる。ましてやサベリン王の娘になぞなりたくもないと」


 剣先に影を切らせながら、カオスは愉快に微笑んでいる。遂にリュークの剣の動きが止まった。


「姫が……」


「考えてみて下さい。君たちの侵略大帝国の事など、今まで何事もなく暮らしていた姫君にとっては、全く関係のない、どうでもいいことなのです」


 口元を若干引き締めてカオスは訴える。


「君たちは、姫君の幸せを壊すつもりなのですか。そのような権利が君たちの何処にあると言うのですか」


 璃緒やその里親『百瀬家』を、こめかみに血管を浮かせながらリュークは思い起こした。


「姫君は、君に微笑みましたか。君は見ていないはずです」


 リュークの剣を持つ手と肩が脱力し、完全に垂れ下がる。



*****



「姫君は君たちにとって、一体何なのですか」


 刃先が床に触れ、力無い音が鳴った。


「姫……」


「全く馬鹿な人たちです」


 カオスの動きは早い。一瞬にリュークの胸元まで間合いを詰め、墜ちた剣を奪い取った。


「君は僕を殺すことができません。が、僕は十分にそれが出来る」


 カオスは剣をリュークの頚部まで振り上げる。男の喉元を掠って床に叩きつけられた。


「今、君は動揺し、困惑していますね。その頭の中を僕に見せてください。とても興味あるんです、特に君はね」


 不敵な表情を浮べるカオスは、背筋が凍るほど冷ややかだ。


「心配しなくても、大丈夫です。君の頭の中は、しっかり消去しておきますから」


「き、貴様!」


 眼光だけは衰えないリューク、しかし成す術はない。手足は意志とは無関係な強力な力で、押さえ込まれている。まるで緊縛されているようだった。


「君の脳内のコントロールは支配しています。自由などききません」


 カオスは剣を彼の喉元から離し、放り投げる。


「では、いいですか」


 カオスの人差し指がゆっくり、リュークの額に近づいた。


「君の艦隊を戴きます。代わりに僕が侵略して差しあげますよ。サベリンの名のもとに、劣星のこの地球をね」


 緑色の長い髪が靡き、細く白い顔が綻ぶ。指が額に付こうした刹那、それは止められた。

 

 指と額の間にもう一つ白い手掌が入り込んでいる。


「嘘つき」


 意外にもその手掌は透けてはいなかった。


「……姫君」


 その手掌に少しずつ白煙が立ち上る。カオスの邪悪な瞳が少し開いて、璃緒の顔を間近で見た。か細い指と白い肌に、焦げ付きながら赤い血が滲んでいる。


「僕に触れるのですね、姫君。意外です、この世にそんな生物がいたなんて。君の種族は元来出来ないはずですが」


 白煙とともに、血液が少しずつ流れ落ちていた。


「姫君も楽にしてあげますよ、これが終わったら」


「本当に、そんな気があるの」


 眉に皺を寄せて、璃緒は臆せずカオスを睨む。男の指に彼女の赤い血液が伝っていった。


「あ、あなた、また一人になるよ」


「何を馬鹿なことを」


 醜悪の眉が吊り上がる。


「あなたは何故、人の悩みを聞きたがるの。何故、誰かと話をしたいと思うの」


「それが僕の生きる術だからです。邪悪なことや、汚れ無きこと、生物から精神や心を毟り取り去ること。それが何よりも僕が欲していることなのです。これなしでは僕の存在意義はありません」


