探偵気取り
僕は、氏がない探偵です。
なので、皆は僕のことをこう呼ぶのです…
『探偵気取り』と────────
「ふぅ…今月も依頼は、無しか…。」
「黒羽探偵?どうされました?」
「いやぁ〜。なんで僕は、こんなにもプリティで、キュートで、可愛いのに依頼が1個も来ないのかなと思って…。」
「黒羽探偵、プリティ、キュート、可愛いって全部同じ意味ですよね。」
「そんなこと分かってる!今は、まず俺達の前に立ちはだかる大きな敵をどうやって追い出すかが問題だ!」
「話が、ぶっ飛びすぎです!」
僕は、ドンドンッと強く叩かれる扉を前に構える。
「こらぁー、黒羽亨!今月の家賃、払いな!」
大家が、僕の住む部屋の扉を強く叩いている。
まずい…このままじゃ扉が破壊され、敵の侵入を許してしまう。
「こっ、こんなボロっちい部屋に僕が住んでやってるんだ!感謝して欲しいよっ!」
「何だって?!!」
大家は、ブチギレ…僕の家の扉は見事に破壊された。
「クソっ!敵の侵入をゆるしてしまった!」
「夏夜っ!敵を撃退しろっ!」
「黒羽探偵…うちの母を敵呼ばわりは、止めてください。母は、見た目は厳ついですが、繊細なんです。」
助手の鈴宮夏夜に、呆れられてしまう。
「そうだよ、夏夜!もっとこのダメ男に言ってやんなさい!」
「お母さんも、いい大人なんだから…もう少しどうにかならないかな?扉を破壊するのとか…。」
「「ううっ。すみません。」」
僕らは、一番年下の夏夜に説教されてしまう。
(屈辱的だが、何も言い返せないっ!)
僕は、涙を流したい気分になった。
❀✿❀✿
『今日未明、○×区の△町で頭部のない男性の遺体が発見されました。犯人は、未だに分かっておらず、捜査中とのことです。』
テレビをつけると、そんなニュースが流れていた。
「僕だったら、こんな事件さっさと解決できる。」
「本当ですか?」
夏夜は、疑わしそうに目を細める。
「なっ!ほっ、ホントだもんね!」
僕は、若干泣きそうな顔で言う。
夏夜は、微笑む。そして、何かを確信したように言う。
「私、黒羽探偵のこと信じてますよ。やれば出来る子だって。」
僕は、片手を挙げながら、怒る。
「こらぁ、馬鹿にするな!見てろよ!僕が、今から現場に行って、犯人捕まえてやる!」
そう言って、僕は走り出す。その後を、夏夜が追いかける。
「ちょっ!黒羽探偵、迷惑かけちゃっ!」
現場は、家から近かったため、10分くらいで着く。
「ふむふむ。ここら辺は、草が多くて、橋もある。人を殺すには、絶好の場所だな。」
…とまあ、とりあえず現場がどんな場所なのか、見てみた。
刑事たちが、僕らを煩わしそうに見ている。
だけど、今の僕は超燃えてるから、そんなの全然気にならない。
「夏夜、僕が言ったことあの刑事たちに聞いてきて。」
「…分かりました。」
夏夜は、最初嫌そうな顔をしていたが、僕の真剣な顔を見て、協力してくれるようだ。
夏夜が、刑事たちに話を聞いてるうちに、僕は川の中をじっと見つめる。
「…川の流れが、意外と速いな。これなら…。」
夏夜が、帰ってくる。
「黒羽探偵、聞いてきました。」
「どうだった?」
「…黒羽探偵の言ったとおりでした。」
「ふふっ、じゃあこの事件の終演を迎えよう。」
「はい。」
僕は、刑事を呼ぶ。刑事は、訝しげにやって来る。
「…で、話ってのは何だ?俺たちゃ、忙しいんだけどよ。」
冷たい視線を向けられる────────だけど、そんなの気にしない。
だって、僕は、名探偵だからね。
