二
昴の駅に着き、辻馬車で陸軍本部(プロイセンのカレンブルク支部に名称がいずれ変わる)に向かった。形通りの挨拶をし、形通りの励ましの言葉を掛けられた。
――カレンブルクの名を汚さぬように。
――カレンブルクの名を挙げられるよう尽力します。
失くした名前を残すための努力と口ばかり。
俺は俺の為だけの努力をするだろう。
シュルツの勤務する部署に連絡すると、ペーターゼンも昴に来ているから昼食を一緒にと伝言が来た。久々に士官学校の班の面々と――シュレーダーを除いて――会えた。
落ち着いた青い瞳と、陽気な茶色の瞳が懐かしい。
「身を固めたのはシュルツだけだな」
「ほお、いい相手はいないのか」
「俺は行く先々女有りの主義だ、アレティンこそどうなんだ?」
「俺は結婚しないと決めているし、女より酒だ」
二人とも疑わしそうに笑うが、追及はしない。
「アレティンは焼き林檎が好きな坊やだとばかり」
「焼き林檎なら林檎酒かカルヴァドスが好みの年齢になったよ」
それぞれ異動のための準備や挨拶で慌ただしく、ほかに身の空く時間帯が合わなかったのが残念だった。また会える、その時にゆっくりと飲み交わそうと約して別れた。お互いの無事と健康を確かめられただけで、満足しよう。
自邸に戻ればディナスが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「事前に知らせていた通り、伯林の参謀本部への出向の辞令が出た」
「はい、承知しております。お知らせいただいていた通りに必要な物は準備してあります」
「有難い。まず今日のところは休ませてくれ」
「はい、お部屋は準備してございます」
上着と荷を受け取り、ディナスは部屋へと俺を案内する。半年ぶりか。屋敷もディナスたちも変わりなくて何よりだ。次はいつ戻ってこれるか知れないが、我が家には違いない。父と母と暮らしてきた、巨大な檻のような鳥籠のような家。それでも、幼い頃からの思い出のある家。
老いてこの家で過す日が来るだろうか。埃のように積もりに積もった過去を宝にして、足の衰えた猟犬のように若い日を回顧しながら陽だまりに座る日々。平穏で静かな日常に感謝する毎日。
考えていても埒がない。言えるのは、今の自分はそんなものは求めていないし、似合わないということだけだ。そんな老いを自覚するようになるまで、この家があればいい。ディナスがいつまでいてくれるか知れないが、俺の退役まではこの屋敷にいて欲しい。ディナスが出迎えてくれてこそ、俺の家だ。
自室で寛いでいるところに、ディナスが手紙を持ってきた。
「ハーゼルブルグ子爵様からお便りです」




