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君影草  作者: 惠美子
第十二章 緑の大地
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十一

 ヴェーデル大佐は話を続けた。

「併合されたばかりの土地に赴任してくるんだ、こちらだってそれなりにその土地での慣習や士官たちの人事評価をはじめ為人(ひととなり)を頭に入れてきている。そして実地に観ている。

 アレティン中尉、貴官は銃撃線や突撃ばかりを最良の戦術と考えるような猪ではない。輜重隊の中尉、リース大佐からの評価を聞き、貴官が後方支援の重要さを認識しているのもここに来て確認できた。

 それでだ。後方支援、それも情報収集の面で働いてみようとは考えてみたことはないか?」

 知らぬ間に観察されていたのか。しかし、仕事場を変える意思はない。

「情報収集による作戦立案の重要さを知っているのと、実際それで働けるかは別だと考えます」

 大佐はうんうんと肯いたが、それは俺の主張に納得したからではない。とっさの弁が立つと感心してみせたポーズに過ぎないようだ。

「それに、フランスの出方次第では宣戦布告があるかも知れません。小官には自分の率いる中隊の訓練を第一と考えます」

「それは勿論だ。だが、私が言った内容は覚えていてくれ」

「はい、そのようにします」

 胸に何かがつかえているような気分で、連隊長の前を辞した。

 俺はただの陸軍の士官であり、兵を率いて戦うのが役割だ。それ以外の任務は考えられない。

 しかし、他人の評価は違った。ほかの働きようもできるのではと、内示ではないが、異動をほのめかされた。このままでいけば、諜報の任務を命じられるかも知れない。

 上から俺の才を見出されたことになるのだろうか。お前ならできると見込まれたのなら、従うべきだ。

 自らの意思とは違った方向の職務を俺は有難く拝命し、任務に就き、働く。

 これは幸運なのか。まったくそのように感じられないが、そう思うのは不遜なのだろう。才や働きようを自分だけでは判断できるものではない。

 緑の大地を駆け、戦っていくのが俺の生き方と信じていた。夢にも見ていなかった任務、身を入れてこなしていけるだろうか。同僚に明かせるような内容ではない為、一人、重しを乗せられたように考え込んだ。

 感傷的になっている俺の心情とは関わりなく、ヨーロッパの事態は動いている。

 もはやナポレオン3世とウィレム3世との土地譲渡の問題ではなかった。また大陸で戦線が開かれるのではないかと、それぞれの軍隊は準備に抜かりがない。また、対フランスの意識から、憲法審議の議会では北ドイツ連邦憲法が(審議で揉めはしたが、結局は)、四月十六日に承認された。戦争の危機感が加盟する諸邦の一体感を創り上げたとも言える。

 そしてルクセンブルク大公国とは国境を接していないロシアやイギリスまでこの状況を座視していようとしなかった。仲裁という名の介入がきて、(ロン)(ドン)で列国会議を開催し、この問題を解決しようと提案され、それは実施の向きに決まりつつある。

 目まぐるしい変転に振り回されているのは国家の重鎮ばかりではない。俺にも遂に命令が出た。

「オスカー・フォン・アレティン中尉、(ベル)(リン)の参謀本部への出向を命ずる」

 何の感情もなく、復唱した。

「オスカー・フォン・アレティン中尉、伯林の参謀本部への出向を拝命します」

 任地が何処であろうとも赴くのが、軍人の仕事だ。それが望む形でなくとも。

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