第四話 フィンチ、なにかんがえてるの?
デクスターが行く、その後をガスマスクを着けたヌードルスがマコを猫を抱えるみたいにして持っていく、その後をカルシャンクスがぶつぶつ言いながら着いていく、最後にフィンチがのろのろ着いて来る、フィンチ、ハリーアップ! ヌードルスが苛立たしげにフィンチに言うが、フィンチは意に帰さない、そもそも通じているかすらも定かではなかった。
カルシャンクスがまだファンタジーエリアに荷物を置いていた頃、Nitroのホームハウスに通い妻のようにして板金鎧と鎖帷子という成りで馬に乗って乗り付けていた頃、デクスターとヌードルスがなぁ、やっぱカルの住んでる所、イカれた奴揃いなんだよ、とゲラゲラ笑っていた頃、それを聞いたマコがカルシャンクスになぁ、デクスターとヌードルスがファンタジーエリアの奴らはキチガイ揃いだって言ってたんだけど本当なの? と聞いていた頃、その後ろでそのやり取りを聞いていたデクスターとヌードルスがあ、マコ、やっと聞いてくれたのか。で、どうなの? と言っていた頃、カルシャンクスがまあ概ねそうだと思うよと答えていた頃、フィンチはふらりとNitroのホームハウス、そのトーチカの前に姿を現した。そして警報機が鳴った、なんだ、また誰か来やがった、とヌードルスが悪態をついた。
あ、僕が出るよとカルシャンクスが入り口のクランクを回し、開け、外の大気を部屋の中に入れると湿った森の臭いがした、そこにフィンチが立っていた、あまり見ないアバターの形だった、色は黒く、彫りの深い、髭を生やした、ステレオタイプな中東の人みたいな顔立ちをしていた。カルシャンクスは自分のガジェット、魔法の巻物を取り出し、フィンチに重ねる、誰だよ? とデクスターが部屋の中から呼びかける、ヌードルスとマコと花札をやって遊んでいる。Finch、知らない奴だ、海外ユーザーだよ。とカルシャンクスは答えた。
何者だ? 何用か? とカルシャンクスは声をあげる、何者か? と来なすった! とマコは猪の札を持っていった。フィンチはふらふらトーチカに近づいてきた。カルシャンクスが身構え、腰にさした斬り切り丸を抜こうとした時、フィンチはふいに立ち止まり、こう言った。ウィィィイード……その瞬間ヌードルスは持ち札を投げ出しデクスターはおいなんだよと言いマコはテーブルの上に置かれた熱いコーヒーの注がれたカップの中に札が入ったのでクソッタレと言いながらコーヒーをふやけた札ごと床にばらまいた。そしてヌードルスはカルシャンクスを突き飛ばしなんだよと言うカルシャンクスを無視してフィンチの元に来た。イエス、アイハブ、ウィード、アンド、ワント、ユー、アー、セル、オア、バイ?
フィンチはもう一度、ウィィィィード……、と言い、懐をごそごそ弄くり、そこからしみったれた葉っぱを巻いて葉巻にしたようなものを四本出し、左手の指と指の間に挟み、広げて見せた。オーケーオーケー、セルね、セル。ハウ、ハウマッチ? とヌードルスが言うと、フィンチはその内の一本に火を点け、後のものをまた懐にしまった。そして、自分の口に持っていき、大きく息を吸い、グッド、と言い、煙を吐き出した。カルシャンクスはその様子を横からずっと見ていた。ヌードルスはカルシャンクスの方を一度向き、こいつ相当高く売りつけるつもりだぞと独り言のようにつぶやいた。オーケーオーケー、ベリグッド、ベリグッドね。ハウマッチ? とヌードルスはフィンチに呼びかける、フィンチは聞こえていないかのようにもう一回煙を大きく吸い吐いた後、葉巻の吸い口をヌードルスの側に向けて差し出した。ヌードルスはエヘラエヘラ笑いながら受け取り、軽く吸った。そして二秒間カチコチに固まった。そうして、ハッとしたようにカルシャンクスの方を向き、おい、こいつは、ベリグッドだぞ。と言った。そいつはよかござんしたね、とカルシャンクスは唇を尖らせて言った。