「すまない。君らの無駄な時間を減らしてしまって。」
「何?」
苛立ちを隠そうともしない反応をする刑事たちに、僕は不敵に笑って見せた。
「言葉の通りさ。この事件、名探偵黒羽様が終演へと誘ってあげよう。」
「高屋さん、こいつ探偵気取りですよ。」
「…こいつがか。面白い!探偵気取り、この事件解けるもんなら、解いてみろ。」
「ふふっ、いいですよ。まず、確かめたい事なんですが、被害者名前は分かっていますか?」
「ああ、だが一般市民には教えられない。」
「いいですよ。ですが、この質問にだけは、答えてください。その人物は、男で綺麗好きですか?」
「男で、被害者の知人達は、綺麗好きだと証言している。」
「そうですか。ちょっと、死体を見せてください。」
「…何?」
「ああ、安心してください。僕は、彼に指1本たりとも触れませんよ。」
「じゃあ、何を?」
「いや、ちょっとね…。」
そう言って、僕は死体の臭いを嗅ぐ。
「…やっぱり、思った通りだ。この死体は、臭う。」
「…?死体が臭うのは、当たり前だろ。」
「しかし、聞いたところによると、彼の死亡推定時刻は現時刻よりおよそ、12時間前だと聞いています。」
「なっ!どこから。」
「すみません。自分が、言ってしまいました。その、綺麗な女性に聞かれたので。」
「はぁ…。何やってんだよ。」
刑事は、やや呆れ気味だった。僕も、少しだけ呆れたしね。
「12時間前で、こんなにも身体に臭いが染み付くものでしょうか?」
「…確かに、言われてみれば、そうかもしれない。…ということは被害者は、ずっと臭いままだった?…いや、おかしい。彼は、綺麗好きなはず。」
「…そう。僕もそう思って。聞いてみたんだ。この近くの公園で、消えたホームレスはいますか?って。そしたら、1人いるって。だから、一つの推理が成り立ったんだよ。」
「まさか!」
「そう、真犯人は…こいつ本人…というか、ホームレスを殺して自分に見せかけた人。だから、顔を隠したんだよ。さあ、犯人を捕まえてください。
────────foolish police detective?」
そういうと、刑事は不本意そうながらも走り出す。
数日後、犯人が捕まったというニュースが流れた。
❀✿❀✿
僕には、1人だけ分からない男がいた。
その名は、『黒羽穂澄』。
僕の兄だ。
彼は、『正義』の道ではなく、『悪』を選んだ。
だから、僕はそんな兄の行いを止めるために『正義』の道を選んだ。
「兄さん、母さんはどこ?父さんは?」
「…ああ、そいつらなら、僕が殺したよ。」
それが、兄を最後に見た日であり、母と父の血肉がまだある日だった。
「兄さん?なんで殺したの?」
「亨、そのうち分かるよ。その時に、僕が君を迎えに行こう。」
❀✿❀✿
「……偵?黒羽探偵!」
ふと、落ち着く声が聞こえてくる。
目を開けると、僕は涙を流していた。
その涙を心配そうに、見つめている夏夜がいた。
「…大丈夫だ。少し、自分の美しさに涙を流していただけだよ。」
「…黒羽探偵、今のが嘘だって事くらい分かりますよ。もう何年の付き合いだと思ってるんですか?」
彼女にそんなことを言われるのは、初めてで少し照れてしまう。
「すまない。嘘だ。だけど、本当のことは言えない。すまない。」
彼女は、困ったように笑っていた。
それが、彼女の最期の笑顔だった。
次の日、彼女は死体として発見された。
容疑者の名前は、鈴宮初椛。
夏夜の母だった。
「黒羽亨、私はあんたに一生に一度の頼みをするよ。いいかい?」
