燎原の火
村に戻った俺は話をするため屋外にオークたちを集めた。
集めたのは成人した男たちだけだが、その数は優に百を超える。
地面に座った彼らは円形になって俺が話し出すのをじっと待つ。
「今夜、隣村を解放する。戦闘の準備をしておくように」
すぐにざわめきが起こった。小柄なオークが切羽詰った顔で叫ぶ。
「ふざけるな」
俺は黙って彼の言葉を聞いた。彼は周りのオーク達に呼びかけるように言った。
「あんたは俺達の村さえ守ってくれればいいんだ」
他のオークも同調する。
「そうだ。もう危険な思いはしたくない」
戦闘をすることに完全に及び腰のオーク達を俺は宥める。
「いつまでもこの状態が隠し通せるわけはないだろう。城からの討伐隊がやってくる。仲間を増やす必要があるのだ」
小柄なオークから反論が返ってきた。
「あんたがいれば城からの討伐隊なんて倒せるだろう」
「俺は死ななくてもお前たちは死ぬ。それに俺は死なないだけだ。捕らえられた時に逃げることはできない。無敵ではないのだ」
なおも反論しようとする小柄なオークの言葉を遮る。
「お前は愚かだ」
突然誹謗された小柄なオークは声を荒げた。
「一体、どういう意味だ!」
「安全を求めようとして危険に陥っているからだ。恐怖のあまり生きるために闘うことを諦めているからだ。どうしてこれを愚かと言わないのだろうか」
虚を突かれた小柄なオークは押し黙った。
それから深呼吸して全体に語りかける
「人間にとってお前たちオークは犬猫同然。まだ馬や牛のほうが大事にされているだろう」
オーク達の顔に屈辱の色が広がる。その事実は彼ら自身が一番身をもって知っているのだろう。
俺はたたみかける。
「お前たちに降伏の道はない。殺されるに決まっている。一度決起したら人間どもを殺すか屈服させるか。そこまでやるしかないんだ」
オーク達は騒ぐのをやめ、俺の話に聞き入っていた。
そうだ難しい話ではない。やるか、やられるかだ。
ゴルジが諦めたように言った。
「そうか闘うしかないのか」
他のオーク達の反応も似たようなものだった。戦闘するしかないという状況は理解したようだが前向きではない。
脅しが効きすぎたか。そう思った俺は笑いながらオークたちを鼓舞する。
「何も悪いことばかりではあるまい。昨日を思い出してみろ」
俺の言葉で記憶を呼び起こしているオーク達に語りかける。
「農作業をしている時にあんな興奮があったか」
オーク達の顔は一様に興奮していた。
オーク達によって獣のように犯され尽くす女たち。
普段は偉そうにしているのに命乞いを繰り返す男たち。
略奪によって普段は食えない肉を食い、酒を飲む喜び。
オーク達は普段人間、エルフ、ドワーフの三者によって抑圧と搾取にさらされている。
そんな彼らが支配者の立場になることは極めて甘美なことだったのだろう。
忘れがたい味のはずだ。
更に俺は彼らを説得する。
「それだけではない。お前たちは英雄になりうるのだ」
ゴルジが俺の言葉を質す。
「それは一体どういうことで」
俺はそこでいったん間をおく。オーク達の注意が俺に向く。
「オークが主人の国を作るのだ。隣村だけではない。この国のすべての村を、都市をお前たちは解放するのだ。お前たちはその尖兵となる。成功した暁にはお前たちは英雄であり、貴族であり、領主であるだろう」
耳をつんざくようなざわめきが起こった。オークたちはそのようなことを考えたこともなかったのだろう。
多少ざわめきが収まったところで俺は言葉を続ける。
「俺は無敵ではないが不死身である。俺の力とお前達オークの力が合わさればどうして人間たちを倒せないということがあるだろうか」
オークたちはしんと静まり返った。各々、どうすべきか考え込んでいるようだ。
「やってやろうじゃないか!」
そこで立ち上がり声を上げたのはブザビだった。皆の注目が一斉に彼に集まる。
「俺達が人間に馬鹿にされるのは戦ってこなかったからだ。まず俺達の先祖が。そして俺達自身が。歯向かわないから人間たちはつけあがったんだ」
ブザビは周囲を見渡しながら演説を続ける。
「たとえ失敗したとしても俺達が決起したという事実は残る。それで十分じゃないか。俺達は大義のために闘うのだ。自分の生活を守るためだけじゃない」
熱のこもった演説に泣き出すオークすら出始めた。
俺はブザビの後を受け継いでオークたちを励ます。
「お前たちは野原に放たれた火のようなものだ。ならば人間の国を燃やしつくせ!」
猛烈な歓声と拍手が巻き起こる。オークたちは興奮しきっていた。互いの身体を強い調子で叩き、肩を組む。
そこで俺は酒を持ってこさせた。戦闘に支障が出てはこまるが適度なアルコールは士気をあげる。
「オークに乾杯!」
「人間どもを殺してやろう!」
そんな声があちこちで上がった。俺とブザビは目を合わせて笑った。
ライフポイント残り9994