救世主降臨
そこに佇んでいたのは神だった。神という名称が気に入らない無神論者ならば超越者という名前でも良い。とにもかくにも人智を笑えるほどあっさりと超えている存在だった。なぜそれが分かったのかというとそいつにその馬鹿げた力で強制的に分からされたからだ。そしてまた俺が死んだということも。まあ死んだ事自体にはたいして文句はない。俺が言いたかったのはこのセリフだ。
「おいてめえ、なんで俺みたいな人間を生み出しやがったんだ」
生まれてこの方良い記憶なんて数えるほどしか無い。勉強が出来ないと言われて馬鹿にされた。運動が出来ないと言われて馬鹿にされた。女にはモテナイどころか気持ち悪がられた。何回現実の女でオナニーしたんだろう。その間に同年代の男は俺がオナニーしている相手とデートをし手をつなぎキスをし。挙句の果てにはセックスをし。なんとか入ったボンクラ大学では虐められることはなかったものの友達など出来なかった。就職先もろくなとこじゃなかった。俺が仕事を出来無いというのもあるのだろうが罵倒に次ぐ罵倒。あいつらは俺のことを労働力商品としてしか見てなかった。
「おい、いい加減答えろよ」
促すと神は笑いながら言った。
「まあちょっとした気まぐれだよ」
俺は思わず怒鳴った。
「ふざけるんじゃねえ」
「そんなに怒るな。お前の来世は凄いぞ。なにせ前世の記憶を引き継いでしかも9999回甦れるんだ。一等宝くじおめでとう」
「てめえ、何を考えてるんだ」
その時を俺は忘れもしない。奴はぞっとするような声で言った。
「まあちょっとした気まぐれだよ」
いつのまにか俺は畑の上に寝そべっていた。徐々に意識が戻ってきて何かが呻いていることに気がついた。それは地面に仰向で転がり苦悶の表情を浮かべている異形の怪物。オークとでも言うべきなのだろうか。なるほど俺の今生は異世界ファンタジーの世界らしい。こんなことなら指輪物語でも見て予習しておけばよかった。
そのオークの醜悪な姿態から受けた第一印象は恐怖。素手で戦って勝てる相手ではないことは確かだ。それなのに自然と助けようとして近づいていった。助けて殺される可能性もあるというのに。まあ、あとライフポイントが9999回残っているということもあったが。
近づいてみて声を掛けるが要領を得ないことを口走るだけだ。ただどうやら言葉が通じないというわけではないらしい。端々は理解できる。安心した。効果があるかどうかなんて分からないが俺はそいつに向かって大声で呼びかけた。
「しっかりしろ」
だんだんと呼吸がしっかりしてくる。俺は励ましの言葉をかけ続けた。彼は目を開けると驚愕の表情をした。そして意識を取り戻すと俺に向かって地に頭をこすりつけて感謝の意を示した。まるで俺を天皇陛下か何かのように恭しく扱う。命の恩人とはいえちょっと大げさだ。彼は泣きながら言った。
「人間様にこんなに優しくしてもらえるだなんて。俺初めてです。真面目にしてるといいことがあるんですねえ」
よくよく見ると命の危機だったのであまり気づかなかったが極めて粗末な泥だらけのボロ布を纏っている。俺はちょっと考えてから言った。
「人間はそんなに偉いか」
彼はなんでそんなことを聞くのかというふうに慌てて答える。
「ええ、そりゃあもちろん。そうじゃないですか」
「そうか、お前名前は?」
「ゴルジです」
「フルネームは」
彼はかぶりを振って言った。
「とんでもない我々にファミリーネームなんてものはありませんよ。からかっているんですか」
ちょっとこの世界のカラクリが見えてきた。俺はゴルジの目を見つめて言った。
「人間はそんなに偉いものじゃない。連中に一泡吹かせて俺たちを舐めるんじゃねえってことを見せつけてやろうじゃないか」
ゴルジは笑いながら言った。
「変なことを仰る。あなたも人間様ではないのですか」
「俺は人間であって人間じゃないんだ」
ゴルジは肩を竦めて言った。
「もしそうだとしてもそんなことは出来やしません。大昔からそう決まっていたんです」
俺はゴルジの肩を叩いた。
「案ずるな、俺には力が、使っても使い切れないぐらいの強大な力がある」
彼は不審そうな顔をした。日輪が門出を祝うかのように激しく燃えていた。あるいは日陰者の俺達にとっては凶兆なのかもしれないが。