オーケー、オーケー、ベリグッド、ベリグッド、ハウマッチ? あ、ドゥー、ユー、ワント、デナール? オア、ダラー? オア、クリスタラ? アイ、キャン、エクスチェンジ。ヌードルスはまくし立てる、フィンチはゆっくりとトーチカの方を指差した、中に入れてくれって事じゃないの、とカルシャンクスが言うと、ヌードルスは見りゃわかるよ、と言った。オーケー、オーケー、カムヒア。ウェルカム、トゥ、ナイトロ、ハウス。ヌードルスがそう言うと、フィンチはナイトロ、と小さな声で言った。
おい、客だ、とっとと掃除しやがれ、豚共、客人は極上の薬を持ってきたんだぞ、ヌードルスがそう言うといぶかしげにダラダラと煙草を吸っていたデクスターはテーブルの上に広げっぱなしにされていた花札を右腕で右から左にまとめて床に落とした。灰皿とマコの空のカップが巻き添えになり、デクスターは灰皿だけを拾い上げた。マコは既に行動を起こしていて、熱いコーヒーを四人分入れてお盆に載せテーブルに向かって来ていて、ようこそ、Nitroのハウスへ! とデクスターが聞いたらゲロの吐きそうな声で言ったが、カルシャンクスが外人さんだと思うよ、と言うとウェルカム、トゥ、ナイトロハウス! とまたヌードルスが聞いたらゲロを吐きそうな声を出した。実際に二人は既に吐き気を催していた。それぐらい周波数の高い声だった。娼婦の声だった。そしてマコは自分のカップが床に落ち灰塗れにされていることに気づいてておい、誰だクソッタレ、何してやがると大声で言った。周波数の低い声だったのでデクスターとヌードルスは吐かずに済んだ。
そしてフィンチはマコが差し出した椅子にかけ、ウィィィード……とお決まりの声を出し、しみったれた葉巻をテーブルの上にばら撒いた。十本から十五本はあった、マジかよ、とヌードルスが声を漏らし、金庫へと引っ込んだ。そして、オーケー、オーケー、ハウマッチ、と言い、デナール、ダラー、クリスタラ等の現金を手に抱え、葉巻と同じようにテーブルの上にばらまいた。フィンチはクリスタラを見て、ノン、と言った。そしてしばらく黙り込んだ、何かを考えているようだった。一本葉巻を手に取ると、火を点け、また大きく吸い、煙を吐き、こう言った。エンジョイ。プレゼントって事じゃないの、とカルシャンクスが言うと、デクスター、マコ、ヌードルスは我先にと一本ずつテーブルの上から奪い取り吸い出した。実際に一度吸っていたヌードルスが一番早かった。カルシャンクスはおずおずと手を出し、一度フィンチの方を見て、フィンチが頷くのを見てから、吸い出した。
で、あいついつ帰るんだ、とマコが言った。フィンチはそれからトーチカに住み着いた。トーチカの隅にどこからか持ってきた粗末な布着れを敷き、その上で眠ったり、瞑想をしたりしていた。時々どこからかウィードを持ってきて配り、また自らの縄張りにのそのそ戻ってウィードをふかしていた。大きなムカデを持ってきて放し飼いにしていた。フィンチを除く四人でポーカーを囲んでいた時、ヌードルスが最初それに気づき、おいデクスターふざけるのやめろよ、と足を引っ込めると自分の足に這っていたのがデクスターの足ではなくムカデだったと気づいた時、おい、何だこいつはと叫び、足を宙に浮かせ激しく揺らした。カルシャンクスがフィンチが摘んで持ってくるのを見たよと言い、お前なんで言わなかったんだよとヌードルスは叫び、ヌードルスと二人でなんかまた新しい薬か毒でも作るのかと思ったんだよとカルシャンクスはもごもご言い、ヌードルスはまた縄張りでウィードをふかしているフィンチにむかって、おい、フィンチ、フィンチ、ムカデ、ムカデ、ノー! ファック! ファックムカデ! ノー、ムカデ! とここまで言い、カルシャンクスにムカデってなんて言うんだ、と聞き、カルシャンクスがインセクトで良いんじゃないの、と言うとそれを聞いたヌードルスはファッキン、インセクト! と叫んだ。