 カオスの指に力が集中した。璃緒は激痛に堪えて、男を凝視する。


「違う」


「何も違うことはありません。僕は姫君とて、容赦はしませんよ」


 首を横に大きく振った璃緒は、なおも問答する。


「答えて。何故、私の心を奪い取らなかったの。あなたには出来たはずよ」


「リュークを誘き出すには、あなたの存在が必要だっただけです。現にこうしてリュークは、僕に断念した」


 カオスは引き吊った笑いをする。


「もう……、ひ、姫……、私のことなぞ、お気にされるな。早くこの場から、お、お逃げ下さい」


 璃緒の手掌の後ろで、金縛りの状態のリュークは呟いた。


「しゃべれるの、リューク」


 リュークは苦痛の中、顔を歪ませて微笑む。


「ひ、姫……。は、初めてですね……、私の、名を呼んだ、のは」


 その気遣う男の言葉に、璃緒は少し口元を緩ませた。


「ふん。お別れの言葉はそれだけですか、姫。リュークの目の前で、先にあなたを引き裂いてあげます」


「や、め、ろ」


 リュークは渾身の力を入れたが、身体の自由はなおも効かない。



「大丈夫」


 カオスに向かって優しい瞳と屈託のない笑顔を璃緒は見せた。


「やせ我慢はそれくらいに……」


 カオスはやや焦ったように指に力を集中する。


「だってあなた、聞いてくれたじゃない、私の話」


「その理由はさっきも言ったはずです」


 男の視線が璃緒から外れた。


「リュークを誘き出すことが、目的だったかも知れない。でも、カオス、あなたは聞いてくれた。最後まで聞いてくれたよ。嘘じゃない、本当のこと」


「そ、それは……」


 潤む璃緒の瞳に釘付けになる。


「あの時は、どうしていいのか、わからなかった。何を信じればいいのか……。でもあなたは、そんな私に優しかった」


 カオスの刺している指に、璃緒の赤い血液が幾筋も作って流れ伝ってきた。そしてそれは手から床に滴り落ちる。


 その瞬間、邪悪な指が震えた。


「……ばかな」


「失うことが、生きている証なんて、面白くないよ」


 璃緒は歪んだ眉を精一杯戻しながら、微笑んだ。


「カオス、あなたは信じられる人がいなくて、寂しかったんだよ。だから、最後まで話を聞いていたんでしょ。少しの間だけでも、自分と一緒にいてくれる時間が欲しかった」


 凝視するその瞳は赤褐色から澄んだ赤色に変化し、その虹彩の奥の、果てしない深層が開かれていく。


「……す、吸い込まれる」


 邪悪な漆黒の闇が消え失せ、男の瞳に眩い光が戻った。


「僕が取り込まれて、いく。そんな……こと、ありえない。僕の心が開かれていく……」


 同時にカオスの指が璃緒の手掌から離れる。


「ぼ、僕は、触れたかったのです。触れて、感じたかったのです」


 カオスは両手を床に付け、そのまま躓いた。


「ぼ、僕は……、何も失わずに、生きていけるのですか」


 青白い煙が立ち上る。


「……大丈夫、私がいるよ。あなたは、失わない……」


 次の瞬間、璃緒の体は力無く崩れ落ちた。緊縛から抜け出たリュークが彼女を抱き止める。


「姫、姫!」


「声、大きい、聞こえてるから」


 薄く瞳を開けて、璃緒は眉間に皺を寄せる。リュークは軍服の袖を引き裂いて、璃緒の手に巻いた。


「い、痛いよ、リューク」


「いけません。雑菌でも入って炎症を起こしたら、大変です」


 璃緒は、リュークの慈しむ目に気づく。


「大事に至らなくて、本当に良かった」


「あ……、ありが、とう」


 彼女は赤面した。見上げると、目の前にカオスが剣を持って直立している。


「貴様!」


 リュークは素早く璃緒を背後に隠した。カオスは二人の前にひれ伏し、剣を差し出す。


「姫、お願いです。あなたは僕に触れることが出来ます。どうか、その剣で僕を斬ってください」


 リュークは仰天し、身構えた。


「おまえ、姫を傷つけて於いて、無礼にも程がある! 姫でなくとも、俺が、成敗してくれる!」


「君には斬れません」


 リュークは剣を両手で持って振り降ろす。それは空を斬って、またもや床を叩き突けた。


「姫、お願いです」


 カオスは懇願する。


「やめてよ」


 璃緒はふらつきながらも立ち上がり、カオスにもとに近づいた。そして深紅に染まる手で肩に触れた。


「あなたは、生きるの。生きなければならないの。死んで詫びるなんて、卑怯だわ」


 その肩にかかる細い手を、頭を垂れたカオスは見る。それは更に赤く染まっていた。


「僕の生きる糧など、もう何もないし、価値もありません」


 璃緒の平手がカオスの頬を赤くする。


 リュークは驚いた。あれほど脅威的だった存在の邪悪な者が、まるで赤子のように感じられたからだ。


「痛いでしょ。みんな、痛かったと思う。もの凄い苦痛だった思う。今までのみんなの分、あなたは、背負って生きていくの。それが、あなたのこれからの生きる糧であり、それが償いよ」


 璃緒の口調は二人を諭す。


「姫……」


「姫、この者には、そのような資格も与えられません。姫の命さえ奪おうとしました」


「リュークは、黙って」


 璃緒は彼を制止させ、持っていた剣を奪い取り、天井に振りかざす。


「ザベリン・ミリディア・ア・リオンが、カオス、あなたに命じます」


 カオスは顔を上げた。

 リュークは直立し、胸に拳を当て畏まる。


「私に忠誠を誓い、私を守りなさい」


 璃緒の渾身の一言だった。


「姫! 今、なんと!?」


 驚きを隠せないリュークは璃緒に詰め寄る。


「姫、忠実なる家臣として申し上げます。そのような命令は受け入れ難く、現状では適切なご判断ではありません。どうぞ、撤回を!」


「リューク、私の命令よ。何か文句ある」


 仁王立ちの璃緒は鼻息荒く、胸を張った。


「し、しかし!!」


「後は、カオスが決めること。私の判断は下した」


 深く頭を垂れたカオスは動かない。


「リオン姫に申し上げます。僕の命が続く限り、忠誠を誓い、姫をお守りいたします」


「なん、だと……」


 予想外の返答に、呆気に取られたリュークは言葉を失う。


「い、いかん、姫。カオスの言うことなど、信用できません。奴のこれまでの所業は、言葉にするには耐え難いことばかりですぞ! いつ姫のお命を……」


 彼は再び言葉を失わざるを得なかった。カオスの泣き濡れた顔には、邪悪な表情など微塵もなかったからだ。

 リュークはため息をつく。璃緒から剣を受け取ると彼は力強く言った。


「カオスよ、姫の言葉、しかりと胸に刻め。そして、ザベリン王の下、永遠に忠誠を尽くせ」


 カオスは立ち上がって、再び漆黒の瞳を宿す。


「リューク、勘違いしないで下さい」


 またしても増悪がリュークを睨み突けた。


「僕が忠誠を誓い、守るのは、命を与えてくれたリオン姫、ただ一人です。侵略のザベリン王のことなど、知るに値しません」


「カオス、貴様」


 璃緒は啀み合う二人の間に割り込む。


「はいはい、二人とも喧嘩しないの」


 彼女はリュークの手を取り、そして反対でカオスの手を上げた。


「二人は直接握手できないから、これでね」


「むうう」


 リュークは頭を傾げながら、唸るしかなかった。


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