表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第一話 ええっ、オレがアイツでアイツがオレで!?

 中岡安治は商店街を歩いている。サイズのあっていない不恰好な革靴の音がアーケードを反射してよく響く。商店のほとんどはシャッターを降ろしていて、それはもう午後九時という時間だからではなく、廃業してしまっている店ばかりだった。

 

 中岡安治はこの商店街が嫌いだった。通勤の行き帰りに通るのだが、まだ一軒商売を続けている肉屋があり、そこでコロッケやミンチカツを揚げている古い油の臭いが駄目だった。迂回すると十分は時間を無駄にしてしまい、その十分というのは時間にだらしなくいつも遅刻ギリギリの中岡安治にはとても許せない十分だった。古い油の臭いを嗅ぐと死を連想した。進化をやめたハツカネズミ、香水に紛れふと臭うおばさんの加齢臭、打ち捨てられた遊園地の観覧車に侵食したサビ、そういうものを連想させた。

 

 中岡安治の自室はメゾン佐藤二○一号室にある。メゾン、という名前から立派なマンションを連想させるが、元々は佐藤荘という名前の七十年代にタイムスリップしたとして同棲を始めた大学生二人か左翼かぶれの大学生たちがアジトに使うような畳敷き土壁の惨めなアパートで、全室の畳をフローリングに変え土壁に壁紙を貼り家賃を一万円上げた時にメゾン佐藤という名前に変わった。中岡安治は商店街を抜けいくつもの街灯の光を潜り家と家と家の隙間を通り抜けメゾン佐藤二○一号室の扉の前に立った。鍵を開けるために財布を取り出しノロノロと小銭いれに入れたキーホルダーを取り出す。キーホルダーには職場の倉庫の鍵と自室の鍵二種がぶらさがっていて、中岡安治はいつも倉庫の鍵を最初に自室の鍵穴に差し込んでしまい、いつもノロノロと鍵を持ち替え自室の鍵を自室の鍵穴に通し、ドアを開ける。

 

 ドアを開けると中岡安治はまず革靴を乱暴に脱ぎ捨て、次にナイロン製の黒い靴下を適当に放り投げ、羽織っている背広と履いているスラックスをも適当に脱ぎ散らかしその辺に放り投げるが、ふと我に返り背広はハンガーにかけスラックスは同じハンガーにぶらさげておいた。

 

 そうして中岡安治は下着一丁になりまず煙草を一服。これでようやく、一息ついた感じ。佐藤荘、いやメゾン佐藤は間取りだけは1LDKと中々立派なもので、中岡安治はその全ての部屋にまんべんなくゴミと衣服を散らかしていた。中岡安治は小粋に煙草を唇の端に咥えながら、キッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。安ウィスキーと冷やしていたグラスを取り出し、薬指中指人差し指をあわせた高さほどウィスキーを注ぐ。琥珀色の下品なアルコールの臭いを漂わせた液体が入ったグラスを右手に持ち、左手で流しの蛇口をひねる。水がちょろちょろと流れ出し、数ヶ月前食べ、食べ残しをそのまま流しにほったらかした白いカビの浮いたカップラーメンの水位が少し増し、中岡安治はカビの浮いたカップラーメンと蛇口の間にグラスを突っ込み水割りを作った。

 

 水割りをちびちび、煙草を吸い吸い、中岡安治は寝室に向かう。明日が休みで、風呂に入るのは面倒くさかった。中岡安治には小さな楽しみと趣味と実益を兼ねたものがあった。それはプレイボーイを見ながら自らの剛直をしごく、という事ではなく、あるオンラインゲームをプレイする事だった。

 

 自室には万年床の精液とカップラーメンの汁とカビが染み付いた煎餅布団があり、その横にはその部屋、メゾン佐藤には不釣合いなリクライニングチェア、その上にかけられた汚らしい毛布、そしてヴァーチャル・リアリティゲームをプレイするためのゴーグルと、脳波に直接情報を送り込むヘッドセットがある。中岡安治は煙草を壁に押し付けもみ消し、うまくはない少し残った水割りをグッと一気飲みするとリクライニングチェアに身を投げ出し、ゴーグルとヘッドセットをつけ、まだ電源が入っていないので何も見えないゴーグルに視界を遮られながら手探りで毛布をひっかぶり、ヘッドセットの電源を入れた。

 

 デクスターはFaustで最もイカれていると評判のチームの一つ、Nitroのリーダーだ。デクスターが目をあけると今では逆にクールだと言われているICQのコール音が鳴り、それはデクスターが身に着けている腕時計型ガジェットから鳴っていて、Cuckoo!! とNitroのチームハウスに響いた。

 

 Send Noodles 遅かったな to Dexter

 Send Dexter 仕事が長引いた。薬打ってそのまま寝る。 to Noodles

 

 ヌードルズはNitroの初期メンバーで、デクスターとはよくつるんでいる。お互いに一目見た時からこいつはロックバンド、オフスプリングのファンだ! と意気投合し、自然とよく遊ぶようになった。出会った時デクスターは様々なエリアに出没し迷惑行為をする要注意プレイヤーで、ヌードルズは各エリアの主要なドラッグを取り扱う売人だった。デクスターとヌードルズには様々な伝説がある。

 