マコとデクスターはその間バカ笑いをしていた。ムカデはずっとヌードルスの野戦服のズボンに噛み付いてぶらぶら揺れていた。ヌードルスがやっとムカデを振り落とし踏み殺そうとするとフィンチはムカデに向かっておいでおいでと手を揺らし、ムカデはそれに従ってフィンチの元まですごいスピードで這っていった。そして、膝の上に乗ったムカデをフィンチは猫を可愛がるように愛撫した。次の日マコがモダンエリアで虫の飼育籠を買ってきて、フィンチの前に置き、ムカデを指差した後、籠を指差すと、フィンチは寂しそうな顔をしてムカデを籠に入れた。
フィンチの素性がわかったのはムカデの籠が三籠目まで増えた頃だった。それまでにも何度か、主にヌードルスがフィンチの素性を知ろうとフィンチ自身に問いただしたり、また情報を集めたりしていたが、フィンチ自身に聞いてみると、アバクロ、という答えが返って来ただけだった、なんだアバクロって、とヌードルスが言うと、服のメーカーだよ、とデクスターが言った。
Nitroにもお抱えの商人は居る。そいつは同じようなイカレたチームに物資や薬を売り歩く行商人だった、一般ユーザーからは毛嫌いされていた、しかしそいつの別名義のキャラクターが初心者救済チームのリーダーである事を知っているのはイカれたチームの側だけだった、(哀れな子羊を救うためには手っ取り早く金が必要でね……オレのやってる事は必要悪さ……)その行商人がデクスター、見ろよ、パンクエリアで今一番ホットなレーザーライフルだぞ、と水鉄砲みたいな代物を抱えてトーチカに入り、テーブルの上に置こうとした時、隅でウィードをふかすフィンチの姿を見つけ、あ、フィンチだ、と言った。商談を纏めようと身構えていたデクスターの横で気が抜けたように椅子の背もたれにもたれ掛かり前脚二本を浮かせてぎしぎし言わせていたヌードルスは思わずバランスを失い倒れこんだ、おい、お前知ってるのか、こいつが何だか? ヌードルスは興奮した様子で行商人に言った。知ってるも何も、同業者だよ、と行商人は言った。
こいつはね、多分わかると思うけど、海外ユーザーでさ、海外貿易で稼いでんだよ、多分アラブ方面のユーザーじゃないかな? 時々モダンエリアの紛争地域で商いやってたりするんだけど、RPG-7、あ、デクスターとヌードルスはわかると思うけど、バズーカ砲みたいな奴ね、あれで武装した奴が出た時だけ、恐ろしい速さで察知して、RPG!って叫ぶんだよ、あれは多分、現実に狙われた事のある奴とかぐらいしか、出来ない速さなんじゃないかなぁ、だからさ、アラブ方面か、もしかするとロシアの兵隊さんとかかもしれないけど、でもアラブ系のユーザーとよくつるんでたしなあ。っていうか、アバターからして、そんな感じだよな、ははは。あ、ごめん、まぁ、とにかくこいつは同業者だよ、海外にもNitroみたいなのはいくつもあって、あ、ちなみにオーストラリアにもNitroってチームがあってさ、そいつらはさ、びっくりする事に、あ、向こうにもパンクエリアってのがあるんだけど、そこで"真面目"にモヒカンに剃ってバギーに乗ってるような連中なんだよ。ははは。あ、まあとにかく、そういうとこに薬と銃と小間物を売りつけて荒稼ぎしてた奴だよ、何でこんな所に居るんだろう?
フィンチはその間も、ゆっくり煙を吸い込み、吐き出していた。
行商人がほくほく懐で帰った後、ヌードルスはフィンチに聞いた。フィンチ、ホワット、ライブ、ヒア? フィンチは、アイ、ファン。とだけ答えた。
そうして、フィンチは今、核爆弾の余波を受けた古びた洋館の前で興奮しているNitro連中の後ろに立ち、一人興奮していなくて、ムカデのことを考えている、こっそりウィードを取り出し、一人で吸っている。しかし、フィンチはここに居る事が、なんとなく楽しい事はどこかで聞いて、自分で体験して、知っている。