第三話 敵か味方か、謎のエルフのせんしカルシャンクス!?
カルシャンクスはファンタジーエリアで生まれた。長い金髪を持ったスッキリとした美男子然とした顔立ち、その顔にはまったくクセがなかった。耳を長く設定し"静かなる森"というエリアでエルフという設定で生きていくつもりだった。静かなる森には同じ顔をした奴が60人から100人は居た。
カルシャンクスは女の脚に異常な関心を示した。カルシャンクスがそもそもFaustを始めたきっかけというのは、ゲーミング雑誌に載っていたファンタジーエリアの名物NPC、ホマリッド皇女の白いタイツに包まれたその脚があまりに綺麗だったからだ。カルシャンクスはセブンイレブンで雑誌を立ち読みした後すぐに貯金を降ろし電気街に向かった。ありがとうございますゴーグルのサイズは25号でよろしいでしょうかはいお願いしますという会話の時にすらパンパンに勃起していた。
カルシャンクスは静かなる森を拠点とするチーム、Forest Gurdians剣戟隊長として名をあげた。例えばホブゴブリンの巣をたった五人の仲間と根絶させたり、海から揚がってきたサハギン族を受け入れ、しかしエルフ族の主権を侵す事のないよう交渉を纏めたり、時々モダンエリアやパンクエリアから観光に来る人間達を殺してはその耳をネックレスにし自らのハウスに飾った。ファンタジーエリア特有の奇習、依頼やクエストと呼ばれている仕事をこなすためにホマリッド皇女に謁見したこともあった。ホマリッド皇女の脚は確かに美しかったしパンパンに勃起したが、ホマリッド皇女にはロクにアニメーションが設定されていないなくて、ずうっと脚はまっすぐのままだった。カルシャンクスは女の脚が折れ曲がった所が好きだった。その曲線に興奮を感じた。カルシャンクスが子孫を残そうとする生殖の本質、異性に関するフェロモンはそこに集約されていた。ホマリッド皇女関連のクエストを二つ三つ進め、ホマリッド皇女が全プレイヤーに共通の信頼を示す台詞を吐き始めた頃、カルシャンクスはホマリッド皇女に何の魅力も感じなくなっていたので、クエストをそれ以上進めるのはやめた。
カルシャンクスは格好を変えた。元々は実用的なチェインメイルや板金鎧を着ていたが、女プレイヤーにウケが良くなるようにV系バンドが着るような不自然に破れたかのように見える黒いレザー系の装備を好んで着るようになった。カルシャンクスはエルフの剣戟隊長としての言動をやめた。実はオレは、谷崎俊一郎文学が好きでね……と現実の事を話すようになった。谷崎作品が好きな本当の理由は言わなかった。
そうすると同じようなスッキリした顔立ちの男プレイヤーキャラクターが寄ってくるようになった。彼らは不自然にボディタッチや男らしい青春を好んだ。この音楽聴いてみてよ、カルシャンクス好きだと思うんだ、と言ってくだらないV系バンドが絞め殺される鶏のような声を上げる音楽を聴かされ、オレはクラシックしか聴かないよ、ドピュッシーが好きなんだと言った。その全てが気持ち悪かった。キチガイの園、失楽園だとカルシャンクスは思った。
その内一人の女プレイヤーと出会った。その女は冒険者という設定のプレイヤーだった。見た目はそれほどすっきりとしていなかったが、脚が綺麗だったので、カルシャンクスは愛を囁いた。彼女はパラモアを聴き好きな小説はトールキンだと言った。カルシャンクスは脚が綺麗だったのでどうでもいいと思った。その脚が森で薬草を拾うとき折れ曲がる様を食い入るように見つめていた。
ある日女とカルシャンクスはBuLL MercsとSacred Knightsが行うという中世戦争イベントを連れ合って見に行った。BuLL MercsとSacred Knightsが非戦闘地域にしようと示し合わせたセーフエリアには人がごった返していた。知り合いが何人も居た。カルシャンクス、ピトー、カルシャンクス、ラッフル、カルシャンクス、ドピュッシー、カルシャンクス、谷崎俊一郎……全てがどうでも良かった。ただ女が見たいと言ったので連れて行った。会話が鬱陶しかった。ただ女の言う事に付き合えば今後女が脚を露出した装備を着てくれるかもしれないと思っただけだった。カルシャンクスは少し後悔していた。
両チームの進軍ラッパが空に響き、砂煙が立ち上がった。始まるよ、と女は言った。カルシャンクスはどれどれ、と言って砂煙の方向を見たが本当は空の雲の流れを見ていた。その方がマシだった。その時バリバリバリバリと聞き覚えのない音が空に響いた。マスケットか、レギュレーション違反だ、と誰かが言った。辺りを見回すと何人かが血を流し倒れていた。女は地面に伏せ震えていた。カルシャンクスは立ったままだった。砂煙が少し収まり戦闘の様子がその間間隙間から見えるようになった。騎士たちと野蛮な傭兵達は馬から落ち地面に崩れ落ち槍を投げ出し何人かは逃げ出していた。すげえ、とカルシャンクスは言った。カルシャンクスはファンタジーエリアから出た事がなかった。