説得
ゴルジは訝しむように言った。
「力って一体何のことですかね。それに失礼ですが貴方様はどうしてこんなところに。あと顔立ちもここらへんの人間様たちとは違うし」
俺は笑いながら答えた。
「一度にいろんなことを聞くんじゃない。まず私は旅の者だ」
「おらが言うことじゃないかもしれませんが用がないならさっさと去ったほうがいいですよ。よそ者は冷たく扱われますからね。下手すれば異端審問を受けますよ」
「そうつれないことを言うな。ちょっとお前の所に泊めてくれないか。助けてやったんだしそれぐらいしてくれてもいいんじゃないか」
ゴルジは人間様を泊めるような家ではないと言って最初固辞していたが、結局その申し出を了承してくれた。俺はゴルジの家に連れて行かれる。その家は、家というよりも小屋というほうがピッタリ来るようなごく粗末なものだった。家には彼の妻子がいて、彼は私の世話を妊娠している妻に頼んだ。自分は農作業に戻るという。何が原因かは分からないが倒れたのだから休んだ方が良いと助言すると
「そんな余裕などありませんよ」
と言ってとぼとぼと畑へと戻っていく。彼が働いている間私はゴルジの妻にこの世界をことをなるべく怪しまれないように聞いた。彼女の説明は極めてたどたどしいものだった。私は彼女が警戒しているのでは無いかと当初思った。
だがどうやら本気で答えてくれている様子だ。どうやらそもそも彼女がこの世界のことをよく把握していないようである。彼女が正確に理解しているのはこの村のことだけだった。なにせ生まれてこの方村から出たことがなく字も読めないという。
この村にはオークの他にドワーフやエルフがいて年貢を徴収するらしい。その年貢は最終的に人間様の手に渡るそうだ。夕方になって戻ってきたゴルジに俺は言った。
「お前が信用できてかつ人間に逆心を抱いているような奴を集めてほしい」
ゴルジはちょと黙ってから答えた。
「貴方様はお役人か何かですか」
まあ疑うのも当然だろう。
「信じろという方が無理だが、信じろと言う他無い」
ゴルジは答えない。私は部屋の中にあった包丁を手にした。危害を加えられるとでも思ったのかゴルジが恐怖の表情を浮かべた。もし神の言ったことが嘘だったとしたら。そんな考えなど無視した。包丁で自分の首を一思いに掻っ切る。血が溢れ出て意識が跳ぶ。
「一体何がどうなっているんだ」
ゴルジが呟いた。右上で赤く9999という数字が僅かな間表示され消えた。ライフポイント表示があるとはありがたい。俺は蘇ったようだ。傷一つない。
「これが俺の力だ。役人にこんなことが出来るか」
ゴルジは驚きながら頷いた。
一人一人とオーク達がゴルジの家に集まってきた。狭い部屋がオークで充満する。全部で七、八人はいるだろうか。彼らの中には村のオーク達に対して強い影響力を持っている長老もいた。ゴルジが灯りをつけながら愚痴を言う。
「全く夜中に灯りをつけてお喋りするなんて贅沢ですね」
部屋の中は極めて暗い。蝋燭の灯りというのはこんなに頼りないものなのか。しかし彼らの警戒心ははっきりと感じ取れた。俺ははっきりといった。
「お前たちは選ぶことが出来る。自由かさもなくば死かを。人間を殺すかお前たちがこのまま搾取されるかを」
オーク達が一斉に押し黙った。ゴルジがが助言した。
「皆貴方様を信用してないということもありますが、土台無理だと思ってるんです。ごくたまに決起が起こる。そしてしばらくしたら鎮圧される。それを見ていますから」
私は彼らの諦めの感情にも気づいた。ここはひとつデモンストレーションをぶちかますしか無い。俺はゴルジにやってみせたことと同じことをした。
意識が戻ると眼前には皆畏怖の表情をしているオーク達。
「これが俺の力だ。俺は死ぬことがない」
厳密に言うと回数制限があるので死なないというのは嘘だが歓声が上がる。長老が大声で言った。
「これはかの伝説のお方ではないか。我々を救ってくださるという天から来なさったお方」
オーク達が興奮しながら長老に同意する。それはおそらくそれは困窮したオーク達が生み出した幻想だろう。人間は、いや彼らオークも絶望に耐えられないのだ。だがこれに乗らない手はない。
「そうだ、俺はお前たちを救いにやってきたのだ」
歓声がますます大きくなる。長老が言った。
「我々は立ち上がるしか無いのだ」
オーク達が一斉に頷いた。
残りライフポイント9998