六
「孫はどんな子でも可愛いですわ。悪戯っ子でも甘えっ子でも。アガーテは四つですからアレクサンドラはああやって来られると乳母といなさいと言い切れませんの」
「はあ……」
「アレティンさまは独身でいらしたわね?」
「はい。先の戦いで負傷しましたし、同僚が戦死しました。家族を持つのは考えておりません」
「待っている家族を心の支えにしている軍人さんもおりますわ」
「はあ……」
これ以上どう答えたらいいのだろう。口頭試問を受けているような気分になってきた。
「中尉どのが困っているぞ」
とハーゼルブルグ子爵が口を挟んだ。
「年を取るとお節介焼きになってしまうのよ」
夫人は夫に向かって答えた。
「そんなことはありませんわ。いつでも頼りにしています」
アグラーヤは先程とは違い、はっきりと言葉にしていた。
「そう言ってもらえると嬉しいわね。
今は安心しているけれど、貴女は跳ね返り娘と評判だったから、心配のしどおしだったのよ」
「お母様には本当に感謝しています。こうしてこの家にいられるのはお母様のお陰ですもの」
母娘の会話に耳を傾けようとしていると、ホルバイン子爵が話し掛けてきた。
「ご婦人の話題は急にあちこちに飛びますから、付いていくのは大変でしょう」
「確かに。ですが、ア……、いえ、子爵令嬢は筋道を通したお話をされる方だと思います」
「正直に言ってもいいんですよ。私など相談を持ち掛けられているのか、協力してくれと頼まれているのか、判らなくなる時がありましたよ」
「ご婦人と男性では悩み事の種類が違いますし、いつまでも決められないでいるかと思うと、とんでもない決断をして、頑なになる女性もいるようですから」
「ああ、まさに義妹がそうです。このまま儚くなってしまうのではと落ち込んでいる様子を聞かされて心配していると、実に大胆な決断をして、無茶だと周囲が説得しても聞く耳を持たない。振り回されましたよ」
はい?
喉元まで出かかった疑問を言っていいのか。しかし、ホルバイン子爵に他意はないようだが、逆に用心しようと身構えたくなる。もしやアガーテの母親はアレクサンドラではないでは、との言葉を飲みこんだ。
今日は身内だけの集まりとハーゼルブルグ子爵は言った。俺も身内にいつの間にか取り込まれている。ただ、ハーゼルブルグ子爵一家もホルバイン子爵夫妻も口に出していないだけ。そして今ホルバイン子爵に誘導されているのかも知れないが、あえて訊いて確かめない方がお互いのこれまでの生活を乱さないでいられる。アガーテの一家とは違う髪の色、そして年恰好。アグラーヤが家庭教師として働きたいと希望しながら、実際にその職に就くまでに時間が掛かった理由。アグラーヤやアレクサンドラの様子、ハーゼルブルグ子爵夫人やホルバイン子爵の語り方。
今まで何の連絡もなく、この場で責められたり、詰られたりがないのだから、本当はアガーテが応接間に来る予定はなかったはずだ。ただ、子どもたちが乳母と過すのを不満と、小僧が部屋を飛び出してきたから、想定していなかった場面になっただけなのだろう。俺に会わせる気があったかなかったかはこうなったら判らない。親を頼り、一心に慕う年頃だ。アガーテには何を言っても俺が誰か理解できまい。
俺は目の前で繰り広げられた光景に混乱している。
「アレティン中尉?」
「いえ、少し驚いて……。座ってばかりいるのは性に合いません。失礼ですが、お庭を拝見してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
気を悪くしたふうでもなく、ハーゼルブルグ子爵夫人が答えた。
「わたしがお庭を案内しましょうか?」
アグラーヤが声を掛けた。
「お願いします」
俺はこう答えるしかなかった。