その8
「姫は何処にいる」
リュークは耳元に装着している通信機に越しにクルーに訊ねる。
「第九三ブロックまではモニタリングしていたのですが、突然消えました」
巨大なモニター画面には艦内全体を映していた。艦内を隈無くスキャンし、生体反応のある各場所を自動で拡大し、その様子を表示している。
「この艦でスキャン出来るデータでは、姫自身は反応しないかもしれない」
「我々とは違うと言うことですか?」
「地球での生活環境がどの位影響があるのか、私にもわからない。スキャン以外にも目視で探さなければなるまい」
「了解しました」
クルーは幾つもあるモニタ画面を見ながらは答えた。
「しかし、第九三ブロックか。警備は万全だな」
「問題ありません。高負荷のシールドを張ってあります」
艦内を探査しているクルーは、モニターに映る赤い点滅を見ながら答える。リュークは腕を組んだ。
「シールドを更に強化。生体反応をチェックしろ。念のため通路の隔壁を下げておけ」
*****
璃緒の目の前で、厚い金属の固まりが、天井からゆっくり落ちてきた。周囲を見たが、ストップさせるボタンなど無い。慌てて中へ逃げ込んだ。
「は、早く……、助けて」
声だけは聞こえるが、璃緒は一向に場所は特定出来ないでいた。
「どこ、いったいどこから聞こえるの」
もう一度瞳を閉じて壁に更に耳を押し当てる。
「こ、この声が……、届き、体の中心を……、集中して……」
「心を、集中……」
そのままの体制で璃緒は再び瞳を閉じ、意識を集中した。
何も起こらない、何も変わらない。
「出来ないよ」
「もっと……、力を、抜いて……」
壁から伝わる声は優しかった。璃緒の焦りも落ち着いていく。
「深く、息を吸って……」
璃緒は息を吸った。瞼の奥に、光が見えてくる。
それは次第に広がり、まるで野原にでもいるような、穏やかな風景に変わっていった。
自己暗示にでもかかっているように、体が軽くなり、心地よい気分になる。
「そう。あなたには見えるはずです」
壁からの声が今は最も身近に聞こえた。璃緒は体が浮かび上がるような錯覚に陥る。そして目の前にあった無機質な壁が透けて見え、中にいる人影へ近づいていく。
緑色の頭髪をした細身の者が佇んでいた。
「誰なの?」
「あなたを導く者です」
「導く?」
璃緒の心臓が、ひとつ高い鼓動を鳴らす。
「あなたは混乱し、今を理解出来ないでいます。いや、理解したくないと思っているかも知れませんね。自分の置かれている状況、立場……」
心の隅まで見透かされているように思えて、焦った璃緒は瞳を開けようとする。
「あなたはまた、逃げるのですね」
全てを知り尽くしているかのように、その者は呟いた。
「自分が『何者か』であるかを、知ろうとしないで良いのですか」
戦慄く唇を咬んだ体は、その足元までも揺るがす。
「あなたは知るべきなのです。さあ、ここを開けて下さい。これからのあなたの行く道を教えてあげます」
*****
スキャンモニタに、オレンジ色の点滅が反応していた。それは二つある。クルーたちは投影された前方スクリーンを見つめた。
隔壁との間に、人影を発見する。その影は生気を失った生物のように、揺らめいていた。
「艦長、あれは」
クルーからの問いかけに、フロアにある簡易小型モニタを見る。示している方向を見るリュークの顔が一気に青ざめた。
「……姫だ」
「姫? しかしあの場所は……」
クルーの一人呟く。
「幾ら隔壁が厚いとは言え、あのような場所では、狂ってしまう!」
コントロールセンターがざわめき始めた。
「奴を姫に近づけるな。収監ブロックへ護衛隊出動。俺も行く!」
艦内に警報がけたたましく鳴り響く。
*****
「知りたいのですね」
その声は次第に、耳元にはっきり聞き取れてくる。
「何処に……」
靄がかかった虚ろな視野の中、璃緒の体は一層軽くなったように不安定な動きをしていた。
「あなたは自分のことを、もっと知りたいのですね。僕を、呼んで下さい」
「あなたを、呼ぶ……」
頭の中で木霊する言葉を璃緒は繰り返す。
「そうです。強く、僕に訴えかけて下さい。あなたの考え、苦悩する想い、全てを」
璃緒の赤褐色の瞳は、淡い光の照らされながら回っている。
正気が現実から抜け出ようとしていた。
「さあ、全てをさらけ出すのです。あなたの真実を」
璃緒は手足の脱力感を感じ、溶けて無くなくなるような、錯覚に陥る。
「気持ち良い。体から、力が抜けていく……」
指さえ動かすことが出来なくなる。声のトーンはずっと変わらず、心地よい波動が響いていた。
「……そして、楽になりなさい。永遠に……」
壁に体を預けたまま、床に伏した璃緒はついに動けなくなる。
だが、甲高い音がひとつ鳴った後、彼女は頭を垂れたまま立ち上がり歩き出した。
数十歩行ったところで、ある壁に向かい合う。右上腕が持ち上がり、その壁に手掌を大きく開き張り付けた。触れた所が青く光ってスキャンされ認証される。
ゆっくり持ち上がっていく重厚な扉は、むしろ軽い様に見えた。その隙間から白い冷気が吹き出す。廊下一帯を白い靄が足元から隠していった。
「さあ、おいでなさい……。そして僕にすべてを委ねるのです。開放をするのです」




