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君影草  作者: 惠美子
第十二章 緑の大地
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 芽吹きの季節を迎え、大地は新緑に覆われはじめた。日差しの柔らかい変化が景色を新しく染め変えていく。鳥のさえずりが明るく響いてくる。

 自然ののどかさと、人の世の営みはまた違う。

 プロイセンからやって来た将校たちは時に威圧的だが、常に気さくに振る舞い、我々は努力なく打ち解けられた。

『黒い猫』で歓迎の盃を交わし、新しい軍の編成に従い、プロイセン軍へと取り込まれていく。それは自らが選び、受け入れなければならない流れ。

 そこには近々プロイセンの軍隊として出動しなければならないのか、と緊張感が漂っていた。

 ナポレオン3世の買い物が、ドイツの世論を湧かせている。

 ルクセンブルク大公国がかつてのドイツ連邦の一国であり、現在もプロイセン軍が守備隊として駐留していることが、事態をややこしくしていた。オランダのウィレム3世が君主であっても、大ドイツの一国とプロイセンをはじめドイツ諸邦の国民が認識しているため、フランスに買収されると情報が流れると、ドイツの領土が侵される、安穏としていられないと、危機感を煽るような意見の記事が出回った。

 併合された側の我々が、ルクセンブルクがフランスに帰属するのをなんとなく面白くないと感じるのだから、生粋のプロイセン人は尚更であろう。南ドイツの諸邦での意見がどうなのかはなかなか伝わってこない。フランスの動きを愉快と思ってはいないだろうが、プロイセンと同調するのはごめんだと渋い思いをしているのかも知れない。バイエルンでは国王の婚約や結婚式の話題で盛り上がっているようだから、こちらに流れてくるのはそのニュースばかりだ。

 北ドイツ連邦の憲法会議で、フランスがルクセンブルク大公国を買うのを問題視する発言があった。

 宰相閣下の元々の思惑など知らない。政治家の駆け引きを知ったところで何にもならない。

 ウィレム3世はフランスにルクセンブルク大公国を売り渡す気でいたのに、ドイツ世論がフランスに反発していると知り、プロイセン国王の承諾なしに譲渡はしないと、ナポレオン3世との交渉を白紙に戻してしまった。

 フランスではルクセンブルク大公国の領土獲得とニュースが流れていたので、フランス国民からナポレオン3世の失策かと動向に注目が集まった。

 こちらはこちらで、ドイツではルクセンブルクをフランスに渡していいのかと世論が高まっている。黙って成り行きを見守る立場でなくなったプロイセンの宰相閣下は、ルクセンブルクの売却反対の立場を明確にした。

 ビスマルクから騙されてばかり、恥をかかされてばかりと、フランス皇帝は当然怒った。プロイセン側はここで譲歩しては面子にかかわる。オランダも騒ぎが大きくなってきて下手な発言はできない。

 一戦交える事態が出てくるのか。手袋を投げつけたも同然の状況に、俺たちは油断なく過している。ところがプロイセンから来た連隊長のヴェーデル大佐どのは呑気な言葉を掛けてきた。

「貴官は髭を伸ばさんのか」

 予想していない質問に、俺は目をしばたたいた。プロイセン人は変なことを訊きたがる。

「三十を過ぎたら考えます」

 連隊長は破顔した。

「それがよかろう。貴官はなかなかの男前だ。髭に埋もれるには惜しい顔立ちをしている」

 おいおい、やめてくれよ。

「勘違いするなよ。ここの連隊からもし異動するとしたらの話だ。南側の国々の人間はゲルマンの男性は熊だと思っている」

 それは否定しない。ポドビエルスキ中将あたりを熊と並べても気付かないかも知れない。

「そんな所に貴官のような男前がプロイセンから来ましたと挨拶すれば、ウケがいいだろう」

「それは……、どうでしょう」

「難しいことではないし、貴官にとって悪くない話だと思うがな」

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