五
言葉とは裏腹に、胸中には苦い思いが一杯だ。単純ならざる想いを抱えているのであろうと、俺はブルックをじっと見詰めた。かつての覇気が消えたと評するのは酷なのだろう。だが野心よりも陽だまりでの心地良さを望むのを老成と言い表すのは癪だ。危険を冒すのは未熟だからではない。
できるだけ柔らかい口調を作った。
「驚いた所為かきついことを言ってしまって、済まなかった」
「いや、アレティンが軍に残留する気があるのなら、そう思われても仕方がないと覚悟していた」
「そうか。俺は軍に残る。その一点は誰にも左右させない」
ミューラーが俺の肩を叩いた。
「俺たちはそれぞれランゲンザルツァで戦ってきたんだ。みんな戦友だ。俺も軍に残る。もしかしたら貴様とは違う理由なのかも知れないが、それでもいいだろう?
これからも貴様とは戦友だ」
「ああ、そうだな。俺たちはランゲンザルツァで共に戦った大事な仲間だ。これからも同じだ」
共に死線を越えてきたのだ。その過去は変えられない。頭を冷やす必要がある。
時間が合わないからと後回しにしていた大隊長のヴァイゲル少佐への挨拶をしてくると、談話室を出た。自分の荷物の整理もしていないのだし、今晩飲むならまたそこで話せばいい。
「後で『黒い猫』に行こう」
と声を掛けられ、判ったと手を上げながら廊下に出た。佐官クラスの割り当ての棟に行き、従卒に用件を伝えた。
その棟の談話室にいると通された。
ノックをし、許可があったので扉を開けた。ヴァイゲル少佐が立って、こちらを向いていた。リース大佐の言った通りに、少佐は痩せた。少佐の率いる大隊の中の尉官のシュミットが戦死し、俺が負傷で動けなくなったのだから、指揮を執るのに苦労なさっただろう。
「フォン・アレティン、本日付けで帰参しました。お忙しいところ、お時間をいただきまして申し訳ございません」
「復帰おめでとう、アレティン中尉。
なに、私事であちこち回っていたのだから、こちらの都合だ。気にするな」
「はい……」
言葉を探している俺に、ヴァイゲル少佐は微笑した。
「困ったような顔をしている。誰かから聞いたんだろう? 私がザクセンに行こうとしていると」
誤魔化していていいものではない。正直に言おう。
「はい、リース大佐から聞きました」
「ハノーファー軍に友人がいる。その友人と考えてのことだ。このままプロイセンの言うままになる気になれんし、ザクセン軍に知る者がいる。その者を頼ってザクセンに行く予定だ」
「そうですか。軍人自体を辞めると言っている者もいますし、少佐がいなくなるのは心細いです。ここの人材がいなくなってしまいます」
「その分プロイセンから士官が来る。仲間になれるように努めればいい」
「はい」
「プロイセンとザクセンは当面戦わないだろうから、戦場でまみえることはなかろう。心細くなぞないさ。ドイツ語を話す者同士、同胞だ」
「はい」
淡々としたヴァイゲル少佐の様子に、何故と詳しく尋ねられなかった。わずかな悔いと未練を残して時は過ぎゆく。人との別れとはそんなものなのかも知れなかった。




