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君影草  作者: 惠美子
第十三章 昴、伯林、そして……
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「さあ、客人の到着だ」

 とハーゼルブルグ子爵が声を掛けた。俺は無礼のないよう、丁寧に挨拶をした。

「ご機嫌よろしう、麗しいご婦人方。お招きいただきまして、まかりこしました。有難うございます、オスカー・フォン・アレティンです」

「ご機嫌よう」

「ご機嫌よろしう、お久し振りです」

 と女性たちが挨拶を返してきた。

 貴婦人方は年齢を感じさせない。確かに歳月の経過はある。しかし、それは優雅さや美しさの洗練を深める為にあったのだ。皺も白髪もあったとしても、それは一つの飾り。ハーゼルブルグ子爵夫人は老いてもなお人をかしずかせる品がある。青地に白を重ねアクセントを付けているドレスに大粒のダイヤモンドでの装いは、若い娘にできる着こなしではない。娘たちは母に遠慮してダイヤモンドを身に付けていない。

 ホルバイン子爵婦人――アレクサンドラと言ったか――は、幾らかふっくらとしたようだが、優雅な美しさが損なわれるほどではない。薄い色合いの緑のドレスにエメラルドの耳飾りと指輪で、春の訪れを知らせる女神のようだ。

 アグラーヤは折角の金髪なのに家庭教師の勤め先のような濃い色のドレスを着ている。紺のドレスにオパール。まあ、昼間なのだし、ごく内輪なのだから地味でもいいだろう。アグラーヤには、その名の通りに自身に輝きがある。

「どうぞこちらの席へ」

 とハーゼルブルグ子爵夫人が席を示した。以前晩餐の席を囲んだような席次だ。俺は「では遠慮なく、失礼します」と席に着いた。遅めの昼食といった時間帯だ。ご婦人方の好み合わせた軽いもので済ますだろう。

「ご機嫌よう」

 アグラーヤが俺を労うように声を掛けた。

 一瞬どう返そうか迷った。しかし、この場には彼の女の両親がすぐ側にいる。親しさを見せていいものか。俺は社交用の態度を崩さず返事をした。

「ご機嫌よろしう、フロイライン。お変わりなくお過ごしでしたか?」

 貴婦人らしい返答が来た。

「ええ、わたしは何も変わりございませんわ。中尉さんのこの度のお話をディナスさんから伺いました。伯林への栄転おめでとうございます」

「有難うございます」

 執事やメイドが食事や茶器を運んできた。ハーゼルブルグ子爵が口を開いた。

「妻の姉妹がイギリスの貴族と縁を結んでおりましてな。イギリスのご婦人方の間でこの頃流行りというか、午後の茶会というささやかな宴の仕方を真似したみたいと言い出しまして、まず身内の中で実行してみようとなりました。ただ客人がいないのは寂しいですから、今度伯林にご栄転の貴官をお招きした次第です」

「そのような機会にお招きいただき、実に光栄です」

 イギリスで話題の物語では、異世界に紛れ込んだ少女が頭のおかしな連中とお茶会をしていたような記憶があるが、そこは上流階級の戯画化なのだろう。

 上流やそこそこの中流の家で威儀を保ちながらも、気取らぬ食事や会話を楽しむ社交か。時間が短くて済むなら、愛想笑いの我慢も短くて済む。

 ハーゼルブルグ子爵夫人が紅茶を茶碗に注いでいく。午後のお茶会では女主人がサービスしていくのか。段取りが解らないから、見様見真似、ここは女主人の意向に従ってご馳走になろう。

 お砂糖とクリームはと尋ねられたが、俺は何も入れないで、まず香りやお茶の色合いを楽しみたいと答えた。紅茶に詳しくていらっしゃるのかしらと、子爵夫人は笑い、紅茶の入った茶器が子爵夫人からアグラーヤの手に渡され、そこから俺の前に置かれた。どこの産の茶葉かは知らんが、あまり上手な淹れ方ではないような気がする。お茶が全員に行き渡り、茶碗を取った。

 淹れるのに時間の掛け過ぎなのか、俺の好みとしては濃すぎるというか、渋かった。コーヒーなら濃くて平気なのだが、お茶ではなぁ、少しお湯を()してもらおう。

 ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』はイギリスで1865年11月に刊行されました。

 ヨーロッパでは17世紀から喫茶が始まりました。ドイツではコーヒーの方が主流だったようです。イギリスでは紅茶を楽しみ、社交のお茶会が開かれていました。午後のおやつのお茶が社交のアフタヌーンティーの形式になったのは19世紀の中頃くらいからだそうです。


 参考 『英国式ティーパーティーの愉しみ』 日本放送出版協会

    『英国紅茶論争』 滝口明子 講談社選書メチエ 

    『不思議の国のアリス 完全読本』 桑原茂夫 河出文庫

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