七
「貴官がアレティン中尉か。ランゲンザルツァや昴で部下が知友を得たと話していたので、貴官に会ってみたいと思って、リース大佐に無理を言った」
シューマッハ中尉の上司も上司ではないか。そこまで話が届くこともあるものなのか。今日は驚いてばかりだ。
「オスカー・フォン・アレティン中尉です。シューマッハ中尉に色々とプロイセン軍について色々と教えてもらいました」
ポドビエルスキ中将は品定めするように俺をじっと見詰めた。そしておもむろに尋ねてきた。
「貴官は士官学校で外国語は何を学んでいた?」
「フランス語と英語です」
「結婚しているかね?」
「いいえ、独身です」
「貴官は自分が女性に好かれる顔立ちをしていると思っているか?」
はて、何が訊きたいのか。
「嫌われはしないと思います。酒場ではチップを払わなくても実に愛想よく迎えられます」
ポドビエルスキ中将は笑った。すぐに真顔になり、何事か考えている。しかし、もう俺に問うことはなかった。リース大佐にカレンブルク南部の地理について疑問が出たらすぐに電報を打つからなどと言いながら、またいずれ会おうと、副官を引き連れ出ていった。
「何ですか、あれは」
リース大佐は、呆れ顔で俺に答えた。
「知らんのか。兵站総監は参謀本部次長を兼務なさっている」
自分の眉間にしわが寄るのが判る。参謀のリース大佐が参謀本部次長に会わないで済ませる訳がない。うっかりしていたように見せかけて、芝居を打ったのだと悟った。
「俺にどういった役をさせたいのですか」
「私にも判らないがね、たとえ併合される側の国の人間であれ、役に立つのであれば登用とようと考えているのなら、有難く受け取るべきだ」
「それは役目次第です」
学んだ外国語はともかく、何故女性に好かれる顔立ち云々などと訊かれる必要があるのだ。
「貴官は軍人である限り、上からの命令は粛々と拝命せねばならない」
「仰言るとおりです」
「作戦を立案する為に情報を集める役割がある。単に測量して地勢を読み、地図を作製し、線路を敷き、電信を整えるだけではない」
大佐の言わんとする内容は理解できる。だが、それが俺に向いているのか。俺はただの戦争屋でしかない。作戦に従って、兵士を叱咤し、戦場に向かう人間。人と人の間を泳ぎ、表情や思惑を読んで情報を得るのは外交官の仕事だろう。俺のような人付き合いの悪い奴が務まるとは思えない。
「ビスマルクのような豪放磊落な人間が巴里の駐在公使をしていたくらいなのだから、生真面目な貴官なら難なく務まるだろうよ」
「聞かなかったことにしてください、大佐。幾らなんでも話を大きくし過ぎです。小官には、馬や銃の方が性に合っています。それに、面倒を見てやりたい兵卒たちがいます」
「人事評価や異動の権限は私にない。プロイセンの新しい連隊長に働きを認めてもらうように励むことだ」
「はい……」
シューマッハめ、上官に俺をなんと評価して報告したのやら。後方支援なら輜重隊をしていた方がいい。
情報の収集。面白いかも知れないが、遊びではない。時には前線同様修羅場もあろう。相手の懐に潜りこんで本音や秘密の計画を探る、敵地に乗りこまなくてはできない、人類最古の職業。
参考文献
『ドイツ参謀本部興亡史 上』ヴァルター・ゲルリッツ著 守屋純訳 学研M文庫