「…それは、依頼かな?」
「ああ、依頼だ。うちの娘を殺した真犯人を見つけて、檻にぶち込んでやって欲しいんだ。それが、私の犯人への復讐だ。」
「その依頼、引き受けましょう。僕が、鈴宮夏夜殺人事件の犯人を見つけます。警察よりも早く…。」
そう言って、現場へと向かう。
現場に着くと、あの使えない刑事たちがいた。
「どうも、お久しぶりです。刑事さん。」
刑事たちは、僕の方を見る。
何人かは、見たことない人も居たが、見たことのある刑事の方が多かった。
「探偵気取りじゃねーか!」
この前とは全然違う態度だ。
僕は、やや呆れてしまう。
「刑事さん、この前と全然態度が違いますね。」
嫌味をいう。
刑事は、そんな僕の頭を優しく撫でる。
「仏さん、お前の彼女何だろ。」
「ハァっ?!」
「ん?違うのか?」
今、ここで否定すれば捜査させてもらえなくなるかもしれないと考えた僕は、肯定することにした。
「いや、そーですけど。どうして、分かったんですか?」
「男のカンって奴だ。」
(なら、そのカンはあたらないな。良かったですね、刑事のカンじゃなくて。)
自嘲気味に笑う。
「…そうですか。あの、話は少し変わるんですが、お願いがあるんです。」
「捜査のことか?」
「はい。」
「仕方ねーな。内緒にしろよ?まあ、俺も被害者の母親が、殺したとは思えねーしな。」
「はい。」
「まず、鈴宮夏夜が、殺されたのは今日の午前一時頃。どうして、そんな時間にこんな人の寄り付かない場所に居たかは、不明だ。そして、被害者の死因だが、心臓を一突きされている。明らかに、犯人は人を殺すのに慣れている。だから、被害者の母親には無理なんだが。」
「確かに、鈴宮夏夜の母親には無理ですね。他に容疑者とか居ないんですか?」
「いねーな。」
「そうですか。ちょっと、夏夜の死体を見たいのですが。」
「仕方ねーな。」
そう言って、見せて貰った夏夜の死体は、綺麗に心臓を一突きされていた。
僕は、昨日までは普通に隣にいて、笑ったり怒ったりしていた彼女が、人形みたいに動かないのを見て泣き崩れる。
「うっ、うううううう…。」
(クソっ!誰だよ、絶対許さないっ!殺してや…)
そう思った瞬間、僕の目には信じられない人物が映っていた。
(…兄さん?)
その人物は、うっすら笑って去っていった。
❀✿❀✿
僕は、結局あの後兄さんらしき人物に気を取られ、捜査に集中できなかった。
夏夜の母である鈴宮初椛になんて言おうと途方に暮れたくらいに。
「はぁ…。結局、まだ何も分かってないって本当のこと言って、怒られたし。くっそぉ。」
「ずいぶんと今の生活を楽しんでるようだね…亨。」
「ハッ!」
兄さんの声がする。
後ろを見ると、兄さんが立っていた。
僕にナイフを突きつけて。
「亨、迎えに来たよ。」
「は?意味わかんないよ、兄さん。」
「おかしーな?忘れちゃった?」
「何を?」
「約束したじゃん、迎えに行くって。」
僕の脳内は、大混乱していた。
(意味が分からないっ!)
「んー、その顔はなんかあんま、理解してないみたいだね。いいよ、教えてあげる。鈴宮夏夜殺人事件の犯人を。」
「えっ?兄さんは、犯人知ってるの?」
「もちろんっ!だって、彼女を殺したのは僕だからね。」
僕はその言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になる。
その代わり、僕の心の中は殺意に満ちていた。
(兄さんが、夏夜を…。殺してやるっ!)