 例えばデクスターが俺たちはオフスプリングの大、大、大ファンなんだ、とアピールするためNitroを名前とするチームを立ち上げてすぐの頃、ヌードルズがファンタジーエリアの"光降る妖精の粉"という脳へ認識範囲を拡大させるような成分を送りこむ薬にハマっていた頃、二人はどちらが言うこともなく、ヒマだ、ヒマだと言い始めた。光降る妖精の粉をデクスターも使用し、パンクエリア(サイバーパンク、スチームパンク等は利用者が少ないくせにその利用者は口うるさいので、面倒くさがられて一つのエリアにまとめられている。)に銃を持って行き、ファッションとしてモヒカンと革ジャンとマッドマックス2に出てくるようなタイヤの大きなバギーに乗った連中を撃ち殺し、そのバギーを奪い、モダンエリアの中でも気味悪がられている美少女ゲームエリアへバギーをすっ飛ばし、そこを拠点としている整った顔立ちをした変わった髪の色と形をしたノンプレイヤーキャラクターの女達と、整った顔立ちをした変わった髪の色と形をしたプレイヤーキャラクターの男達を目に入る限り撃ち殺しまくった。そうしていると義憤に駆られた一人の男プレイヤー、神代勇がバギーの前に仁王立ちで立ちふさがった。デクスターとヌードルズは面白がり、やおら膝を撃ち抜いて動けなくした後、チェイン・ソーでその両腕と両脚を切り落とし、バギーの先端中央にくくり付け、以前ヌードルズがファンタジーエリアからかっぱらってきた生命力回復ポーションを漏斗で男の口の中に流しこみながら、ヌードルスは男のすぐ後ろで両腕を平行に広げ、デクスターがその両腕を支え、いわゆるタイタニックの名シーンを再現しながら、デクスターが足でハンドルを操作しヌードルズがアクセルを踏み込み男の所有する女ノンプレイヤーキャラクターを追い回し二人はマンハント、いやガールハントだとバカ笑いをしながら最後には轢き殺してしまった。

 

 またこういう話もある。ファンタジーエリアでの有名チーム、Sacred KnightsとBuLL Mercsが大規模な合戦イベントをやると二人は聞きつけ、開催予定日一週間前から開催予定地、プレインズ平原の中心に半径五メートルほどの拠点、塹壕とトーチカを作り、ブローニングM1928機関銃を持ち込んだ。こりゃたまらないなと二人はバカ笑いをしその日を待ちわびた。そうして、合戦イベントの日。土煙を上げSacred Knightsの騎士およそ200騎、BuLL Mercsの騎兵50騎と徒歩の兵隊300人が土煙をあげてプレインズ平原中央に突っ込んでくる。戦いの火蓋は切って落とされている。そこに二人は思い切り機関銃をぶち込み撃ち続け、デクスターはSacred Knightsの騎士団長ヨハンに首を切り落とされるまで、ヌードルズはBuLL Mercs所属の有名デュエリストイェンセンに斧で腹を叩き割られ、肺から血と空気を漏れ出させるまで両軍あわせて300人ほどの中世オタクとTRPGナードを殺傷した。ヨハンを含めほとんどの人間はイベントを台無しにされた事に怒りNitroを不倶戴天の敵と表明し、干し首になったデクスターの首を掲げヌードルズの臓物を騎兵槍やボアスピアーや部隊を示すバナーに突き刺し無知蒙昧な蛮人のように奇声を発しながら掲げたが、イェンセンを含む少数の人間はあれはあれで、面白かった。と評した。デクスターとヌードルズは今でもイェンセンとは時々連絡を取り合っている。

 

 こうした二人の活躍によりNitroはFaust内でも有数のプッツンしているチームとして評判になり、晒され、多くの摸倣者を生み出した。(でもあいつらってさ、オリジナリティがないんだよね……ヌードルズ談。)またNitro自体にもぽつぽつ入団希望者が現れたが、棒にも箸にもかからないような無能は必要ない、面白くないから。とのデクスターの案で、ほとんどの入団希望者はペニスかヴァギナと首を切り落とされ、それらはNitroのチームハウス周辺にいくつも立てられた杭に乱暴に突き刺されていて、デクスターは遠くから見ると焼き鳥のネギマみたいだなと言い、それを聞いたヌードルズはバカ笑いをし、デクスターも同じように笑った。

 

 デクスターはヌードルズが薬を突っ込んでいる箱へと歩いていく。Nitroのチームハウスは元々デクスターのプライベートハウスで、その頃から銃、整髪料、Faustで活動しているインディーズパンクバンドのCD等が撒き散らされていたが、ヌードルズが来てからはほぼ全てのエリアでトレンドになっている薬と更なる銃がバラまかれ、また後の入団希望者をある程度受け付けてからは気味の悪いムカデのような昆虫や切り落とされた女の脚等が散らかされていた。ヌードルズはムカデの飼育籠のすぐ横、海賊の宝箱のような木箱の中に薬を集めている。デクスターが宝箱の前まで歩いていくと、ムカデは興奮してデクスターの方に飛び掛り、金網に当たりなんとも言えない不気味な動きでのた打ち回った。

 

  Send Noodles 来いよ、今からアフターマスやるから。一人足りないの。 to Dexter

 またICQがCuckoo!!とデクスターを呼び止めるが、デクスターは無視して宝箱を蹴りあけた。デクスターの欲しい薬はなく、モダンエリアで流行っているやたらと興奮してしまう効能を持つエクスキューションという薬と、ファンタジーエリアの一部で流行っているスクーマ1.02 ライゼン版という意識を鮮明にし軽く幻覚を見るスクーマという薬を調整し幻覚効能を強くした薬しか入っていなかった。

 

  Send Dexter 666号ないんだけど to Noodles

 

  Send Noodles アフターマスやるから持って行ったよマコとおれとカルとフィンチとあと一人だから全部いる。 to Dexter

  

 デクスターは肺の底から響くような大きなため息をつきながら返信した。わかった、行けばいいんだろ、とっと終わらせようぜ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