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君影草  作者: 惠美子
第二章 士官学校での日々
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「美しい花には毒がある」

 とピーターゼンが言った。鈴蘭の花に顔を寄せる俺に、珍しく真面目な言葉だ。

「薔薇に棘がある、の謂いか?」

「いや、鈴蘭は毒草だ」

 俺も真面目にピーターゼンを見た。

「鈴蘭には毒がある。鈴蘭を活けていた鉢の水を飲んだだけでも死ぬことがある。秋になると赤い実を付ける。子どもがベリーと間違えて食べて、死んじまう事故があるんだよ」

 だから齧るなよ、と付け加えた。

「花なんぞ食べるか。伯母の葬式に使った余りだ。伯母を偲んでいるだけさ」

 伯母と見詰めあった時湧き上がったやさしい気持ち、葬儀の後、一旦自宅に戻る時、何故かディナスが明るく振る舞っていたこと、エリザベートが屋敷の片付けが終わったら実家に戻ると言い、微笑みかけたこと、一時の感傷に過ぎなくても、忘れ去るには辛すぎる。

 シュレーダーが訊いていた。

「伯母さんは美人だったのかい?」

「甥っ子にとってはね」

「ふうん」

「なんだよ、気になるな」

 シュレーダーは咳をした。

「いや、悪い。伯爵ともなると、庶民のオバサンとは違う年齢の重ね方をするのだろうなってさ」

 言って、また咳き込んだ。

「そりゃ自ら炊事や糸紡ぎをしないからね」

「そうかあ、思い出の品ってのも庶民と貴族サマじゃ違うんだろうなぁ」

 とピーターゼン。

「否定はしないよ。伯母は鈴蘭が好きだった」

「はあん、それでか。アレティンが女の子みたいに花をいじくりまわしているのは」

 シュルツまで口を出してきた。

「女の子みたい、は余計だ」

「アレティンはちょっと見、線が細いから髪が短くなかったら、女と見間違えられるぜ」

 母親に似ているのは、こういう時にからかいの種になる。

「シュルツは一言多いんだよ」

 シュレーダーが代わりに怒ってくれた。からかわれるくらい、無視で通すのに、シュレーダーは班の中の雰囲気を調整しようとする。

「そうだよ。アレティンの顔がどうあれ、女の子じゃないんだからさぁ。それよりも食べ物のことを思い出しちまった」

 ピーターゼンは物悲しそうに続けた。

「蒸かしたジャガイモにバターを乗っけて食べたい」

「それがピーターゼンの思い出の食べ物なわけ?」

「そうだよ。熱々のジャガイモにバターをたっぷり乗っけて、塩をぱらり。ああ、食べたい」

「やめろよ。こっちまで腹が減ってきそうだ」

「ジャガイモのバター乗せ!」

 ピーターゼンはしつこく叫んだ。なんだか妙に可笑しくなって、皆して口々に食べ物の名前を叫び出した。

「ジンジャービスケット!」

「焼き林檎!」

「鰊の酢漬け!」

「茹でたヴルスト!」

 隣の部屋から、「うるさい!」の怒号とともに壁をドンと蹴とばす音が聞こえた。四人して顔を見合わせて、大笑いだ。すると、また壁ドン。

 就寝前の時間は何故か時々、変な話題で盛り上がる。


参考 『毒草の誘惑』 植松黎 講談社+α文庫

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