カル、危ないよと女は言った。カルシャンクスは黙ってろと言った。どんどん騎士と傭兵の数は減っていった。両脇に居る両軍の丁度真ん中、その空白に見えないバリアか膜が張られていて、そこに近づく兵士は皆倒れた。すげえ、とカルシャンクスはもう一度言った。そのバリアの中心には塹壕があった。第二次世界大戦の映画を見た時、アメリカ兵がドイツ兵を丘で迎撃する時に掘っていた奴だ、とカルシャンクスは思った。そこに人間が二人居た。映画で見たアメリカ軍の機関銃をぶっ放し続けていた。笑っているように見えた。人の意思だとか人の目なんて気にしなくていいんだ。カルシャンクスはそう気づいた。Sacred Knightsの軽騎兵隊を示す紋章が描かれたサーコートを羽織った騎兵がセーフエリアに駆けてくるのが見えた。彼は叫んでいた。Nitroです、ナイトロです、ナイトロです! デクスターとヌードルズです! 撃たれます、流れ弾が来ます、伏せて、下がって! 彼はそこまで叫んだ所で何かに突き飛ばされたように馬から落ちた。地面に落ち首が曲がった。胸から血を染み出させ地面をどす黒い赤色で彩った。すげえ、とカルシャンクスは言った。
カル、帰ろう、危ないよ。リスポーン地点私帝都だよ、会いに来るの疲れちゃうよ。 地面に伏せたままの女は言う。なあ、とカルシャンクスは女に話しかける。オレさ、お前の内面とか全然興味がないんだ。トールキンなんてクソッタレだよ。マルーン5なんて聴いてると病気になる。オレはお前の脚が好きなんだ。そう言った。女は顔をあげた。能面のような表情だった。オレはこいつの脚以外を好きになる事は絶対にないだろうなとカルシャンクスは思った。その時女の右側のこめかみから血が噴水のように噴出した。女は崩れ落ちた。カルシャンクスはスッキリした。顔は不必要だった。オレが欲しかったのはこれだ、この分かりやすさだ、他は不純物だ。人付き合いなんてクソだ。オレはオレの欲しいモノだけを欲しがるべきだったんだ。そう思った時、カルシャンクスは胸を激しく叩かれた。胸に火で焼かれたような熱さを感じた。自分に設定されたHPが減っていくのを知り、そのまま崩れ落ちた。
そうしてエルフの里でリスポーンしたカルシャンクスはNitroのホームハウスがあるとして悪名高いモダンエリアの山に馬で乗りつけた。モダンエリアはただ現実の世界に近いだけだった。そこにファンタジーエリアの服装で居るという事は普段なら恥ずかしがっていただろうな、とカルシャンクスは思った。エルフだ、エルフ。人々が囁く声が聞こえた。目的地があればそんな些細な事はどうでもよくなるのだという事を知った。山についたカルシャンクスはそこに居たハイカーに道を聞いた。あの、Nitroのホームハウスって……ハイカー達は心底嫌そうな顔をしてから座標でその位置を教えてくれた。カルシャンクスのガジェットは魔法の巻物だ。巻物を取り出し羽ペンで座標を入力するとナビゲーションガイドが表示された。モダンエリアの山は静かなる森の中にある聖なる山とは違っていた。なんというか、寂しかった。そうしてカルシャンクスは防空壕やトーチカのようなNitroのホームハウスにたどり着き、頼もうと叫んだ。金属製の閉錠クランクのついたドアが音を鳴らしながら開き、中から長髪の男が顔を現した。カルシャンクスの鎖帷子と板金鎧を着た姿を見た瞬間男はおい、おい、やばいの来ちゃったよ、おい、デクスター、と笑いながら戻って行った。カルシャンクスが馬を降りると馬は激しく嘶いた。カルシャンクスはどうどう、と言いながら首を撫で付けてやり、ドアの方をちらりと見た。長髪の男と、髪の毛を立てた金髪の男が顔を縦に二つ並べて出していて、二人とも笑っていた。長髪の男はヒッ、ヒッ、と息も切れ切れに涙まで垂らしている。あ、どうぞ続けて……と金髪の男は言った。
こうしてカルシャンクスはNitroに加入した。それからはシンプルな生き方をした。気に入った脚を持つ女が居たら殺して切って防腐剤をたっぷりふりかけ、Nitroのホームハウスに置いた。剣戟隊をしていた時の愛用品、切り斬り丸は脚がスパスパと切れ、あ、これって便利だったんだとカルシャンクスは感動した。冒険者の女とは今でも連絡を取っていた。あれからすぐ気づいたんだけど、あたしもあんたの顔しか好きじゃなかったから、大丈夫よ、と連絡が着て、時々会っていた。会うとお互いに顔と脚にしか視線は行かず、時々薬と銃と剣とポーションのやり取りがあった。世界って本当はシンプルだったんだな、とカルシャンクスは思った。
そうして今、カルシャンクスはデクスターの後ろから核爆弾の余波を受けた古びた洋館を見上げている。アフターマスに参加する事は初めてだった。Nitroでは質問は意味がない。全員のバカ笑いのネタにされるだけだからだ。カルシャンクスはヌードルズのやりたがる事だし、気持ち良い事ではあるだろう……と思いながら、デクスターの踏み消した666号を少しなごりおしく見つめた。