四
「美しい花には毒がある」
とピーターゼンが言った。鈴蘭の花に顔を寄せる俺に、珍しく真面目な言葉だ。
「薔薇に棘がある、の謂いか?」
「いや、鈴蘭は毒草だ」
俺も真面目にピーターゼンを見た。
「鈴蘭には毒がある。鈴蘭を活けていた鉢の水を飲んだだけでも死ぬことがある。秋になると赤い実を付ける。子どもがベリーと間違えて食べて、死んじまう事故があるんだよ」
だから齧るなよ、と付け加えた。
「花なんぞ食べるか。伯母の葬式に使った余りだ。伯母を偲んでいるだけさ」
伯母と見詰めあった時湧き上がったやさしい気持ち、葬儀の後、一旦自宅に戻る時、何故かディナスが明るく振る舞っていたこと、エリザベートが屋敷の片付けが終わったら実家に戻ると言い、微笑みかけたこと、一時の感傷に過ぎなくても、忘れ去るには辛すぎる。
シュレーダーが訊いていた。
「伯母さんは美人だったのかい?」
「甥っ子にとってはね」
「ふうん」
「なんだよ、気になるな」
シュレーダーは咳をした。
「いや、悪い。伯爵ともなると、庶民のオバサンとは違う年齢の重ね方をするのだろうなってさ」
言って、また咳き込んだ。
「そりゃ自ら炊事や糸紡ぎをしないからね」
「そうかあ、思い出の品ってのも庶民と貴族サマじゃ違うんだろうなぁ」
とピーターゼン。
「否定はしないよ。伯母は鈴蘭が好きだった」
「はあん、それでか。アレティンが女の子みたいに花をいじくりまわしているのは」
シュルツまで口を出してきた。
「女の子みたい、は余計だ」
「アレティンはちょっと見、線が細いから髪が短くなかったら、女と見間違えられるぜ」
母親に似ているのは、こういう時にからかいの種になる。
「シュルツは一言多いんだよ」
シュレーダーが代わりに怒ってくれた。からかわれるくらい、無視で通すのに、シュレーダーは班の中の雰囲気を調整しようとする。
「そうだよ。アレティンの顔がどうあれ、女の子じゃないんだからさぁ。それよりも食べ物のことを思い出しちまった」
ピーターゼンは物悲しそうに続けた。
「蒸かしたジャガイモにバターを乗っけて食べたい」
「それがピーターゼンの思い出の食べ物なわけ?」
「そうだよ。熱々のジャガイモにバターをたっぷり乗っけて、塩をぱらり。ああ、食べたい」
「やめろよ。こっちまで腹が減ってきそうだ」
「ジャガイモのバター乗せ!」
ピーターゼンはしつこく叫んだ。なんだか妙に可笑しくなって、皆して口々に食べ物の名前を叫び出した。
「ジンジャービスケット!」
「焼き林檎!」
「鰊の酢漬け!」
「茹でたヴルスト!」
隣の部屋から、「うるさい!」の怒号とともに壁をドンと蹴とばす音が聞こえた。四人して顔を見合わせて、大笑いだ。すると、また壁ドン。
就寝前の時間は何故か時々、変な話題で盛り上がる。
参考 『毒草の誘惑』 植松黎 講談社+α文庫