「今、お前の心は僕を殺したがってるだろう?」
「…人殺し。」
「そう…僕は人殺しだ。人を何人殺そうが、僕の心に何の影響もない。」
「人の生命をなんだと思ってるんだ!」
「そう言うが、我々人間は動物の生命を何度も何度も、数え切れないくらい奪ってきただろ?」
「それは…僕らがこの世界で生きていく為で…。」
「なら、犬はどうだ?不良たちの遊びで、生命を奪われた犬は?そんな犬よりも不良たちは、生きる価値なんてないだろ?」
「…なら、兄さんは、どうなんだよっ!兄さんだって、自分の快楽のために人を殺してる!自分勝手な人間じゃないか!兄さんも、その不良たちと変わらない…いや、それよりももっと最悪だ。」
「僕が、いつ正義のために人を殺していると言った?自分が、楽しいからに決まってるだろ。」
「そんなのっ!おかしいよっ!この世界で自分の楽しいという感情のためだけに奪っていい生命なんてないっ!」
「…亨、僕は君が昔から理解出来なかった…だけど、今はもっと理解出来ない。」
「それは、僕のセリフだ!」
「もういい。君とは、分かり合えないようだ。だから、少しだけ寝てなよ。その間に僕は、君をそうした奴らの生命を全部奪ってやるから。」
そう言って、兄さんは僕の身体をナイフで突き刺す。
背中が、じんじん熱い。
僕の身体は、僕自身のものと思えないくらい痛みなく、倒れる。
意識ももう持ちそうにない。
そのまま僕は、救急車で病院に運ばれたようだ。
目が覚めると、僕は病室にいた。
「よう、探偵気取り。」
隣には、刑事がいた。
「…刑事さん。どうしたんですか?」
「起きて早々、悪いニュースだ。」
「なんですか?」
「1人だったお前を育ててくれた爺さんが、何者火に殺されていた。鈴宮夏夜のように、心臓を一突きだ。まだ、あるぞ。お前の家の隣人全員殺されていた。皆同じく…」
「心臓を一突き。」
「おう。」
「…ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめっ!」
「ちょっ!なんでお前が謝るんだよ!」
「だって、きっとその人たちを殺したのは、僕の兄さんだ!兄さんが、言ってたんだ!僕に関わった奴らを全員殺すみたいなことをっ!」
「それが、本当だったら…俺も殺されるな?」
にかっと歯を見せて、笑う刑事さんはどこか無理しているようだった。
「そういえば、あの若い刑事は?」
「…ああ、山田か。そいつなら、死んだよ。今朝…。」
「えっ?まさか、死因は…。」
刑事は、静かにゆっくり頷く。
その瞬間、僕の心は、ストンと落ちる。
頭を抱えながら、必死に謝る。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!僕のせいだ!僕が、人と関わるから。刑事さん、僕にもう構わないでください。」
そう言うと、刑事さんは僕の頬を思いっきり引っぱたく。
「甘えんな!これが、今のお前にとっての現実なんだ!ちゃんと前見て、生きろ!謝るくらいなら、証拠見つけて、犯人を捕まえろ!」
「…でも。」
「でも、じゃねー!やるんだよ!お前が、俺の部下殺したヤツみつけねーとダメなんだよっ!なんったって、お前は名探偵なんだろ?」
僕は、笑う。刑事さんも笑う。
僕らは、どこか悲しそうに笑う。
────────これが、僕らの復讐だ。兄さんへの…。
「兄さんは、絶対証拠は残さない。…だから、今夜かけに出ようと思う。恐らく次、兄さんが狙うのは…」
「はぁ…マジかよ。」
「はい。協力してくれますか?」
「当たり前だろ。」
僕らは、その後別れた。
今日の夜に備えて。
❀✿❀✿
「くくっ、馬鹿な刑事だ。こんな夜遅くに一人で居るなんて…。なあ?高屋刑事?」
刑事さんを見る一つの影があった。
その影は、一瞬にして刑事さんの背後に現れる。
「まさか!お前が!」
「初めまして…そして、さよなら。」
ナイフで心臓を一突きしようとするが、その腕を掴む者がいた。
「兄さん、お久しぶりです。これで、兄さん最後ですよ。」
兄さんは、その瞬間別人のように項垂れる。
「お…わり?この僕が?」
「…黒羽穂澄、殺人未遂の現行犯で逮捕する。」
黒羽穂澄が、今まで起こした事件の犯行を認めた。
そして、彼には当然死刑判決が下り、3年後兄さんはこの世を去った。
その時の顔は、どこか安心している様だったらしい。
「おーい、黒羽探偵!」
僕はというと、相変わらず探偵を続けている。
最近は、刑事たちも僕を認めるようになってきた。
だけど、僕を『探偵気取り』と呼ぶ刑事もまだいるのだが。
「早くしろー!」
「はあい、高屋刑事!」
兄さんは、結局人を殺すのを止めて欲しかったんじゃないかと最近思うようになってきた。
────────性善説と性悪説。
僕らは、僕らの気持ちの持ちようによって悪にもなれるし、正にもなれる。
僕は、正を選ぶ…それはこの先変わらないことだ。