一
「倫敦で会議となればその結果が決裂となったとしても、フランスにすは戦線布告とはならないだろう。伯林への異動にはいい時期じゃないか」
ヴェーデル大佐は他人事と、のんびりとした言い方をする。首都勤務になるのだから栄転、文句はあるまいとでも言いたいのだろう。伯林は俺にとって、まだ都ではない。
「伯林をその目で見て、実感してくればいい」
「はい」
ヨハンセンやミューラーたちはもっとあっけらかんとしていた。談話室で就寝までの合間の時間潰し。
「羨ましいじゃないか、参謀本部への出向なんてなかなかあるものじゃない」
「男ばかりの兵舎から出られるのだから、少しは嬉しそうにしてみたらどうだ」
余程不満げな顔をしていたらしい。そう取られても仕方がないか。この俺が参謀本部に出向してどんな職務に就くのか想像できないのだ。リース大佐の許でしていたように、地図とにらめっこをしながら意見を述べるのが仕事なら、伯林に行かずともリース大佐の側に付いていればいいのだから。
「それはそうだが、伯林も参謀本部も未知の場所だし、この部隊に愛着がある」
ミューラーが俺の肩を叩いた。
「貴様の気も判らんでもないがな、プロイセンの奴らに使われるだけじゃないと評価されたのだろう?」
「ああ」
「貴様が殊勝にしていると心配になってくるぞ。自信を持て」
「そうだぞ、ここは俺たちに任せておけ。貴様は貴様の職務に励め」
「有難う」
同僚たちの言葉が身に沁みる。少しの羨望と多くの期待が込められている。我々を敗けて取り込まれた国の兵と言わせておくなと、言外に伝わってくる。
「ブルックの結婚式の後で良かった」
「ああ、慶事は何にせよ楽しいから」
士官を辞したブルックは赤毛娘のアグネスを妻にした。仲間で盛大に祝ってやった。もう会えないかも知れない戦友。一抹の寂寥を感じながら、願いを叶えたブルックの幸運を祈った。新しい絆は軛でもある。軍隊を離れながら、また結婚という巣穴に入る。妻から馬のように繋がれる生活。
「真直ぐ伯林に行くのか?」
話が戻った。
「いや、一度 昴に行って、そこで必要な物を揃えて、それから伯林に行く」
「そうか、慌ただしいな」
「背嚢を背負って歩き回らないだけましさ」
「全くだ。鉄道は有難いよ」
次第に言葉は少なくなるが、何かを伝えたい気分は尽きず、時間が無情に流れていく。士官学校を出てから長く勤務した南部の軍団を離れるのだと思うと、急にいい勤務地だったと感じてくる。いい仲間に囲まれていたと別れ難い気持ちになる。
下手な感傷だと判っている。自分は一人だと知っているではないか。今までも、これからも。
新しい任務地へと、心を空にして向かおう。